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    eats_an_apple

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    eats_an_apple

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    イチャつく主従キャッキャウフフするつもりがなかなか着陸できませんでした
    とりあえず不時着したので置いときます

    #でぃるふぃん
    imGoingToSpoilIt

    愛してるゲームするディルフィン「ディルムッド」

    朗らかな声が呼ぶ。
    名を呼ばれた騎士はすぐに短く返事をし、自らが主と仰ぐ美しい男を見つめた。

    とある普段通りの午後のこと。
    管制室でその日の解散を言い渡された英霊たちは各々の目的の方向に散り、フィンとディルムッドの主従もそれに少し遅れて管制室とつながる一番大きな通路へと足を進めていた。
    その途中、フィンは急に立ち止まって振り返るとすぐ斜め後ろについていた部下の名を呼んだ。特に何を思うでもなく、ごく当たり前のようにディルムッドはその呼びかけに応える。
    旺盛な好奇心を抑えるつもりもないらしいフィンが、こうして側にいる者を呼びとめる理由など思いつく限りでも幾つもあった。胸の底が湧き立つ心地のするその豊かな表情や声を今日もまたささやかに、かつ呑気に期待していたディルムッドは、しっかり目線を絡ませてきたフィンが妙に勿体ぶって放った言葉にぴしりと動きを止めることになった。

    「ディルムッド、愛しているぞ」

    ディルムッドの左手から短槍が滑り落ち、音を立てて床に転がった。
    ややあって「は?」という声が思わず口から漏れ出る。
    右手の長槍はかろうじて手放さなかったが、あまりの衝撃に落としたほうの槍を拾うことにすら意識が及ばない。
    目を見開いて見つめても、フィンは愉しむような微笑を浮かべるだけだ。
    その笑顔だけを切りとれば、それはディルムッドが期待していたものに違いないのだが、最初に分かったのは「何か違う」ということだけだった。一瞬の後にフィンの発した言葉の意味がディルムッドの頭にぶわりと香るように満ち、頬に血が巡る感覚が一気に追いついた。

    「……ふふふ、私の勝ちだな!」

    石のように固まっていたディルムッドだったが、さらに続いた言葉にぽかんと開いたままの口から間の抜けた息を吹き返した。
    相変わらずにこにこと愉快そうなフィンの笑顔はそれは無邪気なものだ。
    一方のディルムッドの顔からは、邪気どころか感情の全てが抜け落ちていくようだった。

    「"愛してるゲーム"というらしい。その名の通り愛の告白をして照れた方が負け、という単純明快なゲームだそうだ。マスターに教わってね」

    フィンは屈み込んで槍を拾うと、未だ呆然としているディルムッドの手にそれを収めながら言った。

    「なるほど、シンプルではあるがこれは味を占めてしまいそうだ…どうだろうかディルムッド、次はおまえのターンだが?」

    楽しそうなフィンに、ディルムッドは「結構です」と一言返すことしかできなかった。なぜ急にそんな遊びを始めようと思ったのか、ディルムッドにはフィンの突飛な思考が全く読めない。
    このおふざけをその場限りのものに収めるためには、口喧しく思われようが多少力業になろうが、ここでフィンを説き伏せなければならなかった。奔放なフィンと共に時間を過ごす中で培ってきたはずのそういうことにも考えが及ばないほどには、ディルムッドの受けた衝撃は大きかった。


    ***


    ディルムッドが此度の限界で出会った若く瑞々しい美しさを湛えるフィンは、あらゆる事物に真っ直ぐな愛を向ける人だった。そしてその愛情は何も最愛のものに限って向けられる希少なものではなく、すべてに分け隔てなく惜しみなく与えられていた。何か特別な意味があるわけではないのだと分かってはいても、清く正しく美しい人からのそれを真正面から受け取れば、多かれ少なかれたじろいでしまっても不思議ではない。

    それからというもの、フィンの"愛してるゲームブーム"は、よくもまあここまで飽きないものだとディルムッドが呆れ半分に感心するくらいには続いていた。
    はじめのうち、赤面し慌てて取り繕うといった反応を見せるディルムッドに、フィンは呼び止めてよく注意を引いてからその言葉を放っていた。しかし徐々にディルムッドが諦観とも取れる慣れを覚えはじめると、身構えさせればかえって面白くないと考えたのか作戦は不意打ちに移行したようだった。


