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    eats_an_apple

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    いつも通りの恋人未満のナチュラルにイチャつく感じのディルフィン。お寝坊フィオナ

    #でぃるふぃん
    imGoingToSpoilIt

    「おや、おはようマスター。随分と早いではないか。」

    そう声をかけたのはブリーフィングルームの先客だった。
    のんびりとマグを啜るその寛ぎ具合から察するに随分早くからそこにいたらしい英霊に、呼びかけられた青年はそっちこそ、と会話を続ける。

    「清々しい目覚めだったものだからね、少し早かったが朝食も済ませてしまったんだ。賑やかなのもいいが、静かな朝食というのもたまには悪くない。」

    この日は朝から素材収集が予定されていた。そしてブリーフィングルームを独占して食後のコーヒーブレイクに勤しんでいた英霊は、そのメンバーのうちの一人だった。
    なんだかんだと備えの良いフィンの話に相槌を打ちながら、マスターは普段彼の隣にあるはずの影がないことに気がついた。

    「そういえばフィン、今朝はディルムッドとは一緒じゃないんだ?」
    「うん?…マスター、別に私たちはいつでも共に行動しているわけではないよ?食堂で顔を合わせなどすれば連れ立って管制室に向かうことはあるだろうが…」

    マスターの彼としてはごく自然に口に出したつもりの疑問だったが、フィンは目を丸くしてから少し決まりが悪そうに頰を掻いた。

    「そうなんだ、じゃあディルムッドはまだなんだね」
    「ああ。しかしあれのことだ、もうそろそろやってきてもいい頃合いだろう」

    現在の時刻を示す二桁の対の数字を液晶のディスプレイの中に見ながら、フィンが呟く。そうだねと返事をしながら、マスターはじきにやってくるだろうもう一人の騎士の英霊が今日はどんな様子だろうかとフィンと歓談を続けた。


    その後もたわいない雑談をしながら二人は暇を潰した。
    そしてフィンがすっかり手元のマグを空にする頃には他のメンバーもちらほらと集まり始めていたが、普段であればその頃には必ず見えるはずの姿が、英霊たちの中に今日は見つからなかった。

    「……遅いね」
    「ああ、遅いな…我が騎士にしては。マスターの命だというのにどこぞで適当な道草を食っているわけでもあるまい……ここは一つ、私が様子を見に行ってくるよ」

    顎に手を添えて目を伏せていたフィンは、そう提案しながら顔を上げる。
    その行動力は流石の騎士といったところだろうか、マスターは度々助けられているフットワークの軽いフィンの提案に今度もまた頷いた。

    「時間までに探せなければ一度戻るよ、すれ違いになっていたら困るからね」

    マスターに頷き返したフィンは手を振りながら管制室を後にした。



    そうは言ってもディルムッドの居場所など特に目星もついていなかったフィンは、自分は随分前に一度用事を済ませた食堂へとまず足を運んだ。

    フィンが訪れた少し後に賑わいのピークを迎えただろうサーヴァントたちの憩いの場は、今は早朝ほど閑散としてはいないが落ち着いた様子だった。
    食事中の者たちの邪魔をしないよう入り口から少しだけ立ち入ってあたりを見渡すが、見慣れたビリジアンの装いは目に入らない。ため息を一つ吐いてから、フィンはとある一点に狙いをつけたように真っ直ぐに食堂の中を進み始めた。


    「失礼、仕事の最中に申し訳ないが少しだけよろしいかな?麗しき淑女よ」
    「あれ?今日は周回のメンバーなんだよね、どしたの?お弁当必要だった?」

    呼び掛けられてくるりと振り返った赤毛の英霊は、数時間前に食堂を去ったはずのフィンを見ると不思議そうに首を傾げたがすぐに気前よく笑った。
    彼女の温かい笑顔を賛美することを欠かさずにフィンは続ける。

