平穏にだなんて言わせない 元旦。神社での和太鼓演奏も終え、その日の午後はハロハピ全員揃っての初詣だった。初詣を終え、屋台の間を並んで歩く。綿飴の屋台に弦巻こころが吸い込まれ、北沢はぐみがたこ焼きを頬張り、瀬田薫がファンに囲まれ、松原花音が焦り、そのまま何故かこころとはぐみが振袖のままバク転を披露し、奥沢美咲に首根っこを掴まれ強制退場させられる。
今は少し落ち着いて、再び屋台を見て回っていた。
「あっ見て! 獅子舞さんが居るわ!」
こころが指差した先、人集りの中心に獅子舞を見つけた。笛や太鼓の音に合わせて踊る獅子舞に混じり、大人の笑い声や子供の泣き声が響いている。
人混みの間からちらりと見えた獅子舞と目が合ったような気がして、美咲が息を詰まらせた。
「獅子舞って、頭と噛んでもらうと縁起が良くなるのよね!」
「わぁ、じゃあはぐみ達も噛んでもらおーよ! ね、みーくん!」
「っ」
目をキラキラに輝かせたはぐみから話を振られた美咲が、言葉を詰まらせる。更に僅かに一歩だけ後ろに退がったのを、薫も花音も見逃しはしなかった。
「美咲、大丈夫かい? 顔色が良くないようだが……」
「人混み疲れちゃった?」
「えっ、あ、いや、別になんでもないですよ?」
年長者二人に顔を覗き込まれ、慌ててかぶりを振るものの。引き攣った笑いはどうにも誤魔化せそうにない。次の言葉を探しあぐねていると、こころが何かに合点がいったように一人頷いた。
「美咲は獅子舞さんが怖いのよね?」
「……………………そんなことないよ」
「みーくん声すごいちっちゃいよ」
尻すぼみになっていく声をはぐみに指摘され、また言葉を詰まらせる。詰まらせながら、頭はフル回転していた。
日頃の行いが悪い人が獅子舞に噛まれると、逆に運が悪くなる。違う。だってアレは日菜さんの冗談で、作り話だって言ってた。それに運が悪くなるって言ったって、例えば食べようとしたゴマ団子がいつも直前に落ちるとか、その程度のもので。何も怖がることなんてないじゃないか。そんな子供騙しな脅かしで———、
「あっ、獅子舞さんがこっちに来たよ!」
「ひっ!?」
勢いよく迫り来る獅子舞に気圧された美咲が、咄嗟に薫の後ろに隠れる。歯をカチカチ鳴らす獅子舞をじっと睨みつけたところで、ようやく四人分の生温かい視線に気が付いた。
「ちがっ……! これは、その、ちがくて!」
顔を真っ赤にして離れるも時既に遅し。凛々しい顔をした薫が、騎士の如く美咲を守るように獅子舞の前に立ち塞がる。はぐみも便乗して美咲の前へ躍り出た。
「大丈夫だよ、美咲。君には指一本触れさせやしないさ!」
「獅子舞さん! みーくんに手を出すな〜〜!」
「いや本当にやめて! 違うから! 大丈夫だから!」
否定はするくせに、その足は一歩も獅子舞の方へ踏み出そうとはしない。そんな様子を見ていたこころが、徐ろに美咲の手を取った。
こころ? と不思議そうな顔をする美咲に微笑むと、何を思ったかその指に突然噛み付いた。驚愕した美咲が、勢いよく噛まれた手を引っ込める。
「ちょ、何してんの!?」
「ふふ、あたしが噛むのは怖くないでしょう?」
こころは悪びれもしない満面の笑みを浮かべている。美咲は噛まれた指とこころの顔を交互に見て、何度も視線を往復させて、やがて先程まで蒼くしていた顔を今度は真っ赤に染めた。
「いや……、怖くはないけど凄い恥ずかしいんだけど……」
そもそもこころは獅子舞ではないので、噛む意味は無いのではないか。そんなツッコミを入れようとするも、新たな刺客はすぐにやって来る。
「楽しそう! はぐみもやるーー!」
「そうだね、私も美咲の為に協力しようじゃないか」
「いやいやいいって!! 恥ずかしいから!! やめて!! 助けて花音さん!!」
にじり寄るはぐみと薫に、美咲が後退りながら助けを求める視線を花音へと送る。彼女は必死な美咲の顔を見ると、困ったように眉を下げてから綺麗過ぎる微笑みをたたえて。
「えへへ。ごめんね、美咲ちゃん」
「花音さん!!!!!」
もう誰も助けてはくれない。逃げたって振袖では上手く走れないし、そもそもこころとはぐみから走って逃げられる訳がないのだ。
今年もどうやら、平穏な一年とはいかないのだろう。美咲は一人、諦めの笑みを浮かべた。