    「ディルムッド」

    チェス盤を挟んだフィンの向かい側には、ディルムッドが盤上に視線を落として目を伏せている。
    その目を縁取る長いまつ毛を眺めながらフィンが呼ぶと、ディルムッドは視線を上げずに応えた。

    「……はい、なんでしょうか」
    「…そんなに身構えなくていいぞ?」

    此度のカルデアでの現界は長期にわたる。
    基本的には気侭、かつ奇天烈なサーヴァント生活は良くも悪くも英霊たちの遠慮や礼節を削っている。程度の軽重の違いはあれどディルムッドもその例に漏れないが、フィンもそれをわかってか適当に返事をする部下を咎めることはない。

    「あなたが戯れになさろうとしていることくらい流石にもうわかりますので、身構えもします」

    そう言ってディルムッドは自陣のポーンを一つ前に移動させた。コトリと盤の上で進軍の小さな足音が鳴る。

    「うむ…戯れ、戯れか…確かに最初はそう説明したが……」

    唸りながらフィンは盤上を見る。
    机上の戦況に対してか、ディルムッドの言葉に対してか、はたまた両方に対してか、口に出す言葉を探すように顎に手を添えながらもう片手でクイーンをつまんで一つ前進させる。そしてゆっくりと顔を上げ、フィンはすこし躊躇いがちに口を開いた。

    「少し揶揄いが過ぎたかもしれんが、しかし…これは紛うことなき本心でな…?」

    再び駒に指をかけようとしていたディルムッドは今度こそぐっと言葉に詰まる。
    眉根を寄せたなんとも言い難い表情に錆びた機械のような動きでフィンを見上げ、睨みつけた不躾で厳しい視線にもフィンは怯まないどころかどこ吹く風といった様子だ。

    「またあなたは…そういうことを…!平気で…!」
    「平気も何も、実際そうなのだから……嘘偽りない心を然るべき相手に伝える時に恥ずべきことなど何一つもないだろう?」

    にこりと笑ったフィンはディルムッドが一手前に動揺から差し間違えた白の駒を自分が手にした黒い駒で軽く弾いた。

    「愛してるよ、ディルムッド」

    うっかり顔に血が上ったディルムッドは喉から唸り声を上げてキングを逃す。手元の盤面からして既に今回の勝負は決まったようなものだった。
    ディルムッドが駒を動かすのを見届けてから、フィンは最後の一手を打った。

    「チェックメイトだ。こちらも私の勝ちだな。悔しいか?やり返すか?ん?」

    弄ぶような慈しむような不思議な声音だ。心をむんずと掴まれて、自分では届かない高いところに持ち上げられてしまったような落ち着かない気分になる。
    ディルムッドは赤く染まった顔を隠しもせずに真っ直ぐフィンへ向け、やけくそに口を開いた。

    「ええ勿論…あなたを愛していますとも、我が王よ…っ、あまりこのようなことを面と向かって申し上げるのも何ですが、これで満足ですか!?」

    初めて挑発に乗ったディルムッドにフィンは瞳が零れ落ちるのではないかと思われるほど目を丸くして、しかしすぐにまた優しげな笑みを深めた。

    「嬉しいな我が騎士よ、あぁ、期待以上に満足だとも!」

    フィンの頬に僅かに赤みが差す。
    興奮に我を忘れて遊ぶ幼子を思わせるようなあどけない頬の色を、ディルムッドは唸る胸中とは裏腹にぼんやりとした目で眺めてしまう。
    なるほど彼は幾千の騎士の命と心を単に委ねられた指揮官ではあるが、与えるよりは与えられることの方が慣れないらしい。ほんのりと色づいた顔のまま、きまりの悪そうな気の抜けた微笑みを浮かべながら言う。

    「しかしこのゲームは言っても言われても照れた方が負け、だ。元からそのように頬を真っ赤に染められてはノーゲームにせざるを得ない。さて、いい具合に腹も空いたところだ。そろそろ移動しよう」

