弦巻さんちのふわゆめサンドイッチ「はぐみ、花音! いらっしゃい!」
久々にこころちゃんの家を訪れる。笑顔で迎えてくれるこころちゃんと一緒に出迎えてくれたのは、この家で飼われている大型犬のカオルさんだ。身体は大きいけれどとても優しくて賢くて、犬がちょっと苦手な私にも懐いてくれている。
「わーい! カオルくん久しぶりー!」
はぐみちゃんがわしゃわしゃと撫でてから、家のエントランスへと通される。すると、ちりん、と鈴の音がした。
「あらミサキ、おかえりなさい。お散歩楽しかった?」
こころちゃんが嬉しそうに鈴の音の方へと駆け寄る。部屋に現れたのは真っ黒な猫さんだった。鈴の付いた青い首輪を着けたその子は、こころちゃんの顔を見上げるとにゃあって鳴いた。
「あれ、こころん猫さん飼ってたっけ?」
「先週からうちの子になったのよ! ね?」
にゃあ、とお返事。なんだか、本当にこころちゃんとお話ししてるみたい。
この猫さんはミサキちゃんっていう名前で、庭で遊んでいたカオルさんが怪我したこの子を咥えて連れて帰ってきたらしい。怪我は大したことなかったけど野良猫のようだったので、治療の後はそのままこころちゃんが引き取った、とのことだった。
「初めまして、ミサキちゃん」
挨拶と一緒に、そっと手を伸ばしてみる。ミサキちゃんは警戒心たっぷりに、すんすんと指先のにおいを嗅いでいる。
わふっ。その時、珍しく吠えたカオルさんがやって来ると、後ろからミサキちゃんの首輪を咥えて持ち上げた。
っっ。カオルさんはそのまま去ってしまいそうだったけれど、尻尾の先までぶわっと毛を逆立てたミサキちゃんが怒ったような鳴き声と共に身体を反転させると、強烈な猫パンチをカオルさんの鼻先にお見舞いした。衝撃で解放されたミサキちゃんは、そのまま床を蹴り、デスクを蹴り、最後に花瓶を蹴って勢いよく逃げていった。この間正味3秒。因みに花瓶は落ちかけたけど黒服さんが支えて事なきを得た。
呆気に取られていた私は、くぅん、と情けない声を出したカオルさんを見下ろす。
「び、びっくりした……。すごい身のこなしだったね……」
「びゅーん! って行っちゃったね! カオルくんはなんか寂しそう……?」
「カオルは、ミサキのことが大好きなのよね?」
くぅん。また情けなく鳴く。そうなんだ、仲良くしたいのに嫌がられちゃうのかな。でも多分、今みたいに後ろから急に来るのはびっくりするかもしれない。
カオルさんは、ミサキちゃんが出て行った窓をじっと見つめている。はぐみちゃんが慰めるように頭を撫でるけど、こころちゃんは笑顔だった。
「心配いらないわ。カオルとミサキは、とっても仲良しなのよ!」
自信たっぷりな口調だった。そうなのかな。少なくとも今の光景は、私にはそうは見えなかったけれど。
首を傾げていると、お茶にしようとこころちゃんに庭園へと案内される。カオルさんは私たちの後を付いてくると、こころちゃんの席の横にお座りをした。お茶やお茶菓子が運ばれる頃にはリラックスしていて、伏せの体勢になっている。こうして私たちがすぐ横でお茶を飲んでお菓子を食べていても、カオルさんは人間のものを欲しがる素振りは全く見せない。
「あ、みーくん!」
はぐみちゃんの声に釣られて同じ方を見てみると、植木の陰からミサキちゃんが此方を見ていた。嬉しそうなはぐみちゃんがおいでおいで、と手招きしながら近付く。ただやっぱり警戒心は強いみたいで、びくりと身体を跳ねされると小走りで逃げて行ってしまった。
残念そうなはぐみちゃんから逃げた先は、———カオルさんの、前足の間。伏せをしているその懐に、滑り込むようにしてミサキちゃんが収まった。カオルさんが嬉しそうに尻尾を振ると、そのままぎゅっと、前足で閉じ込めるみたいにして一回りも二回りも小さい身体を抱き締める。
カオルさんの目がキラキラしているように見える。尻尾をぶんぶん振りながら丸くなっているミサキちゃんの顔を舐めると、迷惑そうな鳴き声と猫パンチが飛んできた。さっきより、大分威力は抑えめだったけれど。
そんなふたりを眺めるこころちゃんは、ニコニコと満面の笑みでご機嫌だ。
「ほらね! ふたりは仲良しなのよ!」
得意げに告げるその下で、ミサキちゃんはカオルさんの懐でもぞもぞと丸くなる。そのまま動かなくなったので、どうやら寝ちゃったみたいだ。
……にゃぅ。
カオルさんが眠ってしまったミサキちゃんの耳元をまたぺろんと舐めれば、眠たげな鳴き声と一緒に黒くて長い尻尾が不機嫌そうにぱしんと床を叩いた。