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    eats_an_apple

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    eats_an_apple

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    ほんのちょっとだけ背後注意(??)なシーンがあります。
    なんでもいい人向け。

    #でぃるふぃん
    imGoingToSpoilIt

    「王よ…その、装備の…ええと、胸当ては…着けないのですか…?」

    部下からの奇妙で唐突な質問にフィンは首を傾げる。
    質問者のディルムッドはというと、非常に言いにくそうにあからさまにフィンから視線を逸らしているので見つめ返しても目は合わない。彼が何を考えているのかフィンには図り兼ねた。

    「…?もちろん戦闘時の霊衣を変更するにはマスターに申し入れるのが作法だと知らないこともなかろう、今すぐには着けられないな。なぜそんなことを聞く?」

    素材集めと戦闘訓練のための招集命令に応じていた2人はちょうど管制室に向かう途中だった。ディルムッドはその正論に一瞬言葉を詰まらせたが、ぐっと息を飲み込んでから食い下がった。

    「今すぐに、ということではありません。普段からその装備でいるのはなぜかと…」
    「む…私の言葉を聞いていたか?質問に質問で返すんじゃない。」

    おちょくっているのか、とフィンが顔を顰めるとディルムッドは途端に表情をぱっと困ったようなそれに変え、とんでもありませんと弁明する。普段通りのやりとりを一通り済ませた後、フィンは目を伏せて部下の妙な観点にため息をついた。

    「なぜもなにも。マスターがこれが良いと言っているからだよ。私自身にそれを覆しまでする強いこだわりも無いしね。」

    そのフィンの返事はじわりと、ディルムッドの胸の内にまるで染みがつくような感覚を生んだ。
    あまり馴染みのないそれにディルムッドは思わず胸を押さえて目を見開く。

    「どうした?早くいくぞ?」

    突然歩を緩めたディルムッドを怪訝そうに見遣ったフィンは、どこか心此処にあらずといったような状態になってしまったディルムッドの腕を掴んで引いた。二人揃って遅刻などしたらフィオナの株が落ちるぞ、と軽く笑いながら引かれる腕を自分のものではないような感覚で見つめながら、ディルムッドはやはり体の中心をじくじくと蝕むような違和感のことを考えていた。



    自分にとってフィンは絶対の王である。誰が何と言おうとディルムッドはそれを誇りとして、さらには生きがいとして抱えていた。
    英霊となり、現世の者の使い魔となっても、フィンのもとで生きたという自分の在り方は変わらない。そこでどんな因果の巡り合わせかフィンその人と相見えるならば、もはやどうしようもなくディルムッド・オディナという英霊とフィオナ騎士団、そしてフィン・マックールの存在は不可分だった。
    しかしそれはそれとして、今生で誰に仕えているかなどという問題については、ディルムッドはしっかり弁えているつもりでいた。だからこそ数刻前に感じた違和感の正体に近づくにつれ、ディルムッドの中では新たな葛藤が生まれることになった。

    (俺はマスターに嫉妬したのだろうか…)

    言うまでもなく、ディルムッドの王はフィン唯一人である。
    生前もフィオナ騎士団の長であるフィンが上王に仕えていた事実は理解しているがそれだけだ。フィンは騎士団に対しては常に悠々と長たる者としてと振る舞っていたし、その栄光の騎士団に属したディルムッドは彼以上の存在を認識できなかった。フィンが他の誰かに傅き、その上にその人物に懐くような素振りを見せるなどということに、良い意味か悪い意味かもわからないほどに、端的に言ってディルムッドはショックを受けたのだ。

    (マスターは善い人間だ。王がその元へ下るのもなんら不思議ではない。元より王は柔軟な人だ。人の上に立つことも人に仕えることもできるのであって……)