    その言い訳を狡いと思わないでもなかったが、フィンを言い負かしたいわけではなかったディルムッドは大人しく引き下がった。フィンの分も合わせて盤上の駒を片し、席を立つ。

    「やはりこのゲームはやめましょう」
    「…うん?そんなに嫌か?そう改めて言われるとちょっとショックなのだが…マンネリかな?」
    「いいですよ、そういうことで」
    「なんだその言い方は?こら、本当のところはどうなんだ!?」

    たった二人が醸し出す賑やかな空気はプレイルームを出ていった後には、嵐が過ぎ去ったような静さが残る。
    フィンとのこういったやりとりは初めてというわけではない。
    珍しく諦めの悪い追及を背に受けながら、ディルムッドはいつも悶々とした気持ちを振り払えないでいた。



    フィンが自分に向けていてくれる愛情のことを、ディルムッドはよくわかっているつもりだった。今もまだ側に仕えることを嫌な顔一つせずに許してくれる若々しい姿のフィンに、ディルムッドも生前と変わらぬ親愛を抱いていた。
    慕いこそすれ、その恩情を疑ったり無碍にすることはあり得ない。

    「大丈夫かディルムッド?ちょっとこれ食べてみてくれ、びっくりするくらい美味いぞ」

    器用に箸を持つフィンがそういって自分の器に盛ってあった惣菜をディルムッドの方に差し出してくる。

    「ありがとうございます、…あ、これは美味いです」
    「だろう?あとでエミヤ殿に伝えなくては…少しアレンジすれば酒の肴にもぴったりなのではないか!?」

    上機嫌のフィンの表情を横目で盗み見る。
    まるでこの世の春を詰め込んで溢れさせたように柔らかくて温かい人なのだ。その上にこの世の夏を掻き集めたように眩しく、秋で染めたように穏やかな人だった。
    この方に目を奪われない者など、心惹かれない者などいないだろう、とディルムッドはため息を吐く。

    自分がただの一従者であることは重々承知していた。
    たとえ生前に見知った姿形と違えど、強く憧れ、焦がれ、そして心からの敬愛と自らの確固たる意思で側に仕えた相手だ。
    手を伸ばせばその体のどこへでも触れられるほど近く、こんなにも当たり前のように背中を預けられれば、身の程知らずの欲望を、夢心地にとんでもない勘違いを抱いてしまいそうになる。結局、実際にディルムッドは自分の中の欲がもう既に手遅れであろうことをなんとなく自覚していた。しかしそれでも、今度こそフィンの正しき騎士でいるために、良からぬ慕情にはどうにか蓋をして押し殺していた。


    ***


    フィン・マックールは日課のようにディルムッド・オディナへ愛を告げる。

    あまりしつこいとその美貌が難しく曇っていくので程度は考慮する。気が昂っているとその興奮のままにディルムッドの不満顔さえ無視して撫で回してしまいそうになるため、なるべく心を落ち着けて穏やかに。
    たった一言に、込め切れない数の思いを満たして。


    晩年の自分との避けられない確執がある男だと理解していた。
    それでも、フィンが若い姿だからだろうか、自分を慕って半歩後ろに控えることをやめないディルムッドにフィンは絆されている。
    かつて主人であった者として、フィンにはディルムッドの勇姿が誇らしく、その献身が好ましく、そして何よりその表情一つひとつが愛おしく思えて仕方がない。その心を言葉で如何に伝えればいいかと言われれば、やはり愛しているという一言に凝縮される。
    愛を謳う甘美な言葉を口の中で飴玉のように転がして味わって、ついでにディルムッドに見せつけてやった。フィンにはディルムッドがそれを本心でどう思うかなどわからない。あらゆる叡智を誇るフィンも、かの騎士のことだけはわからなかった。なにせ自分の過去の未来のことすら霞がかかったように曖昧だった。
    自分の死までの記憶を全てを持って現界しているディルムッドと、金の髪のフィンでは何かがどこかで噛み合わない。
    だからだろうか、変わらずそんな生前の主にも付き従う忠義に厚い部下が返す言葉や表情や声の色を、フィンは一つひとつ掬っては密かに自分だけの箱にしまう。
    記憶を覆う霞の下で、自分がまだ知らない暗い穴がぽっかりと口を開けているのではないかという確信めいた恐れを埋めるように、今手の届く場所に存在している温もりで満たしたかった。
    たとえ迷惑がられても、本気で拒絶されない以上そうすることをやめられない。いつかの"ゲーム"で寄越されたディルムッドの苦し紛れの仕返し、自分が渡し続けているものと同じ愛の言葉が心の奥底で忘れられない。
    心を満たし続けるそれを抱えていたかった。


