ばいばい、ナイトメア 今日のハロハピ恒例のお泊まり会は私の家で行われた。あんまり広くはない私の部屋にお布団を敷いて(四枚は敷き切れないので二枚だけ)、みんなでトランプやボードゲームをして遊んだり、次のライブの構想を練ったり、お喋りをしたり。明日もバンド練習があるし、あんまり遅くまで起きていられないねって、ちょっとだけ後ろ髪を引かれながらお布団に入ったのだった。
「ん……、」
むくり、と身体を起こす。まだ真っ暗で間接照明の光しか無い部屋の中、四人分の寝息が聞こえてきた。枕元のスマホをちらりと見れば、みんなでおやすみを言ってからまだ一時間も経っていなかった。今日はとっても楽しかったから、身体がまだ起きていたいって目が覚めちゃったのかな。水でも飲みに行こうと思って、ベッドから降りる。
一枚のお布団を二人で分けて使っているこころちゃんとはぐみちゃん、薫さんと美咲ちゃんを起こさないように、そうっと部屋から出た。
◆
「ぅ……、んん、」
水を飲んで部屋に戻る。ドアを開けて聞こえてきたのは、呻き声に近いような、寝息と言うには苦しそうな声だった。誰だろう。答えはすぐに分かった。美咲ちゃんだ。二枚の布団をくっつけて寝てる四人の一番隅っこ。ドアに近いところで、美咲ちゃんが蹲っていた。
「……う、うう、……っく、」
呻き声に混じって嗚咽も聞こえてくる。具合が悪いのかな。心配になって、屈んで顔を覗き込む。間接照明が逆光となって顔はよく見えないけれど、どうやら起きてる訳じゃないみたい。うなされてるのかな。起こした方がいいのかな。
「んんん……、やだ、やだ、」
迷ってるうちに、美咲ちゃんが小さな子みたいにぐずりだした。これは流石に起こした方がいいと確信して、その肩に手を伸ばす。けれど、その前に別の手がその肩を掴んだ。隣で寝ていた薫さんだ。どうやら、呻き声で起きちゃったみたい。
「美咲、美咲。起きれるかい?」
「美咲ちゃん、」
二人で肩を揺すって美咲ちゃんを起こす。もぞもぞ、蹲っていた身体が動いて、
「……んん、うん?」
ゆっくりと瞼が開く。数回瞬きを繰り返してから、私の姿をやっと捉えた。寝起きでまだ頭が働いていないのか、ぼうっと私の顔を眺めている。
「美咲、一回起きるかい?」
「んぅ……?」
薫さんが眠そうな美咲ちゃんの身体を抱き起こす。こころちゃんとはぐみちゃんもどうやら起きてしまったみたいで、布団から出て美咲ちゃんの元へ近付いてきた。部屋の電気を点けると、二人が美咲ちゃんの顔を覗き込む。
「みーくん、大丈夫……?」
「あら、美咲。涙が出てるわよ」
「え……?」
電気を点けて明るくなったことでよく見えるようになった美咲ちゃんの目には涙が滲んでいた。首を傾げた美咲ちゃんがぱちくりと瞬きをすれば、その涙は頰を伝っていく。それをこころちゃんが袖で拭った。
「美咲ちゃん、すごくうなされてたよ。何か怖い夢見ちゃった?」
「んん……? たぶん……? なんか怖かったような気もするんですけど、思い出せなくて。……すみません、あたしのせいでみんな起こしちゃって」
しゅん、と申し訳なさそうに眉が下げられる。大丈夫だよって頭を撫でてから、最近嫌なこととか心配なことがないか聞いてみた。そういうものが悪夢に直結してることもあるかなって思ったから。
でも美咲ちゃんは首を横に振った。最近忙しかったし、寒暖差もあって疲れていたから、それが原因じゃないかって話してくれた。どうやら体調が芳しくないと、たまに悪夢を見てしまうらしい。
「今日はみんなも居たし、ちょっと安心してはいたんですけど……。ダメでしたね、すみません」
美咲ちゃんが謝ることなんてないのに。頭を撫でれば、困ったような顔をして笑った。ホットミルクとか作ってあげようかな。明日の練習はミッシェルでやると言っていたし、寝不足のまま参加すれば怪我のリスクも上がってしまう。
「つまり美咲は、安心できれば眠れるのね?」
こんな時、いつも第一声はこころちゃんだ。自信いっぱいに立ち上がった彼女に対して、美咲ちゃんはちょっと不安げな顔。
「まあ……、そうかもしれないけど。何する気?」
「まず美咲は真ん中ね!」
手を引っ張られて促されるまま、美咲ちゃんがみんなの真ん中に寝かされる。布団を掛けられても落ち着かない表情をしている彼女に、はぐみちゃんはお猿さんのぬいぐるみを差し出した。
「みーくん、おさる貸してあげる! 抱っこするとよく寝れるんだよ!」
「え、いいよ。それはぐみの大事なやつじゃん」
「じゃあ一緒に使おう!」
美咲ちゃんの隣に素早く潜り込むはぐみちゃん。その二人の間に、可愛いお猿さんのぬいぐるみが入り込んだ。はぐみちゃんの隣にはこころちゃんが潜り込んで、布団の中から私のことを見上げてきた。
「眠る時は絵本を読むとよく眠れるのよ! 花音、何か絵本は無いかしら?」
「ふぇぇ、私……!? あ、じゃあ、」
お気に入りの絵本があるんだ。本棚から絵本を取り出せば、美咲ちゃんが跳ね起きて首をぶんぶん振った。
「いやいや、いいですって! そんな、子供じゃないんだし!」
「じゃあ、あたしは子守唄を歌うわ! 歌を聴くとよく眠れるもの!」
「聞いて」
「せーかーいーはーひーろいんだもっとーもっとーのっびのびーゆこぉーーー」
「ねえ子守唄にその選曲合ってる?」
ノンストップなこころちゃんに、美咲ちゃんは戸惑い気味だ。そんな彼女の隣に来た薫さんが、布団に寝転がって両手を広げる。頰を赤くしたまま、じっとりとした目で見下ろす美咲ちゃん。
「……なに」
「はぐみがぬいぐるみ、花音が絵本、こころが子守唄。なら私は、美咲が安心できるよう温もりを提供しようと思ってね」
「いや、いいって、」
断られても両手を広げて笑顔で待ち続ける、めげない薫さん。無言で見つめ合う二人と、こころちゃんの子守唄(今は“ハイファイブ∞あどべんちゃっ”を歌ってる)。暫く固まっていた美咲ちゃんだったけど、諦めがついたようだ。
「〜〜っ、わかりましたよ!」
ばふん、とヤケクソのように勢いよく布団に戻る。薫さんが此方に目配せしてきたので、お言葉に甘えてその隣にお邪魔した。絵本を開いて、読み始める。
「それは遠い昔のお話しで……、」
「えっ今読むの!? 待って花音さん、こころの歌と混じって訳分かんなくなってるから、」
布団を二枚だけくっつけた大して広くはないスペースに、美咲ちゃんを中心に五人でぎゅっとくっついた。美咲ちゃんは困ってるみたいな、恥ずかしそうな表情だけれど、みんなにつられてちょっとだけ笑った。これだけ賑やかで笑顔に溢れていれば、きっと悪い夢なんてもう吹き飛ばせちゃうよね。
絵本を読み終わる頃には、四人分の寝息が再び聞こえてきた。今度の寝息は、穏やかだ。きっと今度は、楽しい夢が見られるはず。