    いまだに同時に二人の人間を主と認めその姿勢を崩さない自身の矛盾には目を瞑りながら、ディルムッドはどうにか自分を納得させる言い訳を捻り出そうとする。
    一方で自分だってそのひととなりに惹かれマスターに仕えることに喜びを見出していることを認め、フィンもきっと似たような感覚なのだろうと思いながら、他方にあるのはフィンには自分の王でのみあってほしいという身勝手な願望だ。
    結局いくら考えてもどちらに嫉妬しているのかと言われれば、やはりフィンに慕われるマスターであるという事実は覆りそうになかった。
    それほどにディルムッドは今、フィンに対してただならぬ執着を抱えている。

    「ディルムッド、大丈夫?」

    ふとかけられた声にディルムッドは我に返った。そこで黒髪の青年が目の前で手のひらをひらつかせてディルムッドの反応を待っていたことに初めて気がついた。

    「すみません、ぼうっとしていました。問題ありません。」
    「そう?今のうちにしっかり休んでね。疲れてたらもう少し前のみんなに頑張ってもらうから。」

    そういってマスターの青年は前衛で敵性体と交戦するサーヴァントたちを真剣な表情で眺めた。今回は指揮を戦闘の場の英霊たちに任せる方針の訓練兼素材回収なのだが、前衛で軍師のサーヴァントが指示を出すのをマスターは注意深く観察していた。
    その先にディルムッドも視線を移して、そして華麗に空を舞う美しい金色と水の飛沫を見とめた。

    「マスター…つかぬことを伺ってもいいでしょうか…?」
    「うん?いいよ、前線も安定してきたしちょっとお喋りしてても怒られないよね。」

    いたずらそうに笑ったマスターに果たしてこんな時にこんなことを聞くのもどうなのだろうかと尻込みしながらも、一度口に出してしまったものを引っ込めるには惜しいタイミングだと思いながらディルムッドは続けた。

    「フィンは今最も軽い装備で戦闘に出ていますよね?なにか理由があるのですか?」

    なるべく何気なさを繕って尋ねるとマスターはうーんと唸った。

    「理由か…何個かあるよ。一つはディルムッドも同じなんだけど、なんかさ、なるべく身軽な方がいいかなって思って。」

    鎧って重いんでしょ?サーヴァントの膂力があるにしても装備の重量は必要最小限の方が良くないかな?と青年はディルムッドに意見を求めた。

    「確かにこの程度の戦闘では我々も大きな負傷をしませんしマスターの治癒もありますしね…重さだけではなく鎧は関節の動きをある程度阻害しますから、身軽な方が俺はやりやすいです。なるほど…」

    ディルムッドは自身の腹に手を置き何も身に纏っていない上半身を、そういう意図だったのか、と眺めた。その様子を見ながら青年はさらに続ける。

    「あとはね…いや、これは俺の趣味になっちゃうんだけど、フィンって全体的に白っぽいでしょ?」

    マスターの言葉にディルムッドは素直にうなずいた。
    肌も白ければ髪も透き通るような金、常に身につけているキルトの色も柔らかなホワイトベージュだ。おまけにところどころの装飾に用いられている群青が余計にその色素の薄さを際立たせているようにすら思える。

    「だからシルバーの鎧じゃなくて黒のインナーの方が引き締まって見えるというか…あの綺麗な逆三角形の体が一層引き立ってかっこいいなっていう…理由、デス…」

    言っていて恥ずかしくなったのか尻すぼみになっていくマスターの弁をやはりディルムッドは深く頷きながら聞いていた。全て、大いに納得できる理由だ。ここまで完璧なプレゼンをしたマスターに最早ディルムッドから異議を申し立てる余地などない。
    しかしそれとは別に、ディルムッドにも譲りたくない理由がある。故にこそディルムッドはマスターに伝えようとしていた言葉を持て余し、どうするべきか非常に迷っていた。
    その言葉を忌憚なく率直に表現するならばすなわち、「ちょっと無防備すぎるので胸当てを着けて差し上げることはできませんか」だ。