    「すまない、おまえが迷惑に思っているのはわかっている…しかし私とておまえを困らせたいからやっているわけではないんだ…本当だ」

    ディルムッドとフィンはこの日もチェス盤を挟んで向かい合っていた。
    フィンがつい、いつものように愛を告げると、ディルムッドは何も言わずにじとりとした視線を寄越したきり手元を睨みつける。そうして何も言わないまま黒のビショップを手に取ると豪快に盤上を横切りながら前進させた。

    「……すみません、承知しております…いえ、迷惑…というまでのことではないのですが…」

    やんわりとフィンの言い分を否定する遠慮がちな言葉だったが、どこか含みのある声が時間差で返ってくる。フィンは眉を下げてディルムッドを見つめるが下を向いたディルムッドとは視線が絡むことはない。

    「…わかってくれているならば、私の独り言だと思って受け流してくれ」
    「……独り言ですか…それはまた随分と…」

    フィンが置いた白いポーンの位置を見つめながら、ディルムッドは視線を一度だけ上げて呟いた。
    その仕草にフィンはどことなく落ち着かない気分になる。同じように愛の言葉を返してほしいなどという年甲斐もないわがままを言うつもりはなく、端からそんなものを欲していたわけではない。それでもどこか物足りなさを覚えているのを見透かされているようだった。
    そしてそういう居心地の悪さを感じた時、つい口を回して余計なことを喋ってしまうのはフィンの悪い癖だ。

    「な、なんだ?大体すき好んで私に付き合っているおまえにだってちょっとは非があるんじゃないか?無理に従う義理はないのだからな…!」
    「…いいえ、王よ」
    「おまえがそんなだから、こうやって私を許すのだから…そんなの私だって、ちょーっとおまえのことがかわいく思えたって仕方ないだろう…!一介の騎士として現界して、おまえと肩を並べて、こうして何気なく言葉を交わせる機を得てどうして浮かれずにいられると思う!?」
    「フィン」
    「いや、いいや、そもそもおまえの立場的には私を憎みはすれど慕いはしないはずなのだ…!怒らないから言ってもいいんだぞ、本当は居心地が悪いのだろう!?どうせ私ばっかりおまえのことがかわいいんだ、…別に構わないが!おまえが私に愛想を尽かして見向きもしなくなるなんてことにならないうちは好きにするさ!」

    引っ込みがきかないとはこういうことを言うのだな、と頭の中では嫌に冷静に分析しているくせにフィンの口は止まらない。そうこうしている間にディルムッドの顔が冷たく凍っていき、どんどん何を考えている表情かわからなくなっていく。

    「フィン、あなたの番です」
    「え!?あぁ、うん!」

    チェス盤を手のひらで差されてあわてて反射的に駒を動かす。フィンの胸中はもうチェスどころではなかった。
    そしてそんな状況を見計らったように、ディルムッドの差し手に吊られてフィンが動かした駒が陣取っていた場所に、ディルムッドは自分の駒を置き換えた。
    華麗なチェックメイトだった。

    「…………………」

    数秒前まで止まらないと思っていたというのに、今度は一言も発せずに薄く開いた口が塞がらないフィンは盤上を凝視する。
    冷静さを欠いてとてもみっともないことになっているような気がするが今更だ。ディルムッドの顔色を伺おうにも無言で駒を片付け始めたその顔は俯いていて表情がよく見えない。