    「有難く断り難い提案をありがとう、レディ。しかしお構いなく、どうかその美しい手も止めずに。単刀直入に尋ねますと、今朝はここで私の部下を見たかどうかを知りたいのですが…」
    「ディルムッドを?うーん…ん?…今朝は見てないかも?」

    どうしたの?と仕事の手を休ませないながらに親身な眼差しを向けて尋ねる厨房担当にフィンは簡単に事情を説明し、丁寧に礼を言った。

    「ここに来ていないとなれば探す場所もだいぶ定まります。では良い一日を、戻ったらまたここの素晴らしい料理の歓待に預かるとしましょう」

    そうして朗らかな声に送り出されながらフィンは食堂を後にする。
    出入り口を通るとすぐのところで立ち止まり、今得た情報と想定される状況を整理しながら数秒の間目線を斜め上の空中に泳がせた。


    ディルムッドは食堂に立ち寄らない類のサーヴァントではない。むしろ毎食欠かさずに食事を摂るタイプの健康優良児であることをフィンはもちろん知っている。そしてそのディルムッドが今朝は食堂に現れていないとなれば、次なる目標は食堂とディルムッドに当てがわれた部屋を繋ぐ道となる。

    そこを辿れば今度こそ手がかりが見つかるだろうと踏んだフィンは次にディルムッドの部屋まで足を進めることにした。しかし数分後、何の異常の跡も見られない通路を進み、無事目的地にたどり着いてしまったフィンは唸っていた。

    「ううむ…これは些か拍子抜けだな…あのディルムッドが現れないほどだからちょっとした有事かもと思ったが、……時間的にもそろそろ潮時か、入れ違いで既に管制室へ参上しているという線も無きにしも非ず、だしなぁ」

    肩の力を抜くように長めのため息をついたフィンは、目の前に眺めていた扉から目線を外し管制室の方向へ伸びる通路への歩みを再開しようとして、しかし唐突に何か閃いたように今まで見つめていた場所を振り返った。

    「まさか…、まさかな…!?」

    目を見開きながら手の甲で軽くドアを叩いたフィンは扉の中からの物音を聞こうと耳をそばだてるが、辺りは静まり返っている。
    それでもフィンの中の予感はどんどんはっきりとした確信に変わっていく。

    「…ディルムッド、いるんだな!?返事がないなら勝手に入るぞ?入ってしまうからな!?」

    本来なら、例えばマスターとサーヴァントのような主従関係があるとしても、他人の部屋の扉を勝手に開ける行為は御法度だろう。フィンもそれは重々承知の上、しかしそれでも半ば無理やりにその扉に手をかける。
    ディルムッドが部屋の中にいなければ後で謝ればいい、しかし呼びかけに応答しないまま部屋の中にいるのであれば。

    心配が半分、形容のし難い高揚が半分、フィンはついにその扉をこじ開けた。

    ドアを開いた強引さとは裏腹に、暗い室内にひっそりと忍び込んで確かにシーツの盛り上がっているベッドへと近づいていく。
    どうやらディルムッドがまだ部屋の中にいるという予想は見事に的中したようだ。となると次なる問題はその状態であったが。

    「ディルムッド…ディルムッド、起きているか…?うわっ」

    フィンが小さな声をかけながら未だ部下が寝転んでいるベッドを覗き込んだ瞬間、壁際を向いて蹲っていた体が突然に仰向けに転がった。
    思わず声を上げ咄嗟に自分の口を手に当てたフィンは、気を取り直して顔の横に流れる長い髪を耳にかけて後ろ髪と一緒に全て肩の後ろに流すと、耳を傾けてディルムッドの口元に近づいた。

    耳をすますと深くゆっくりとした呼吸の音が聞こえる。
    胸元に視線を移し、穏やかに膨らんでは萎む動作を繰り返す体を眺めていれば、なんとも言えない興奮がフィンを満たしていった。

    「……気持ちよく寝ているところを起こすのは私とて非常に忍びない。此度の用事が私の命じたものであれば見逃してやるのも吝かではないが……しかし今おまえの従うべき主人は私ではない故に…起きなさいディルムッド、マスターが待っているよ」