    フィンが魅力的だというマスターの言葉通り、ディルムッドの王は同性から見ても目を引く均整のとれた美しい体つきをしていた。美しく棚引く長い髪は一見女性らしい美しさを持つが、筋骨隆々とまではいかなくても程よい筋肉に引き締まった体の線とすらりと伸びる長身が上手い具合に相克し、独特な魅力を生み出す。
    幾度となく目に焼き付けたその姿はやがてフィンの内面の心地良さと相まってディルムッドの劣情を掻き立てるようになってしまっていた。同時に自分と同じような不埒な輩がいないとは当然に言い切れないとディルムッドは危機感を覚えるようになってしまったのだ。

    当然それを本人はおろか他の誰にも打ち明けられないまま拗らせてしまっているディルムッドにとっては、フィンの胸元が守られるかどうかということはかなりの死活問題だ。ただ一言マスターがフィンに「黒インナーがいい」と伝えたことでフィンがそれを律儀に守っているならば、もう一度マスターが「黒インナーでなくてもいい」と伝えてくれるだけでフィンは鎧を纏うのではないかと、ディルムッドは何度も心の中で繰り返す。

    (言え、言うんだディルムッド・オディナ…!)

    しかし哀しいかな、ディルムッドは元々自らの王ほどの言葉を持ち得たり、要領が良いわけではなかった。完全な我欲が根底にあるその思いについて、上手いこと自然に、説得力を持たせて語ることはできなかった。

    「……?やっぱり今日は調子悪い?もうちょっとしたら上がるから…って、…あ?そうだ、今日は綱さん連れてきてるんだった!」
    「呼んだかマスター?」
    「呼んだ呼んだ!特攻入らない宝具の性能見るって話!あれ?というか今までどこにいた…?」
    「?すぐそこにいたぞ。彼と話していたようだったから少し距離を取ってはいたが…」

    完全にタイミングを失ったディルムッドをよそにどこからともなく現れたもう一人の控えサーヴァントにマスターの意識は移ってしまった。気を遣って離れていたらしい平安武者にディルムッドが頭を下げると彼は軽く頷いてから刀を抜いた。

    「おおーい!フィン!交代!戻ってもらって大丈夫ー!?」
    「いいとも!捉えられる範囲のアーチャークラスは倒しておいたぞ!いつでも大丈夫だ!」
    「ありがとうー!…じゃあ綱さん、フィンと交代でよろしくお願いします!」

    承知した、という短い返事と共に新入りの英霊は一飛びで前衛に合流した。入れ替わりで数分前まで話題の中心だった人物がマスターとディルムッドの元へ戻ってくる。

    「フィン、おつかれさま!もうちょっとで終わるからディルムッドも頑張って!」
    「ああ、ありがとう。…どうかしたのかディルムッド?」
    「何でもありません。どうぞお気になさらず…!」

    あまりに上の空だったおかげでマスターに余計な気を遣われてしまったままのディルムッドの様子を素直に窺うフィンに、ディルムッドは両手を軽く上げて弁明した。

    「そうか?前半はおまえが一番激しく動いたのだから、無理があったなら正直に言うんだぞ?」
    「はい、ありがとうございます…しかし、…っ、フィン…!」

    問題ありません、と告げようとした言葉がフィンを制止させようとする言葉に言い変わったのは、フィンがディルムッドの頭を両手で掴んでわしゃわしゃと髪を掻き回してきたためだ。

    「ははは!髪が乱れていたものだからな!せっかくだからもう少しワイルドにしてやろうかと!」

    こつんと互いの額が軽くぶつかり合い、笑ったフィンの顔が眼前に迫る。
    ディルムッドはというと、突然のことに目を白黒させて弱々しくフィンの名前を呼ぶことしかできていない。見かねたマスターが隣で呆れたように「イチャつくのは帰ってからにしてねお二人さん…」と呟いて、前線に送り出した英霊の宝具解放に立ち会うために控えの2人から離れていった。