    「あの、ではまた後でな……?」

    漂う気まずさに耐えきれず逃げるようにその場を去ろうとしたフィンはしかし、強い力で腕を引き止められて腰を上げかけたソファに引き戻された。

    「ディルムッド…、っ!?」

    力強く両腕が押さえ込まれたフィンが目を白黒させているうちに、ディルムッドの唇が首筋に触れた。
    驚きが短い悲鳴に変わって喉から漏れ、慌てて身を引こうとするも逞しい腕に抱き込まれた体では動けない。

    「フィン…」

    ディルムッドが発したたったの一言がぞわりと首筋を撫でた。
    たっぷりと吐息を含んだ甘い響きに鼓膜が溺れる。

    「なっ…なに!?なんだ!?…ひっ…!」

    回された腕が逃がさないとばかりに後頭部を押さえつけられているせいで身を捩ることすらままならない。耳たぶを熱く濡れた何かが這う感覚に目をぎゅっと瞑っても視覚以外の感覚が余計に過敏になるだけだ。

    「お慕いしています、フィン。あなたを愛さない者などいません」
    「うそ、ちょ…!?…あ……あッ、やっ………!」

    ディルムッドの唇から逃げるようにフィンの上半身が傾いていく。苦しげに顰められた眉に歯を食いしばった表情が、顔の前を流れ落ちる髪に隠れた。

    「フィン、愛しています。お伝えするのはいかがなものかとずっと思っていたのですが、そこまで言われては私も腹を括りましょう。」
    「な!?…ひッ…やめ…!……あぁッ…」
    「あぁ…あなたはどうしてそうなのですか?」
    「まて…本当に……ディルムッド…ッ、ちょっと、まって……」

    どうしてはこっちのセリフだ、と言葉を返すこともできない。いきなり饒舌になった部下に対する困惑と、体中を甘く這っていく細波にフィンは得意の口八丁を使って切り抜けることができなかった。
    ただただ翻弄されるままのフィンの耳に、ディルムッドの唇は呑気にキスをしたり細く息を吹きかけている。それがまた大変にいけなかった。

    「〜〜ッ!やめろ!!」

    渾身の、それはもう魔力放出スキルを獲得したのではないかと思うくらい、下手をすれば普段肉弾戦をしない分戦闘でも出したことがないのではと思うほどのパワーでもってフィンはディルムッドを突き放した。
    腕の中でへろへろになっていたフィンからそんな力が出るとは思っていなかったであろうディルムッドの油断も重なって、首尾良く拘束から解放されたフィンはやっとの思いですぐ近くにあった部屋の扉を抜け出した。

    篭る熱と疑問符がフィンの頭の中をぐるぐると回り、脳がオーバーヒートを起こしたように思考が鈍る。
    通路に出て、ほとんど本能的なものから足だけでもと前へ踏み出すが、そのうちに目眩に似た感覚に襲われ真っ直ぐに歩けているかすらわからなくなる。すぐ後ろから密やかに忍び寄ってきていた影には気付けなかった。

    「っ!?」

    太い腕が素早く腹に回り込み、その腕に力強く背後へ引き寄せられた時、フィンは初めて事の大変さに気がついた。
    しかし気がついたからといって一体何ができるだろう。ディルムッドの腕の中にしっかりと抱きとめられていては時すでに遅し、といった状態だ。

    「どうして逃げるのですか」

    耳に唇が当てられ、普段よりいくらも低い声を流し込まれたフィンは小さく悲鳴をあげて体を縮める。
    どうにか逃げ出そうともがくが、屈強な腕は恐ろしいほどにびくもとしない。後へも先へも行かない状況にきつく目を瞑ったフィンはまたもや後手を踏んだ。

    「いっ!?」

    体の前後の向きを急に反転させられたフィンが目を開く暇もなく、ディルムッドがその唇に噛みつき、次いで痛みに怯んで僅かに開いた唇にぬるりと舌が押し入ってきた。
    驚きに固まった体は為すすべなく通路の壁に押さえつけられ、腹部に回っていたディルムッドの腕がフィンの腕と肩を捕らえた。