    独り言のように呟きながらフィンはディルムッドの肩を静かに揺り動かした。しかし未だ心地の良い微睡の中に沈んでいるディルムッドは、そのささやかな妨害すら気に入らなかったらしい。右の肩に添えられたフィンの手を振り払い、不快そうに眉根を寄せて唸りながらもぞもぞと唇を動かした。
    対するフィンは目を見開いて面白いものを見た、というような嬉しそうな笑顔になると、先ほどより声量を上げ、ディルムッドを揺さぶる力も強める。

    「ディルムッド、ディルムッド!ははは、随分寝汚いのだな!…まあそれはそうとさすがにそろそろ起きないか、我が騎士団の一番槍ともあろう騎士が寝坊などと格好がつかないにもほどがあるからね!」

    ぺちぺちと頰すら容赦なく叩くフィンにディルムッドはようやく目を開いた。
    ぱっちりといきなり現れた蜂蜜色の瞳と目が合うとフィンはさらに大きく笑い声を上げたのだった。


    ***


    フィンの功績によりまさかの寝坊で遅刻という不義、不名誉を冠することを間一髪で回避したディルムッドだったが、その表情は終始沈んでいた。

    一方のフィンはすこぶるご機嫌な様子で何かあるごとにそんなディルムッドを構った。詳しく聞くことはしなかったマスターも二人の騎士の様子から大方の事情を察することができたが、顔に縦線を描きこんだような表情のディルムッドを気遣ってか、余計な言葉をかけないように努めていた。

    「そんなに落ち込むものではない、ギリギリセーフというやつだからな、私のおかげで。感謝してもいいんだぞ!」
    「それは、感謝してもしきれません………ご迷惑をおかけして…申し訳ありません……」
    「うん?今日は槍の冴え、いや顔の輝きが弱いなディルムッド?もしかして朝食を食いはぐれたからか?悪かったなぁ、私がもう少し早く行ってやれば…」
    「我が王………、できればもうご勘弁…いえ、お叱りは謹んで受けますので、どうか後にしてはいただけないでしょうか……!」
    「ふむ、そうか?では後ほどおまえの部屋へ寄るとしよう!」

    そんな会話ばかりしているようだから、共に出撃した英霊たちも漏れなく事情を察することになっていたのだが。

    午後まで少し食い込んだ素材収集を終えて、食事や休養、団欒に各々向かうサーヴァントの中で、どちらからともなくフィンとディルムッドは別れた。
    その後もディルムッドは沈んだ顔のまま、さすがの空腹感を満たすために一度食堂に寄ったきり自室に閉じこもっていた。フィンがいつ訪れるか聞いていなかったこともあるが、外を出歩く体面がないように思えたこともあったためだ。


    結局、部屋の中で悶々と朝の失態を反芻するディルムッドの元にフィンが訪れたのは夜更け近くになってからのこと。

    どんな叱責も受け入れようと、とうに覚悟を決めていたディルムッドに向かうフィンの雰囲気は予想に反して随分とのんびりと穏やかなもので、ディルムッドは面食らった。

    「さて、それではおやすみディルムッド」
    「……はい?」
    「ん?私のことは気にせず眠りなさいという意味だ、今日は一日余計に疲れただろう?」
    「…………いえ、わかりかねます……なぜ?」
    「うん?なにがだ?簡単なことだろう、さぁベッドへ入るのだ…」

    拍子抜けして目を白黒させるディルムッドを無理やりベッドに収めたフィンは、側にあった部屋に備え付けの椅子に腰かけてディルムッドを見下ろした。
    なぜか満足そうに柔らかな笑みを浮かべるフィンに、これ以上食い下がることも不敬であるように思われてディルムッドは大人しく枕に頭を置く。単にベッドに横になったら襲いかかってきた抗い難い眠気のために脱力したと言えばそれが事実であるが、騎士とは建前が必要な生き物である。