    「イチャつく、とは少々語弊がありはしないか?むふふ、ディルムッドはこんななりで結構愛らしいからな…どこか相棒の犬たちを思い出すぞ…」

    戦闘直後で気が昂っているせいか、フィンは高揚した様子でディルムッドを構うことをやめない。一方で犬、つまりフィンの一番の臣下でありどこまでも無垢な愛情与えられる存在に例えられたディルムッドの心境は複雑だ。つまりは自分がどんなにフィンに懸想しても、フィンからはただの少しも同じ心は返ってこないということなのだから。

    やっとのことでフィンの手から逃れたディルムッドを、一瞬不満そうにじとりと見つめたフィンだったが、今はすこぶる機嫌がいいのかすぐにころりと表情を明るくしてディルムッドの横に並んだ。

    「やはり体を動かすのは心地良いな!久しぶりだったから綱殿の分まで少々張り切ってしまったが…」
    「…張り切られるのは結構ですが、少々怪我が目立ちます。簡単に治るとはいえお気をつけください。」
    「そうは言ってもランサーだからな。近接戦闘が多くなるしその分少しの怪我も負うだろう。というかおまえは私に注意している場合か?傷の数は私に負けず劣らずいった具合だぞ?」

    そう言いながらフィンは数粒の水玉を自分の周りに浮かせてから水鉄砲のように軽く前方へ向けて飛ばす。発射された水玉は宙に弧を描きながら飛び出して数メートル先の地面に滴った。

    「こういうこともできるが、結局は槍で突いた方が良いものなぁ」

    フィンは再び、今度は大きめの水の玉を作り出しては人差し指を立てた右手をくるくると回し始める。フィンの右手首の動きに合わせてそれは空中を重そうに飛び回りだした。
    フィンのような簡易的な間接攻撃手段を持たないディルムッドは宙を飛ぶ水の軌道を眺めながらぼんやりと生返事をした。

    「おっと!」

    そしてその直後、ぼんやりとしていたせいでフィンの慌てたような声と自分めがけて飛んでくる顔ほどの大きさの水の塊にディルムッドは反応できなかった。
    ばしゃり、と涼しげな音を立てて顔面にクリティカルヒットした水は、ディルムッドの雑に崩されていた前髪と顔面を水浸しにして体の前面を伝い落ちる。

    「すまない、手元が狂った!大丈夫かディルムッド!?」

    ディルムッドの目の前に先ほどのように立ったフィンは、今度は慌てたように濡れて艶の増した髪をかき上げて滴の残る肌を指で払った。

    「びしょ濡れだな…風邪、は引かないにしても…このままでは私の気が済まないな…さて、」

    そう言ってきょろきょろと自分の体を見下ろしたかと思うとフィンは突然身に纏っていたキルトに手をかけた。腰の辺りをごそごそとまさぐるフィンの思惑をディルムッドは一瞬で察してフィンの手を押さえ込んだ。

    「おやめください!俺は大丈夫ですから!こんなところでそんなもの脱がないでください!」
    「いやだって、私の手持ちで拭けるものはこれくらいしか…」
    「拭かないで構いません!!」

    良い加減自分の気苦労を察してくれないものか、どこまで自分を煽れば気が済むのだろうかと半ば自棄になりながらフィンの手首を強く握り、声を荒げながらもあくまで紳士的にやり過ごそうとした。
    しかしながらフィンという男はどこまでもディルムッドの予想の上をいってしまうのだ。ディルムッドに気圧されてしばらく沈黙したと思ったフィンが次に発した言葉に今度はディルムッドが言葉を失った。

    「……ディルムッド、おまえ…何故上を着ていない?」
    「は……?」
    「いや、さすがにいくらなんでも無防備が過ぎるだろう?なんというのかな?防御的にもだが、見た目的に心許なさすぎる…端的に言ってしまうと…だめだと思うぞ…?」
    「……………」

