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    蒼hsoratokoh

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    月が綺麗ですねネタです。

    #富K

    月が照らす「K! 見てください! 月が綺麗っすよ」
     富永の弾んだ声と共にさぁっと夜の爽やかな空気が神代の頬を撫でた。診察室の片付けと翌日の準備をしていた手を止め、顔をあげる。富永は窓から少し身を乗り出して月を見上げていた。
     ふと、有名なI love youの日本語訳の逸話を思い出した。彼が知っているのかいないのか、それはわからないが少なくともさっきの言葉にそんな意図はないだろう。ただ見たままの感想を伝えたように思う。
    「お前がいるから……」
     ハッとして口を閉じる。完全に無意識だった。富永のことは信頼している。好ましく思っている。けれどそれは友愛に収まり切らぬほどに大きかったのか。自覚していたよりずっと、この胸の奥深くに。
    「えっ? なんです?」
     うっかり漏れ出てしまった想いは幸か不幸か聞き逃すほどの小さなものだったらしい。安堵と、少しの残念さを感じて自分でも驚く。残念……確かにそうかもしれない。もし切っ掛けがあったなら……いや、あったからと言ってどうだと言うのだ。伝えられるわけがない。どのような結果になるか、想像するだけで気分が沈む。もちろん、この時が永遠に続くなどと夢にも思わない。いつか彼はこの村を出る人だ。それでもその時を迎えるとしたら、それは想いを告げた末の拒絶による別離などであってはならない。
    「あぁ、そうだな。綺麗だ」
    「昨日までずっと天気が悪かったから心配でしたけど、晴れて良かった。村の皆も今ごろ月見酒ですかね?」
    「だろうな。飲み過ぎないことを信じよう」
    「はい。それにしてもやっぱりこの辺は星とか月とか綺麗に見えますね。それに十五夜ってわざわざイベントにするぐらいだから、見え方も違うのか? んー、気のせい?」
     口元に拳をあて、首をかしげながら富永が考え込む表情が面白くて神代は小さく笑いをもらした。こんな風に優しく穏やかな夜がまた訪れるとは、1年前は考えもしなかった。この時が少しでも長く続けばいいと強く思った。

    「月が綺麗ですね」
    「そうだな。今夜は雲が多いが、それも良い」
     富永の後ろ姿から空に視線を移す。雲の固まりがあちらこちらに浮かんではいるが、その向こうの夜空は遠く澄んでいるし、風が強く吹いているお陰で雲の流れが早い。月は雲間に現れては消えてを繰り返している。完全に雲に覆われている時は月の光が雲を透かしてその存在を知らせていて、それもまた美しかった。
     店を出た富永はタクシーを拾うのを拒否して、酔いざましに少し歩こうと誘ってきた。神代が取っているホテルまでは歩ける距離ではないし、富永の家とは方向が違う。どうするつもりなのか、実は見た目以上に酔いが回っているのかと心配したが、月を見るためだったのか。
     村に来て初めての秋も富永は先ほどの言葉を口にしていた。そしてそれは毎年の恒例になったのだ。十五夜の夜、いつも富永のほうから月が綺麗だと言ってくる。村を離れてからは電話や写真付きのメールで。神代はそれを密かに毎年楽しみに待ちわび、わかっていて自分からその話題には触れないようにしていた。例え富永にその気が無かったとしても、秘めた恋心を昇華できる数少ない機会だった。
     あの穏やかな夜がずっと続けばいいと思った初めての秋、程なくして一也を迎えて賑やかになり、診療所は少しづつ変化していった。全てを己の腕に抱えていたころの自分が知ったら、嘘だと、都合の良い幻だと思うだろう。
     十五夜を狙って富永を訪ねたわけではない。本当に偶然だった。けれど気にしていなかったと言えば嘘になる。久しく、直接その言葉を聞いていなかった。電話越しでも声は声。けれど顔を見て、直接その声を耳にしたかった。
    「もう言ってくれないんですか」
    「何のことだ」
     数歩先を月を見上げながら歩いていた富永が振り返った。あの頃と同じ月を見上げているのに、村にいた頃はあまり着ることの無かったスーツとネクタイという姿が不意に時の流れを突きつけてきた。ピリピリと胸が痛む。
     意図を測りかね、神代の眉間にシワが寄る。
    「出会ってから最初の秋に月を見ましたよね。覚えてます?」
    「あぁ」
    「俺、聞き返しましたよね? 意味がわからなかったので。でもKは流したから」
    「聞こえていたのか。意味も……」
    「はい。でも意味は知らなかったです。ただあなたが誤魔化すから気になって。後から意味を知りました。その時には時間が経ちすぎていたし、Kからそんな雰囲気は全然感じないし。だから聞き間違いか、勘違いかわからなくて。自信が持てなかった。それで思ったんです。また十五夜に月がって言えばわかるかもって。でももう言ってくれなかった」
     そうだったのか。最初の年と、それからの年では言葉の意味が違っていたなんて。考えもしなかった。
    「それは……そんな雰囲気が無いといえばお前もだろう」
     思いがけず責める口調になってしまった事に自分でも驚いた。富永を責めたいわけじゃない。ただ、もっと勇気を出していたら得られたかもしれない時間を無駄にしてしまった自分に苛立った。
    「そうですね。それは、俺も良くなかったです。待つだけなんて狡いことをしました。でも、不安だったんです。思い違いや、そうじゃなかったとしてもKから何も感じないなら、あなたが諦めてしまったんじゃないかって。そうなら、もうどうすることも出来ないって思ったので。今となってはどれも言い訳っすね」
     富永が苦笑いをする。そんな顔が見たいわけじゃない。俺はずっと前から望むものを受け取っていたのだ。それなのに初めから手に入らないと諦め、都合のいい幻として受け取っていた。
    「離れていても、例えもう俺たちの道が交わらなくてもいいかなって、思う時もあるんです。戦友だって言ってくれたことが嬉しかったから。でもやっぱり、こうして会ってみると欲が出ました。もっとあなたに会いたい。理由が無くても好きな時に会いたいし、触れたいです」
     触れたい。これまで何度そう思ったことか。すぐ近くにある富永の手に自分の手を重ねたい、隣でグラスを傾ける富永の頬に指を滑らせたい、その体を抱きしめられたなら。耐えきれず動いてしまった手が、何度虚空を彷徨い、他の動きに見せかけて誤魔化したことか。 
     どうして気付けなかったのだろう。どうしてもっと踏み込めなかったのだろう。けれど今さら過去を悔やんでも仕方ない。出来るのは今を生きること。大丈夫だ、今からでも遅くはない。なにより富永が同じ気持ちでいてくれたことが嬉しかった。
    「すまない。もう一度、言ってくれないか」
     富永がゆっくりと頷いた。いつの間にかあんなに多かった雲は消え去って、丸く明るい月が富永を煌々と照らしている。
    「K、月が綺麗ですよ」
     月の光に負けないぐらい、富永の笑顔は明るく俺を照らす。いつだって明るく、強く、熱く。
    「あぁ、お前が傍にいるからだ、富永」
                                    〈 終わり 〉

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