    「ん…!んんッ!」

    目を見開いたフィンは至近距離にあるディルムッドの顔を凝視する。込められるだけの困惑と制止を求める表情の浮かぶその瞳はしかし、ディルムッドに見とめられることはない。
    いくら見つめても瞼の上に伏せられた長い睫毛が上がる気配はなく、耳の奥には口内をほしいままに嬲られ唾液を吸われる耳を塞ぎたくなるような水音がひっきりなしに響く。

    「ん、んぅ……ぁぅ、ん…」

    舌の先で上顎を遊ぶように擽られ、かと思えば舌を根元からねっとりと食らうように持っていかれる深い口付けに、体が熱を覚えていく。
    状況を飲み込めていないのは理性的なところだけで、ぞくぞくと体中に走る重い痺れにどんどん乖離していく心が悲鳴を上げる。時折喉から漏れるのは快楽に屈した甘い呻きだった。

    「我が君…」

    不意に、フィンを惑わせていた唇が離れた。
    低く甘く囁かれる名にぴくりと肩が跳ねるが、フィンはなけなしの理性と反抗心で顔を逸らし、同時に緩んだディルムッドの腕を振り解いてもう一度そこから逃げ出した。

    頭の中がどろどろに蕩かされ、まともに考えることができない。
    視界がぼやけて朦朧とする。
    覚束ない足取りで壁伝いに進もうとしたフィンが当然見逃されるはずはない。ディルムッドはフィンの弱い抵抗も意に介すことなく、すぐにまた逃げる細い体をがっしりと押さえ込むと、言葉もなく掴んだ顎を無理やり正面に向かせ呼吸を奪った。

    ディルムッドの膝がフィンの股の間を壁へと縫い止め、快楽に炙られていた体はその刺激に大きく揺れる。
    再びの捕食が始まったが、二度目のそれは消耗しきったフィンにとって完全にやり過ぎの域に至っていた。

    呼吸のペースは完全に奪われてしまう。
    時折喉から鳴るのは息ができない苦しさと、体を食らう快楽への服従が折り混ざった喘ぎだ。
    余裕など一切感じられない本物のそれはディルムッドをひどく煽ったが、そんな事情を知るはずもないフィンは漏れ出す吐息をそのままに吐いて吸った。
    小さく跳ねる腰はディルムッドが攻めるほど徐々に、重力に逆らえずに沈み込んでいく。ただでさえディルムッドの膝の上に押し付けるようになってしまった股間には太腿が執拗に押し込まれ、がくがくと震える腰は砕ける寸前だ。
    だらりと力なく垂れ下がる指先は細く痙攣を続けた。

    実際にどれだけの時間だったのかはわからない。フィンの視界が白んでも、喘ぎ声とはまた別のか細い悲鳴が喉から何度も漏れてもそれは止まなかった。
    ほぼ無意識で何かの限界を感じたのか、口内に侵入していた分厚い舌にフィンが緩慢に噛み付く。その拍子に股の間の膝が抜かれ、腰が抜けたフィンの体は震えながら壁沿いにずり下がった。
    頑なに唇は解放されなかった。
    繋げた口の中に滴り落ちてくる唾液が静かに喉に流れ込み、それを飲み込むフィンの、晒した喉笛が大きく上下した。



    床に力なくへたり込む。
    薄い布越しに尻に伝わる地面の冷たさが、ここが何処で自分が何に及んでいるのかを徐々にフィンに思い出させていく。
    体の内側が一瞬にして一層激しい熱を孕んだ。次の瞬間には羞恥心と共にじわりと表面に滲み出る。
    こもる熱と鈍く重たく快楽を溜め込んだ体とに居た堪れなくなったフィンはもぞもぞと縮こまって、ディルムッドからどうにか隠れたいのだとでもいうように壁に体を寄せた。

    「………フィン」

    鼓膜を舐ぶるように揺さぶる低い声が追いかけてくる。
    しかし一層小さく肩を窄ませて壁に縋るフィンに触れたのは、思ったよりも繊細な指先だった。
    俯く顔を隠すように流れる髪がそっと持ち上げられ耳に掛けられる。きつく瞑った瞼の裏側に、髪に遮られていた照明の光が届いた。