    自分がこれが一番やりやすいからです、とか、マスターに指定されているので、とか順当な返事と一緒に、あなたがそれをいうのか、だの、俺の気持ちも知らないで、だの勝手に蓄積させてきた恨み節がいっぺんに口から出そうになって上手く喋れないディルムッドを無視して独り言のようにフィンは続ける。

    「当世的には男だって普通に上半身裸でいたら破廉恥とされるのだぞ?マスターのサーヴァントにだって上半身裸でいる英霊よほど筋肉で服がはち切れてしまうのだな…という気持ちになる体躯の持ち主か、ケルティックな戦士くらいしか………はッ!」

    何かに思い当たったようにフィンが息を飲む。この時点でディルムッドにはフィンが何かとんでもないことを言う予感しかなかったが、残念ながら止める術は持たなかった。

    「もしや…!!そうやって女性陣を虜にする算段か!?こんなに甘いマスクにおまえほどの肉体がくっついていればそれはもう一網打尽だろうな…!?いい作戦だが、しかしそれはいけないぞ!だめに決まっている!なぜならばだな!…なぜ、…なぜ、なら…ば……」

    饒舌に、ディルムッドからすれば的外れもいいところな推測を呟いていたフィンだったが、とある時点で急に言葉に詰まりはじめる。同時にその頬にじわじわと赤みが差していき、ついに視線を斜め下の方へ外したフィンは片手で口元を押さえて黙り込んだ。

    その表情を目にした瞬間、フィンの言葉を聞きながらぐつぐつと煮えたぎっていたディルムッドの中の何かが吹きこぼれ、ぷつりと頭のどこかで何かの切れる音がした。




    「おつかれさま!今日はこれでおしまいだから各自ゆっくり休んでね!」

    ほどなくして素材も戦闘データも十分に取り尽くした一行は管制室へと戻っていた。解散を言い渡されたサーヴァントたちは各々に散っていくが、先ほどから黙り込んで一言も喋らない様子のおかしいディルムッドとそんな部下の異変に戸惑いながらもほぼ普段と変わらない様子に戻ったフィンが残った。

    明らかに服装に言及してからディルムッドの様子がおかしいことはわかっていたが、マスターに伝えるなら早い方がいいと、他の英霊ともども管制室を去っていく後ろ姿を呼び止めようとしたフィンの腕は背後から力強く掴まれた。

    「…ディルムッド?とりあえずおまえのその霊衣を……あ、怒っているのか?もしかしてその格好を気に入っていたか…?ならば、困ったね…いや、おまえが本当に嫌なら私が口を出せることではないな、すまない……」

    ただならぬ雰囲気に反省の姿勢を取ってみる。しかしフィンとしてはこれしきのことでここまでディルムッドの機嫌を損ねるとは思っていなかったので、ディルムッドが不機嫌な理由をいまいち探り損ねていた。
    事実フィンの憶測はやはり的外れで、そのことがどうしようもなくディルムッドを圧していることにフィンは気付くはずもない。

    そして結局何も知らないフィンはその腕を取られたまま無言で管制室から引き摺り出されることになった。



    「待って、ディルムッド!待ってくれ!謝るから、何がいけなかったのか教えてくれないか…!ディルムッド!」

    大股で廊下を歩くディルムッドに全面的に謝罪の意思を見せながらフィンはついていく。腕は掴まれたまま、止まるとまた引きずられることになるためおちおち会話をする状況も作れないフィンは、焦ってディルムッドを止めようとするがその歩みは止まらない。
    ついに迷宮のように入り組んだ廊下のとある一角に差し掛かった時、自動的に開いたドアの中の空間に連れ込まれた。

    怒涛の勢いでことが進む割に一言も喋らないディルムッドが恐ろしい。
    何が起こっているのかよくわかっていないフィンは状況に置き去りにされたまま案外丁寧にベッドの上に組み敷かれた。
    仰向けに体を倒されてディルムッドが覆いかぶさったとき初めて、なにか良からぬことが起こるのではないかと予感したフィンは珍しく遅すぎた。