    「…フィン…、……」

    眠りに落ちる寸前、やはりこの状況はおかしいだろうという言葉がディルムッドの喉まで出掛かったが、伝えることはままならなかった。
    おかげで寝落ちる瞬間の相手にただ名前を呼ばれただけの形になったフィンは、知らないはずの親心のようなものをそわそわとくすぐられた気分になり、ますます笑みを深めて泥のように寝入ってしまったディルムッドの寝顔を眺めた。

    「おやすみディルムッド」

    優しく呼びかける声はやはりひどく満足げだ。
    それもそのはず、何を隠そうフィンの目的は初めから「これ」であったのだから。

    「なるほど、思えば寝顔などそう人に晒すものではない…ふふ、普段飽きるほど見ているおまえの顔が新鮮に思えるなど、なんとも愉快ではないか…」

    そう溢すフィンの指の背がディルムッドの頰へとすべる。
    輪郭を異にする指先が触れても余程疲れていたのだろう、ディルムッドはぴくりとも反応せずに寝息を立てている。それをいいことにフィンはディルムッドの顔を指でなぞっていくのをやめない。

    高く綺麗に通った鼻筋の始点である眉間。今朝は深いしわを寄せてフィンを大いに驚かせ、楽しませたそこにそっと触れた指は濃い眉を辿って額を撫でる。男らしく凛々しくもどこか艶のあるその顔を愛おしげに優しく触れながら確かめていくフィン。
    右目の下に居座る魅了のしるしを人差し指の先で少し強めにぐりぐりと押された時には流石の熟睡中でもディルムッドは少しだけ首を振って嫌がるような仕草を見せた。
    フィンは今は目蓋の裏に隠れている、涼やかに熱を孕む瞳を思う。

    「チャームなどよりも飴色の瞳のほうがよほど甘い誘惑をするのではないか?…こんなあどけない寝顔を見せられたならば、どこの姫がおまえに愛の逃避行を強いるだろうよ…ふふふ」

    フィンはディルムッドから手を離し、背もたれを抱えるようにして椅子に体重を預ける。自身もまたゆっくりとにじり寄ってきた睡魔に身を任せるように目を閉じた。


    ***


    「_______ハッ!?」

    自分の意思とは関係なく深い眠りから急浮上した感覚に驚くように息を飲む。
    ディルムッドは突然に目を覚ますと数秒の間天井を見上げて放心していたが、すぐに飛び起きて周りを見渡していた。

    「…おはようディルムッド、今日は周回のメンバーではないから焦って起きなくても大丈夫だぞ」

    慌てるように早鐘を打つ胸に、いつものように穏やかな声が滲み入るように届く。
    少し離れた場所でフィンが椅子に腰をかけて愛槍の穂先を磨いていた。ディルムッドが突然起き上がったことにやや驚いたように目を見張った表情をフィンはすぐに綻ばせた。

    「いえ、いえ…俺は、昨夜は……!?」
    「余程疲れていたのだろう、一瞬で眠りに落ちていたが?覚えていないか?」
    「覚えて、いますが…王は、フィンはここで…何を…?まさか、一晩中起きてここに…!?」
    「いいや、おまえが寝入ってから一度戻ったさ。…また邪魔しているのだがね?」

    ディルムッドがフィンに振り回されるのはいつもの話だったが、今ほど状況について行けていなかったこともそうないと、ディルムッドは意識が半分遠のいていく感覚を味わうことになった。


    結局フィンはなぜその朝再びディルムッドの元を訪れたのか言わなかったし、ディルムッドもそんな些細なことはすっかり気にしなくなってしまった。
    というのもそれからというもの、フィンは度々夜にディルムッドの元を訪れるようになり、何度も同じようなことが繰り返されたためだ。
    そのタイミングはマスターについて出撃した日だったり、比較的ディルムッドが心身に疲労を感じている日が多かった。フィンは毎度ディルムッドに早く眠るように促し、自分は満足するまでその寝顔を眺めてからそのまま椅子で仮眠をとり、そしてディルムッドより早く目覚めてまたその寝顔を観察していたのだった。
    もちろんそんなことはディルムッドが知るはずもなく、おやすみとおはようのタイミングで何故か側にいる王にもはや疑問など持ってはいなかった。


