昨夜のことは忘れて一生思い出さないで/美咲総受け「美咲!」
「美咲」
「みーくん!」
「美咲ちゃん」
「「お誕生日おめでとう〜〜〜〜!!」」
「ありがとう……」
鳴らされるクラッカーに、あたしは照れながらもお礼の言葉を口にした。
今日は、あたしの20歳の誕生日。あたし自身があんまり大勢で祝ってもらうのは気恥ずかしくて慣れてないっていうことで、こうしてハロハピのメンバーだけで祝ってもらっている訳なのだが。
「ねえ、こころ」
「何かしら?」
「ここどこ?」
「居酒屋よ!」
良質な畳が敷かれた座敷の個室に、大きなテーブルの上に並べられた料理。種類豊富なドリンクメニュー。至って普通の居酒屋だ。……客が、あたし達以外居ないことを除けば。
「あたしの誕生日に居酒屋に行った時、美咲がとーってもお腹の痛そうな顔をして、一人だけ飲めないのは寂しいって言っていたでしょう?」
「待って、寂しいとは言ってない!」
「だからこれはプレゼントよ! 今日は思う存分一緒に楽しみましょうね、美咲!」
貸切ではない。この居酒屋“すまいる”は、こころの家の敷地内に建っているものだ。もう一度言おう。こころの家の敷地内に建っているものだ。
そう、何を隠そう、この居酒屋はあたしの為に作られたあたしへの誕生日プレゼントだった。規模の大きさに飲む前から気が滅入る。
「こんなもん貰って……あたしはどうすればいいの……」
「まあまあ、美咲ちゃん」
頭を抱えてテーブルに突っ伏すあたしの隣で、花音さんが嬉々としてドリンクメニューを手に取る。
「このお店はこころちゃんが美咲ちゃんの笑顔が見たくて贈ったものだから。等価のお返しとか、あんまり悩まなくて大丈夫だと思うよ」
「それは……あたしも、そうは思いますけど」
お返しとか、そんなものをこころが気にしている訳はないって分かってる。彼女はいつだって誰かを笑顔にすることにフルスロットルで、その為に頑張れるひとだ。それはあたしもよく分かってる。……今回は流石にぶっ飛んでるけど、確かに昔もはぐみにバッティングセンターを贈ったことがあったっけ。
「だからね、美咲ちゃんが今日笑顔で楽しむことが一番のお返しだし、こころちゃんもそれが一番嬉しいんじゃないかな」
「……それもそうですね」
もう、スケールの大きい宅飲みみたいなものだと思えばいい。諦めて苦笑いをすれば、花音さんにドリンクメニューを手渡された。見れば、アルコールもソフトドリンクも、桁違いの種類の多さだった。流石弦巻家。感心しながらメニューを眺めていると、向かいのはぐみが身を乗り出してくる。
「みーくん、やっぱりお酒飲むの?」
「うん……。でも凄い種類あって、何頼めばいいか分かんないや」
ビール……は苦そうだし、サワーとかカクテルとかが甘くて飲みやすいのだろうか。でも以前花音さんが美味しそうに飲んでいた日本酒もちょっと気になる。
「ねえ、みんなのおすすめは?」
◆
こころが勧めた梅酒サワー。はぐみが勧めたカシスオレンジ。花音が勧めた日本酒。そして、私が勧めたサングリア。
初めて飲む美咲の為に、それぞれ飲みやすそうなものをお勧めした。確かめるように一口ずつ飲んでいたが、どうやらどれも気に入ってくれたようだった。……ただ、
「みーくん大丈夫? 顔真っ赤だよ……?」
「ん〜? へへ、だいじょぶ、」
にこにこ。そんな効果音が似合いそうな気の抜けた笑顔を浮かべる美咲は、グラス片手に大層ご機嫌で。心配するはぐみにひらひらと手を振って隣の花音にもたれていた。
「美咲ちゃん、一回グラス置こう? ほら、お水飲んで」
「うん……?」
花音に手を取られて促されるまま、まだ3分の1も減ってないグラスをテーブルに置く。水の入ったコップを手に取った花音が、それを口元に持っていく。
普段だったら絶対恥ずかしがって受け入れてはくれないだろうが、今の美咲は素直に口を付けて水を飲み始めた。花音が嬉しそうな笑みを零す。
「ふふっ、美咲ちゃん、可愛い」
そう言って笑う花音に目を合わせて、美咲もにへらと機嫌よく笑った。向かいの席なので、美咲の表情がよく見える。
顔を輝かせたのは、花音と逆側、美咲の隣に座っていたこころだった。何かを思いついたように座り直すと、自分の膝をぽんぽん叩いた。
「美咲、こっちにいらっしゃい!」
「ん、」
呼べば、のっそりとした動きで美咲が立ち上がり、素直にこころの膝の上に座った。
こころ本人も、まさかアッサリ座るとは思ってなかったらしい。目を見開いて驚いた表情を見せたが、すぐに満面の笑みで美咲を後ろから抱き締めた。
「んーーーっ! 今日の美咲、とっても可愛いわ!」
「こころ、くるしい」
「あーっ! いいなこころん!」
こころとはぐみは完全にスイッチが入ったようだった。向かいの席のはずのはぐみも美咲の側にやって来ると、料理の取り皿を手に取って、
「みーくん、卵焼き食べる? あ〜ん?」
「あー」
口を開ける美咲。素直すぎて最早誰か分からないが、正直とても可愛らしい。まさか美咲がここまでお酒に弱かったとは思わなかった。
その後も四人で甲斐甲斐しく世話を焼いていたら、あっという間に夜も更けて。今ははぐみの膝の上に移った美咲も船を漕いで眠そうだ。
「美咲ちゃんも眠そうだし、そろそろお開きにしようか」
「そうだね。美咲は……その様子だと、帰れそうもないだろうね」
「そうね。美咲はうちにお泊りさせるわ!」
店から出ようと荷物を持って立ち上がる。と、服を引っ張られる感覚に動きを止めた。
下を見てみれば、はぐみの膝の上でとろんと眠そうな顔をした美咲が、私のズボンの裾を握りながら此方を見上げていて。
「かおるさん、帰っちゃうの?」
……その台詞は、反則だと思う。
僅かに熱を持った顔を手で覆いつつこころに視線を移せば、「みんな泊まっていくといいわ!」と笑顔で言ってくれた。
普段しっかり者のまとめ役な分、お酒でセーブされていた感情が出てしまったのだろうか。普段と違う儚い姿が見れて満たされた気持ちになると共に、絶対ハロハピ以外とは飲まないように言い聞かせる必要がありそうだった。