    ディルムッドの手がフィンの割れた腹筋の上を静かに、しかし明確な意図を持ってなぞりあげる。決して厚手とはいえない黒い布地はぴたりとフィンの肌に張り付いてディルムッドの指に辿らせる溝を教えていた。
    その感触にぞくりと肌を粟立たせたフィンは咄嗟にディルムッドの手を両手で掴んで阻むが、片方はディルムッドに指ごと絡めとられてシーツの上に縫い付けられてしまう。ディルムッドのもう片方の手が再び体を這うのをフィンは自由な片手だけでは止められない。

    「ディルムッド…!やめ、ディルムッド…!!」
    「怒っていないですよ、フィン。やめられませんが…」

    初めて応答したディルムッドの声は穏やかでそれが余計にフィンの喉元を逆撫でするように恐怖心を煽る。

    「なん、で…!いや、だ…、アッ…ひっ……」

    ディルムッドの手はフィンの胸に辿り着いた。一度心臓のあたりを確認するように押さえた不埒な手は、胸をわずかに膨らませる筋肉を堪能するように滑ると服からはみ出した脇腹を擽る。

    「怒っ、てる…だろ!やめろ…ぅ…あぁっ、ディル、だめだ…ぁっ…」
    「かわいらしい声ですね…感じているのですか?」
    「ちが…ぅ…あッ、そこ、だめだ、ゃ…」

    ディルムッドが胸の中心に触れるたびに体の奥底から湧き上がるような悪寒が襲い、フィンは目を瞑る。
    自分の意思に反して漏れる声を揶揄されるのは堪らなかったが、喉を滑り出てくる小さな悲鳴を抑えては体の中に何かが溜まって弾けてしまうのではないかと思う。

    ディルムッドはいつの間にかフィンの手を封じることをやめ、組み敷いた震える体を両手で犯していた。

    「ディル…!なんでっ、やぁっ…あ、あ、あぁ…っ、なん…!」
    「…俺に破廉恥だなんだと言うならば、ご自身の格好のことも自覚して頂かなくてはと思いまして…」

    快感を逃すために無防備にディルムッドの前に反らした喉元でリップ音が鳴って、フィンの胸と腹の上をディルムッドの指がまたつい、となぞった。

    「わからないならばしっかりと、教えてさしあげます」

    フィンの滲んだ視界に穏やかな笑顔が映る。
    その間にもフィンの体を暴くディルムッドの手は止まらない。
    ろくに身動きの取れない身で腰だけが不規則に跳ねる様子はまるでとどめを刺される直前の獲物だった。

    直接体の奥と脳内に甘い痺れをもたらす快楽にフィンの体は崩れそうになりながら痙攣を繰り返す。ディルムッドの触れ方が良いのか良くないのか、もうどこを触られても情けなく喘ぐしかなかった。

    快楽と声を堪えるようと必死に歯を食いしばっていたフィンは脆く崩れそうになる思考を掻き集めてディルムッドが告げた言葉を思い出す。どうにか上半身を襲う責め苦から逃れようと息も絶え絶えに口を開き、吐息まじりに訴えた。

    「んっ、ん…ぅッ、でぃる、わかったから、はなして、ディルムッド…もう、あっ、…っ」

    わかったから、と再度繰り返すフィンにディルムッドはフィンが一等良い反応を示す場所を責めていた手を止めた。
    それまでとは打って変わってその体に慈しむようにそっと触れて、目尻に涙を溜めて真っ赤に染まった顔を見下ろしてくるディルムッドに、フィンは無性に腹が立った。
    ふつふつと戻ってきた理性が指示するままに、ディルムッドの股の下から囚われていた足を無理やり引き抜いたフィンは力任せにディルムッドの腿を蹴飛ばした。