    「それではおやすみ、ディルムッド」
    「…王も、お早く…お休みになられて…、…………」

    毛布の上から優しく胸の上を叩くと言葉も言い切らないまま瞼を落とすディルムッドに、ほぼ気絶と言っていいほどに寝付きが良すぎて心配だ、とか私が側にいてもこうして寝ついてくれるのは信頼されすぎているようで些かこそばゆい、とかそういったことを思いながらフィンはいつも通りその静かな寝顔をしばらく眺める。

    「さて、私も一眠りとするか…」

    元はといえばただ自分の欲望に従って始めたことに過ぎないが、ディルムッドがあまりに何も疑わないものだったからフィンはその習慣に慣れてしまっていた。
    例えばその立場がひっくり返ることなどつゆほども考えてもいなかった。椅子の上での仮眠でさえ、側に誰かがいることを許してゆっくりと眠ることができる程度には体の力を抜いていることに無自覚だった。
    一方のディルムッドはカルデアにやってきてからというもの、多くの他のサーヴァントと同様に夜眠りにつき朝に起きるという生活を送っている。夜中に目が覚めるなどということはほとんどなく、故に今までもこうした夜にフィンがとっている行動を知る由もなかった。

    だからその夜ふと意識が浮き上がったのは、偶然であるかはたまた悪戯な何かの仕業だったのだろう。とにかくディルムッドは暗闇の中目覚めていた。
    覚束ない頭で、それでもすぐに再び寝入ることもできずに静まり返る部屋に耳が慣れてくる頃、ディルムッドはすぐ横に小さな息遣いを聞いた。

    「……フィン……?」

    僅かに首を傾けて横を向く。
    そこには固い椅子の背に頭を預けて目を閉じるフィンの姿があった。寝ている間に少し体がずり落ちたのかフィンの額と背もたれの間に挟まれた髪はくしゃりと乱れているが、一房は綺麗に胸の前に流れ落ちて僅かに揺れている。
    体はフィンが息を吸って吐くたびに小さく上下し、お喋りな薄い唇は当然に、慎ましやかに引き結ばれて無表情を湛えていた。

    ディルムッドはしばらく放心したようにその姿に見入っていた。
    今にも何かの拍子に開きそうなほど軽く閉じられた瞼は、長く豊かな睫毛に縁取られていて時折小さく震える。
    フィンが比類なき美しい男であることを今ようやく理解したような気持ちになったディルムッドは身を起こした。

    流れる髪を手にとって恭しく持ち上げ、唇を落とす。
    寝起きで思考に良からぬ霞がかかっていたのかもわからない、とにかくその美しさに手を触れなければならないような気さえした。

    少し俯いた顔を覗き込む。
    どんなに近くで見ようとも染みも傷の一つもない瑞々しい白皙の肌。
    静かに指で触れれば、小さく吐息を漏らしながら少しだけ緊張した体を宥めるように頬を撫でた。
    乾いた薄い唇の柔らかな紅色に誘われて手を伸ばす。指でそこを軽く押しつまむと蕩けるような、それでいて健気に指を押し返してくるような柔らかさを感じる。
    堪らず幾度もその感触を味わっていると、甘みを孕んだ吐息と共にふるりと揺れた睫毛に、清らかで後ろ暗く、甘美でいて恐ろしさを覚える情感が体の奥の方に溜まっていく気がした。

    「……っ!、……」

    体の中で渦巻くうねりのようなそれに思考がまさに侵されようとした、その瞬間、ディルムッドは弾かれるように我に返った。
    手にとった髪糸の束はするりと逃げていき、頭の中は霧が晴れたように明瞭になる。首を振って邪な心を振り払おうとしていると、フィンが今日に限ってこんなところで眠っている理由にも、突然に察しがついた。