    「…無体が過ぎました、お許しを」

    つい今し方よりもいくらか冷めた、それでもまだひどく甘い声音が囁く。
    伸ばされた指が目尻を拭い、冷たくなった雫を攫って離れていくのを感じて初めてフィンはぼんやりと自分の有り様を認識する。
    そっと目を開くと、同じように屈み込んで様子を伺うディルムッドのいつものように少し困ったような色をした瞳と視線がぶつかって、頭の中を覆っていた熱気が少し晴れるのを感じた。

    「……ここを、どこだと…おもって…」
    「あなたを逃したくありませんでした」
    「…それは…おまえが……ことを、する…から……」
    「あなたが煽るからです」
    「………おまえに、こんな……おも、わなかった…」

    すっかり凪いでいると思いきや、まだゆらりと弱い焔を宿す瞳に射止められ、フィンのただでさえ掠れて呼吸に掻き消える声は萎んでいく。

    「……これに懲りたら私でお遊びになるのはおやめください。私のあなたへの心を疑うのもおやめください。」

    フィンの体はまだ溺れんばかりの情欲を受け入れた余韻に震えている。
    ここまで奪って、攻め立てておきながらあくまで何かの間違い、ということになるらしい。依然揺れる瞳に晒されるままのフィンとしては、そんなことを言われても既に煮詰められた体をどうすべきかわからない。

    「すまない、ディルムッド…もうすこし、ちかくに…」

    消え入るような小さな呼び声にディルムッドは耳を傾けるように顔を寄せる。フィンの腕が軽くディルムッドの肩に届くところまで近づくと、フィンはそのまま両腕をディルムッドの首に回してばつが悪そうに俯いた。

    「あの、体、がな……」
    「…フィン、私の言うことを聞いていましたか?」

    気怠そうに重い体を預けてくるフィンにディルムッドは眉根を寄せる。縋り付いている目の前の男に何をされたか忘れてしまったのかと、焦りと怒りを混ぜ込んだような気分で顔を曇らせるディルムッドにフィンは気づいていない。

    「ちがう…体、腰が…」
    「このように揶揄うのをやめていただきたいと申したつもりなのですが」
    「ちがくて、だから、その……ッ、ああもう…」

    腰が抜けてしまったようなので手を貸してくれ。体中うまく力が入らない。
    思わず顔を上げて声を荒げたフィンが蚊の鳴くような声で口にした言葉の続きに、ディルムッドは一転して自分の所業を思い出し、頭を深く地面に埋め込みたい心地を覚えた。



    数分後、結局自力で立っていることすらままならない状態だったフィンを抱えてディルムッドはフィンの部屋の方向へ通路を進んでいた。
    互いに言葉はなく妙によそよそしい空気が流れていたが、それを断ち切ったのは落ち着きを取り戻したフィンの呟くような声だった。

    「私が言うのもなんだが、おまえ…難儀だなぁ」
    「どういう意味です…?」
    「いや…、よりにもよって私に懸想するか…という意味以外にあるか…?」
    「…よくわかりません」
    「…そうかぁ」

    それきり言葉を途切れさせたフィンにディルムッドが怪訝そうな顔をした。
    まだ抜けきっていない体の甘怠さを言い訳にフィンは力を抜いてディルムッドの胸に頭を預ける。膝の裏と背中を支える腕が、体同士の触れ合う面が温かい。

    「好きだぞディルムッド。…本当だ。」
    「…ですから」
    「断りを入れてくれるなら接吻も許そう」

    呆れる声音を遮るように言うとディルムッドは信じられないものを見るように目を丸くした。寄りかかったディルムッドの体が強張ったのを感じてフィンは笑った。

    「情交を望むならばそれも許そう。私におまえのことをもう少しだけくれはしないか」
    「そんなもの…到底交換条件にはなりません…」

    ぎゅうっとフィンを抱えるディルムッドの腕に力がこもる。
    気を遣ってくださっているなら結構ですと不貞腐れるディルムッドを宥めながら体を伸ばしてフィンはその頬に口付ける。