    「この…っ!ケダモノ…!はなれろ、この馬鹿…!」

    蹴られたディルムッドがフィンの上から退いた瞬間、真っ赤な顔のフィンはディルムッドに背を向けて即座に胎児のように丸くなると股間を手で隠すように覆った。

    「馬鹿者!こんなこと、されなくても…普通に…!言ってくれれば、わかるわ…!」
    「すみません…やりすぎました…」

    しきりに罵倒を繰り返すフィンにディルムッドも熱が覚めたように落ち着いて返す。
    一線を超えてしまったディルムッドは妙に達観した気分で、謝りながらも頑なに股間から離そうとしないフィンの手を軽く引っ張った。途端にディルムッドの顔面に鉄拳を見舞うため片手が剥がれて飛んでくるのをいなしてもう一度謝った。

    「どうしてくれる!私の!ここが!」
    「…俺が処理いたしましょうか」

    フィンは自分の股間を指し示すと叫んだ。精一杯の照れ隠しだったが、なんだかこの一連の騒動の中で色々なものをかなぐり捨ててしまったらしいディルムッドの前には無力だった。ディルムッドに触れられることで、臨戦態勢になるほど元気になってしまった股間と自らの欲望にフィンは気付きながらも到底認めることができない。

    「いらん!さっさとマスターのところに行ってお前と私の霊衣の変更を伝えてこい!」
    「…承知しました。」

    ディルムッドを追い出したフィンは盛大にため息をつき、頭を抱えたのだった。



    その後のカルデアでは白銀の鎧に濃紺のマントを翻すフィンと深緑のコートを見に纏うディルムッドという同時期に装いを変えた二人に対し、「ケルトっぽくなくなった」などという評が一部出回っていたということだ。
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    「なぜもなにも。マスタ 9915

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    TRAINING「飽きる」からの連想
    ディルフィン未満のフィオナ主従
    愛の多い人だと思った。
    それ故に、多くに飽くのではないかと思っていた。


    「これはこれは、北斎殿。今日はお父君と一緒ではないのですか?」
    「おう旦那。とと様は留守番だよ、締め切りが近いんでな。本当はおれもこんな場所にいる場合じゃねぇんだが腹が減ってはなんとやら、えみやの兄さんに片手間に食べられるものをいただこうと思ってんだ」

    そう言うと画工の英霊は片手の指を窄めて何かを描くように手で空をかく。その手振りを見てフィンは頷いた。

    「そういうことでしたか。貴女のことは前々からお茶にお誘いしたいと思っていたのだが、それではまたの機会にぜひ。」
    「へえ、あんたほどの別嬪に誘われちゃあ、そりゃ断るわけにはいかねえよ。こんなときでなければあんたをもでるにこのまま一筆描かせてほしいところなんだけどなァ…」

    悔しそうに唇を噛む彼女にフィンはからからと笑う。それはそれは楽しそうなその様子は側から見ている分には微笑ましい。応為はそのままひらひらと手を振りながら遠ざかり、フィンはランチの注文を待つ列に舞い戻る。

    「我が王、彼女はついこの間召喚された日本の方ですよね?いつの間に親しく?」
    「あぁ、大し 6655

    eats_an_apple

    TRAININGお題は「記憶」です
    軽率にご都合記憶喪失ネタ。薄味。
    「……すみません、とんと記憶がなくて」

    そう言われた二人の表情は各々だった。
    まるであり得ないとでも言いたげに、しかし言葉を忘れたようにぱかんと口を開いたフィン。太い眉を顰めて精悍な顔立ちに疑念の表情を滲ませるディルムッド。
    そしてそんな二人を見て申し訳なさそうに眉を下げるディルムッドがもう一人。一見混乱を余儀無くされるこの絵はカルデアでは至って日常のものだったが、一つだけ常と違うものがこの片方のディルムッドの言葉だった。