    「……王よ、もしや今までもずっとこうしていたのですか…?」

    確かにフィンがこんな寝方をしているとを知っていれば、ディルムッドは頑として「おやすみ」と言いながらこの椅子に座るフィンにベッドを譲っただろう。しかしそれでは都合が悪かったのか、わざわざ嘘までついてこの行動を繰り返していたフィンの真意は、ディルムッドにはわからない。

    何にせよ従者としてフィンをこのままにしておくわけにもいかない。
    ディルムッドはフィンの眠りを妨げないようにゆっくりと、その頭が寄りかかるものを椅子の背ではなく自分の胸へと挿げ替えた。幸いフィンは椅子に座った姿勢を大きく崩していなかったため、あくまで眠りを覚まさないように膝の裏と背中に腕を差し込んで抱き上げることは難しくない。

    自分が今まで寝ていたベッドの上にディルムッドはそっとその体を横たえる。
    そして代わりに今までフィンが使っていた椅子に座ろうとしたところ、それを滑らかな手が引き留めた。

    「んん…………」

    ディルムッドの腕をゆるく掴んだフィンはまだ夢の中のようだった。
    吐息を漏らしながらその腕に額をすり寄せる様に、ディルムッドは深呼吸しながら丁寧に腕からフィンを引き剥がしはしたが、椅子には去らずにベッドの上に体を倒した。

    「共寝に預かることをお許しください…」

    実は思考が明瞭だったのは一瞬で、既にディルムッドは再びの睡魔に襲われはじめていた。
    王に寝床を譲らなくてはという理性は、眠るフィンの無意識の行動によって崩れてしまった。できるものなら寝心地の良い寝床で万全に休みたい、騎士といえど無茶をするのは無茶をせざるを得ない状況のみなのだと、言い訳のように思いながらディルムッドは目を閉じる。
    騎士には時に建前が必要だった。


    ***


    翌朝、肌触りの良いシーツの上で先に目を覚ましていたのはフィンだった。
    ディルムッドの腕の中で、その分厚い胸板に額を預けながら横になった状態で目覚めたフィンは、昨夜の記憶と現状の齟齬に大いに混乱しつつようやっと事実として起こっている事態を把握していた。
    まずはこの腕の中から抜け出して、いつも通りの状況を作るべきだろうかと思案したフィンは、何か重要なことを忘れているような気がしてふと考えることを止める。その直後だった。

    「おい貴様ら!二人ともまだ中にいるのだろう!さっさと出てこんか!」

    ドスの利いた声とともに部屋の入口の扉が嫌な音を立てて鳴った。
    あまりの不意打ちとその音量にフィンはびくりと跳ね上がって余計にディルムッドの胸に身を寄せるような形になったが、そんなことを気にするよりもとある事実がじわじわとフィンの頭の中に思い出されつつあったのでそれどころではなかった。

    「全く、なぜ私がおまえたちの面倒を見なければならない…言っておくがセーフでも何でもなく遅刻だからな!急げよ!」

    フィンは頭から一斉に血が引いていくのを感じていた。凛とした声の女戦士が告げたことこそ、まさにフィンが今の今まで忘れていたものだった。
    冷や汗が止まらないのも仕方ない。何せ以前同じようにこのドアを叩いて部下を起こし、管制室へ連れて行ったのは他でもないフィン自身だ。

    「ディルムッド、ディルムッド!起きろ…!」

    体に回されていたディルムッドの腕を跳ね除けてベッドを抜け出し、ディルムッドに声をかけながら身支度もそこそこに昨夜腰をかけた椅子のそばに立てかけてあった槍を手に取る。そこでふと、今朝もいつも通りそこそこの時間に目覚めるはずだった予定の乱れた原因にも思い至った。

    「王よ…おはようございます…」
    「寝ぼけている場合ではない、とりあえず武器を待て!話は後だ、行くぞ!」

    必要なものを手当たり次第にディルムッドに投げつけてフィンは忙しなく管制室へ続く通路への扉をくぐった。

    「…ところで、私はなぜおまえのベッドで寝ていたのか知っているか?」
    「申し訳ございません、あの固い椅子では王の体が休まらないと思い、私が…」
    「…、なるほど…私が自分で潜り込んだわけではないのだな……それならば、…しかし…」

