ミッション・サンタクロース「みんな、準備はいいかしら?」
「おー!!」
12月25日、午前4時。真っ暗な早朝の中、弦巻こころが高らかな号令を掛ける。それに対して北沢はぐみが元気よく答えた。松原花音は戸惑うばかり、瀬田薫にいたっては目を閉じて半分夢の世界だ。因みに美咲は四人が眠っていた部屋で一人まだ夢の中である。
「えーと……、どういう状況かな?」
弦巻家の広い屋根の上に四人は立っていた。何故か屋根の上はライトで照らされ明るく、前日までの雪も積もっていないし凍結もしていないので安全。おまけに何故かヒーターがあり暖かい。薫が眠くなるのも頷ける。
何故クリスマス当日の早朝に屋根の上に。昨日クリスマスライブを終えて、打ち上げという名のお泊まり会を楽しんでいたのに。戸惑う花音に、こころは切り出した。
「美咲が、自分にはサンタさんは来ないと言っていたでしょう?」
それはつい先日のことだ。あたしにはもうサンタさんは来ないよ、と確かにそう言っていた。
ただプレゼントを貰っていない訳ではないし、弟妹がまだ幼いから二人のところにはサンタさんは来る、と話していたことを花音は思い出した。後者の方はこころ達には理解できなかったのかもしれないが。
「だから、あたし達がサンタさんの代わりをして、美咲にプレゼントを届けるの!」
成る程。大体の趣旨は理解した。それならば、今四人で赤いコートを着て赤い帽子を被っているのも頷ける。なんとか納得した花音が、追加で手渡されたものを見た。
「あ、この白くてモコモコしたものは何?」
「ヒゲよ!」
ヒゲ。花音の思考が一瞬停止するがすぐに回転し始める。
そうだ、彼女達はサンタのコスプレをしたい訳じゃない。サンタが来ないと言う美咲の為に、本気でサンタの代わりを努めようとしているのだ。赤い服、赤い帽子。そして、あと何が必要か?――ヒゲしかないだろう。
花音は決心するとヒゲを装着した。こころ達も、いつの間にか白いヒゲを付けている。
「ところで、屋根の上に居るのってもしかして――」
「ええ、そうよ! サンタさんは煙突から入るでしょう?」
やっぱり。四人の前には巨大な煙突があった。それこそ人ひとりくらいは通れそうである。こんなもの、元々屋根に在ったっけ。今は気にしないこととした。
しかし美咲の為にサンタになると言っても、煙突から入るところまで再現する必要はあるのだろうか。だって彼女は今眠っているのである。サンタさんが煙突からやって来ても、直接は見れないのである。
「さあ、いくわよっ!!」
「待っててね、みーくん!」
だがそんなことはお構い無しなのがこのバンド。
こころが先陣を切って煙突へ飛び込み、次いではぐみが飛び込んでいく。取り残された花音は、そっと薫の方に視線を向けた。
「これは……行かなきゃ、駄目なのかい?」
起きてた。いつの間にか覚醒していた薫は、顔を真っ青にして震えていた。此処は(何故か)暖かいので、寒さによる震えではないだろう。
「かのちゃんせんぱーい! 薫くーーん!! 早くーー!!」
下の方から、二人を呼ぶ声がする。どうやら腹を括らないと駄目らしい。
「ふ、ふふ、……。そう、だね」
「薫さん大丈夫? 顔真っ青だけど……」
「今の私は、美咲に夢とプレゼントを届けるサンタクロースだからね。これくらい、大したことはないさ!」
どうやらスイッチが入ったらしい。意気揚々な様子の薫は煙突へと足を掛けると、下を覗き込んだ。暗い。何も見えない。何も見えないけど高いことだけは分かる。
「薫さん、足震えてるけど……」
「……な、なんのこれしき。美咲の為を思えば恐れることなんて無」
ずるり。足を滑らせた薫が、台詞途中で煙突の下へ真っ逆さま。煙突覗いて落っこちた。
直後、「かの〜〜ん!!」とこころの明るい声が届いたので、どうやら問題は無かったらしい。意を決して、煙突へと飛び込んだ。
「……きゃっ!」
真っ暗闇の煙突を落下した先、柔らかいマットの上に着地する。成る程、これなら怪我の心配も要らないだろう。辿り着いた真っ暗な部屋の中、微かに寝息が聞こえてくる。
「ところで、プレゼントって……?」
「もちろん、用意してあるわ!」
こころが指差した先を花音達が追って見ると、そこには巨大なミッシェルのぬいぐるみが鎮座していた。クリスマス仕様のリボンを首元に巻いた実寸大ミッシェル。これは自分達が来る前に部屋に用意してあったのか。だとしたら、自分達が煙突を落ちてきた意味はあったのだろうか。その考えには蓋をした。
「嗚呼、なんて儚いプレゼントなんだ……!」
「すごいね!? 本物のミッシェルみたいだよ〜!」
「これを、美咲の枕元に置きましょう!」
「ふぇぇっ!? 置くの!?」
枕元に!? 寝起きでこのサイズのミッシェルが枕元に居たらびっくりしちゃうんじゃないかな。心配が頭を過ぎるが、四人で等身大ミッシェルを持つと、
「せーのっ!!」
こころの号令で一斉に持ち上げた。息を合わせ等身大ミッシェルを美咲の枕元へと運んでいく。
「わぁっ!?」
はぐみが何かに躓いて、盛大に転倒した。どうやらクリスマスツリーのコードに足を引っ掛けたらしい。引っ張られたツリーが倒れ、オーナメントが床に落ちる。
「はぐみ! 大丈夫かい!?」
「いてて……。うん、大丈夫……! でもツリーが……!」
「ツリーなら後で直せばいいから大丈夫よ!」
はぐみが無事なことにほっとしてから、花音はハッとベッドの方を振り向く。再び静まり返った部屋の中、美咲の寝息が耳に届いた。
いや、いくらなんでもおかしくないか。いつもだったら、もっと物音には敏感だと思うのだが。流石に疑問に思った花音が首を傾げた。
「ねえ……、美咲ちゃん、全然起きないね……?」
「……人体に影響は無いって、黒服さん達が言っていたわ!」
「あっ、何か飲ませたんだね???」
夕食後、美咲がやたら眠そうにしていたのはそれが理由か。ライブ疲れだけが原因ではなかったわけだ。
起きる気配の無い美咲の枕元に等身大ミッシェルを置き、ツリーをしっかり直してから撤収した。
◆
数時間後、美咲は目を覚ます。外はもう明るい。ライブで疲れていた筈なのに、今朝は身体がやけに軽い気がした。他の四人はまだ眠っている。自分が一番最初に起きるなんて珍しい、と周りを見渡して。
「え? な、なにこれ……?」
枕元の等身大ミッシェルに気付いた。戸惑いの声を漏らすも、首元の大きなリボンや、足の裏に記された“Dear MISAKI”の刺繍を見つける。
「んん……、美咲ちゃん、おはよう。どうしたの?」
瞼を眠そうに擦りながら起き上がった花音が、神妙な面持ちの美咲の顔を見て首を傾げる。美咲は少しだけ視線を彷徨わせてミッシェルと花音、そしてまだ眠っているこころ達を交互に見つめて。
「———あたしにも、来たみたいです。サンタさん」
微笑む美咲の視線の先、花音の後ろ。部屋の隅っこの床に、白い付けヒゲが落ちていた。