    「…………記憶が、ない……?私の?」

    次に独り言のように口を開いたのは意外にも、他のすべての感情が抜け落ちたように驚愕の表情を浮かべていたフィンだった。

    「俺のこともわからないというのか?」

    続いて双剣の戦士の方のディルムッドが尋ねる。

    「その姿を見るに、何らかの形で現界している別の俺であろうことはわかる…しかしその経緯もおまえとの今までのやりとりも……すまない……」
    「そうか……」

    納得したかのように頷いたセイバーのディルムッドは眉間に寄せていたしわを伸ばし、隣に立ち尽くしたままふるふると震える男を見た。その視線をランサーのディルムッドも追って恐る恐 9754

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    「へえ、あんたほどの別嬪に誘われちゃあ、そりゃ断るわけにはいかねえよ。こんなときでなければあんたをもでるにこのまま一筆描かせてほしいところなんだけどなァ…」

    悔しそうに唇を噛む彼女にフィンはからからと笑う。それはそれは楽しそうなその様子は側から見ている分には微笑ましい。応為はそのままひらひらと手を振りながら遠ざかり、フィンはランチの注文を待つ列に舞い戻る。

    「我が王、彼女はついこの間召喚された日本の方ですよね?いつの間に親しく?」
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    eats_an_apple

    TRAININGお題は「記憶」です
    軽率にご都合記憶喪失ネタ。薄味。
    「……すみません、とんと記憶がなくて」

    そう言われた二人の表情は各々だった。
    まるであり得ないとでも言いたげに、しかし言葉を忘れたようにぱかんと口を開いたフィン。太い眉を顰めて精悍な顔立ちに疑念の表情を滲ませるディルムッド。
    そしてそんな二人を見て申し訳なさそうに眉を下げるディルムッドがもう一人。一見混乱を余儀無くされるこの絵はカルデアでは至って日常のものだったが、一つだけ常と違うものがこの片方のディルムッドの言葉だった。

    「…………記憶が、ない……?私の?」

    次に独り言のように口を開いたのは意外にも、他のすべての感情が抜け落ちたように驚愕の表情を浮かべていたフィンだった。

    「俺のこともわからないというのか?」

    続いて双剣の戦士の方のディルムッドが尋ねる。

    「その姿を見るに、何らかの形で現界している別の俺であろうことはわかる…しかしその経緯もおまえとの今までのやりとりも……すまない……」
    「そうか……」

    納得したかのように頷いたセイバーのディルムッドは眉間に寄せていたしわを伸ばし、隣に立ち尽くしたままふるふると震える男を見た。その視線をランサーのディルムッドも追って恐る恐 9754

    eats_an_apple

    TRAININGほんのちょっとだけ背後注意(??)なシーンがあります。
    なんでもいい人向け。
    「王よ…その、装備の…ええと、胸当ては…着けないのですか…?」

    部下からの奇妙で唐突な質問にフィンは首を傾げる。
    質問者のディルムッドはというと、非常に言いにくそうにあからさまにフィンから視線を逸らしているので見つめ返しても目は合わない。彼が何を考えているのかフィンには図り兼ねた。

    「…?もちろん戦闘時の霊衣を変更するにはマスターに申し入れるのが作法だと知らないこともなかろう、今すぐには着けられないな。なぜそんなことを聞く?」

    素材集めと戦闘訓練のための招集命令に応じていた2人はちょうど管制室に向かう途中だった。ディルムッドはその正論に一瞬言葉を詰まらせたが、ぐっと息を飲み込んでから食い下がった。

    「今すぐに、ということではありません。普段からその装備でいるのはなぜかと…」
    「む…私の言葉を聞いていたか?質問に質問で返すんじゃない。」

    おちょくっているのか、とフィンが顔を顰めるとディルムッドは途端に表情をぱっと困ったようなそれに変え、とんでもありませんと弁明する。普段通りのやりとりを一通り済ませた後、フィンは目を伏せて部下の妙な観点にため息をついた。

    「なぜもなにも。マスタ 9915