    ディルムッドの返事を聞いてフィンは独り言のように呟いた。大股で、辛うじて歩いていると言える速度で通路の風を切る中ではその呟きはディルムッドに届かない。
    昨夜椅子で眠るフィンをみとめてディルムッドが察したであろうことを思い、今更ながら一晩を部下の腕の中で眠った事実を思い、そして今朝の失態を苦々しく噛み締めたフィンの頰は赤く色づいていた。


    その後、仲良く寝癖をつけたままマスターの元に参上した二人は「俺もやらないわけじゃないから偉そうなこと言えないけど、みんなで気をつけようね?あっ二人の仲がいいのはいいことだと思う!」という優しいお叱りと謎のフォローを出撃メンバーの前で受け、共々さらに顔を赤くした。

    フィンはこれで懲りたしどうせそろそろ潮時だった、と夜にディルムッドの元を訪れるのをやめようと決意していた。
    しかし今度はフィンの寝姿を見ることの味を占めたディルムッドにこの習慣をやめさせてもらえなくなることについては、まだ知る由もなかった。
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    それ故に、多くに飽くのではないかと思っていた。


    「これはこれは、北斎殿。今日はお父君と一緒ではないのですか?」
    「おう旦那。とと様は留守番だよ、締め切りが近いんでな。本当はおれもこんな場所にいる場合じゃねぇんだが腹が減ってはなんとやら、えみやの兄さんに片手間に食べられるものをいただこうと思ってんだ」

    そう言うと画工の英霊は片手の指を窄めて何かを描くように手で空をかく。その手振りを見てフィンは頷いた。

    「そういうことでしたか。貴女のことは前々からお茶にお誘いしたいと思っていたのだが、それではまたの機会にぜひ。」
    「へえ、あんたほどの別嬪に誘われちゃあ、そりゃ断るわけにはいかねえよ。こんなときでなければあんたをもでるにこのまま一筆描かせてほしいところなんだけどなァ…」

    悔しそうに唇を噛む彼女にフィンはからからと笑う。それはそれは楽しそうなその様子は側から見ている分には微笑ましい。応為はそのままひらひらと手を振りながら遠ざかり、フィンはランチの注文を待つ列に舞い戻る。

    「我が王、彼女はついこの間召喚された日本の方ですよね?いつの間に親しく?」
    「あぁ、大し 6655

    eats_an_apple

    TRAININGほんのちょっとだけ背後注意(??)なシーンがあります。
    なんでもいい人向け。
    「王よ…その、装備の…ええと、胸当ては…着けないのですか…?」

    部下からの奇妙で唐突な質問にフィンは首を傾げる。
    質問者のディルムッドはというと、非常に言いにくそうにあからさまにフィンから視線を逸らしているので見つめ返しても目は合わない。彼が何を考えているのかフィンには図り兼ねた。

    「…?もちろん戦闘時の霊衣を変更するにはマスターに申し入れるのが作法だと知らないこともなかろう、今すぐには着けられないな。なぜそんなことを聞く?」

    素材集めと戦闘訓練のための招集命令に応じていた2人はちょうど管制室に向かう途中だった。ディルムッドはその正論に一瞬言葉を詰まらせたが、ぐっと息を飲み込んでから食い下がった。

    「今すぐに、ということではありません。普段からその装備でいるのはなぜかと…」
    「む…私の言葉を聞いていたか?質問に質問で返すんじゃない。」

    おちょくっているのか、とフィンが顔を顰めるとディルムッドは途端に表情をぱっと困ったようなそれに変え、とんでもありませんと弁明する。普段通りのやりとりを一通り済ませた後、フィンは目を伏せて部下の妙な観点にため息をついた。

    「なぜもなにも。マスタ 9915

    eats_an_apple

    TRAININGお題は「記憶」です
    軽率にご都合記憶喪失ネタ。薄味。
    「……すみません、とんと記憶がなくて」

    そう言われた二人の表情は各々だった。
    まるであり得ないとでも言いたげに、しかし言葉を忘れたようにぱかんと口を開いたフィン。太い眉を顰めて精悍な顔立ちに疑念の表情を滲ませるディルムッド。
    そしてそんな二人を見て申し訳なさそうに眉を下げるディルムッドがもう一人。一見混乱を余儀無くされるこの絵はカルデアでは至って日常のものだったが、一つだけ常と違うものがこの片方のディルムッドの言葉だった。

    「…………記憶が、ない……?私の?」

    次に独り言のように口を開いたのは意外にも、他のすべての感情が抜け落ちたように驚愕の表情を浮かべていたフィンだった。

    「俺のこともわからないというのか?」

    続いて双剣の戦士の方のディルムッドが尋ねる。

    「その姿を見るに、何らかの形で現界している別の俺であろうことはわかる…しかしその経緯もおまえとの今までのやりとりも……すまない……」
    「そうか……」

    納得したかのように頷いたセイバーのディルムッドは眉間に寄せていたしわを伸ばし、隣に立ち尽くしたままふるふると震える男を見た。その視線をランサーのディルムッドも追って恐る恐 9754

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    そう言うと画工の英霊は片手の指を窄めて何かを描くように手で空をかく。その手振りを見てフィンは頷いた。

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    「我が王、彼女はついこの間召喚された日本の方ですよね?いつの間に親しく?」
    「あぁ、大し 6655

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    「……すみません、とんと記憶がなくて」

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    そしてそんな二人を見て申し訳なさそうに眉を下げるディルムッドがもう一人。一見混乱を余儀無くされるこの絵はカルデアでは至って日常のものだったが、一つだけ常と違うものがこの片方のディルムッドの言葉だった。

    「…………記憶が、ない……?私の?」

    次に独り言のように口を開いたのは意外にも、他のすべての感情が抜け落ちたように驚愕の表情を浮かべていたフィンだった。

    「俺のこともわからないというのか?」

    続いて双剣の戦士の方のディルムッドが尋ねる。

    「その姿を見るに、何らかの形で現界している別の俺であろうことはわかる…しかしその経緯もおまえとの今までのやりとりも……すまない……」
    「そうか……」

    納得したかのように頷いたセイバーのディルムッドは眉間に寄せていたしわを伸ばし、隣に立ち尽くしたままふるふると震える男を見た。その視線をランサーのディルムッドも追って恐る恐 9754

    eats_an_apple

    TRAININGほんのちょっとだけ背後注意(??)なシーンがあります。
    なんでもいい人向け。
    「王よ…その、装備の…ええと、胸当ては…着けないのですか…?」

    部下からの奇妙で唐突な質問にフィンは首を傾げる。
    質問者のディルムッドはというと、非常に言いにくそうにあからさまにフィンから視線を逸らしているので見つめ返しても目は合わない。彼が何を考えているのかフィンには図り兼ねた。

    「…?もちろん戦闘時の霊衣を変更するにはマスターに申し入れるのが作法だと知らないこともなかろう、今すぐには着けられないな。なぜそんなことを聞く?」

    素材集めと戦闘訓練のための招集命令に応じていた2人はちょうど管制室に向かう途中だった。ディルムッドはその正論に一瞬言葉を詰まらせたが、ぐっと息を飲み込んでから食い下がった。

    「今すぐに、ということではありません。普段からその装備でいるのはなぜかと…」
    「む…私の言葉を聞いていたか?質問に質問で返すんじゃない。」

    おちょくっているのか、とフィンが顔を顰めるとディルムッドは途端に表情をぱっと困ったようなそれに変え、とんでもありませんと弁明する。普段通りのやりとりを一通り済ませた後、フィンは目を伏せて部下の妙な観点にため息をついた。

    「なぜもなにも。マスタ 9915