    「では今後は愛してるゲームをするのもやめてやろう、これでどうだろうか?」

    胸元で穏やかな声が切に繰り返すのに、歯を食いしばるように苦しげな表情を浮かべるディルムッドは唸った。

    「愛してるゲームは続けてくださって構いません…!」


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    TRAINING「飽きる」からの連想
    ディルフィン未満のフィオナ主従
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    「おう旦那。とと様は留守番だよ、締め切りが近いんでな。本当はおれもこんな場所にいる場合じゃねぇんだが腹が減ってはなんとやら、えみやの兄さんに片手間に食べられるものをいただこうと思ってんだ」

    そう言うと画工の英霊は片手の指を窄めて何かを描くように手で空をかく。その手振りを見てフィンは頷いた。

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    「へえ、あんたほどの別嬪に誘われちゃあ、そりゃ断るわけにはいかねえよ。こんなときでなければあんたをもでるにこのまま一筆描かせてほしいところなんだけどなァ…」

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    「あぁ、大し 6655

    eats_an_apple

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    「……すみません、とんと記憶がなくて」

    そう言われた二人の表情は各々だった。
    まるであり得ないとでも言いたげに、しかし言葉を忘れたようにぱかんと口を開いたフィン。太い眉を顰めて精悍な顔立ちに疑念の表情を滲ませるディルムッド。
    そしてそんな二人を見て申し訳なさそうに眉を下げるディルムッドがもう一人。一見混乱を余儀無くされるこの絵はカルデアでは至って日常のものだったが、一つだけ常と違うものがこの片方のディルムッドの言葉だった。

    「…………記憶が、ない……?私の?」

    次に独り言のように口を開いたのは意外にも、他のすべての感情が抜け落ちたように驚愕の表情を浮かべていたフィンだった。

    「俺のこともわからないというのか?」

    続いて双剣の戦士の方のディルムッドが尋ねる。

    「その姿を見るに、何らかの形で現界している別の俺であろうことはわかる…しかしその経緯もおまえとの今までのやりとりも……すまない……」
    「そうか……」

    納得したかのように頷いたセイバーのディルムッドは眉間に寄せていたしわを伸ばし、隣に立ち尽くしたままふるふると震える男を見た。その視線をランサーのディルムッドも追って恐る恐 9754

    eats_an_apple

    TRAININGほんのちょっとだけ背後注意(??)なシーンがあります。
    なんでもいい人向け。
    「王よ…その、装備の…ええと、胸当ては…着けないのですか…?」

    部下からの奇妙で唐突な質問にフィンは首を傾げる。
    質問者のディルムッドはというと、非常に言いにくそうにあからさまにフィンから視線を逸らしているので見つめ返しても目は合わない。彼が何を考えているのかフィンには図り兼ねた。

    「…?もちろん戦闘時の霊衣を変更するにはマスターに申し入れるのが作法だと知らないこともなかろう、今すぐには着けられないな。なぜそんなことを聞く?」

    素材集めと戦闘訓練のための招集命令に応じていた2人はちょうど管制室に向かう途中だった。ディルムッドはその正論に一瞬言葉を詰まらせたが、ぐっと息を飲み込んでから食い下がった。

    「今すぐに、ということではありません。普段からその装備でいるのはなぜかと…」
    「む…私の言葉を聞いていたか?質問に質問で返すんじゃない。」

    おちょくっているのか、とフィンが顔を顰めるとディルムッドは途端に表情をぱっと困ったようなそれに変え、とんでもありませんと弁明する。普段通りのやりとりを一通り済ませた後、フィンは目を伏せて部下の妙な観点にため息をついた。

    「なぜもなにも。マスタ 9915

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    eats_an_apple

    TRAINING「飽きる」からの連想
    ディルフィン未満のフィオナ主従
    愛の多い人だと思った。
    それ故に、多くに飽くのではないかと思っていた。


    「これはこれは、北斎殿。今日はお父君と一緒ではないのですか?」
    「おう旦那。とと様は留守番だよ、締め切りが近いんでな。本当はおれもこんな場所にいる場合じゃねぇんだが腹が減ってはなんとやら、えみやの兄さんに片手間に食べられるものをいただこうと思ってんだ」

    そう言うと画工の英霊は片手の指を窄めて何かを描くように手で空をかく。その手振りを見てフィンは頷いた。

    「そういうことでしたか。貴女のことは前々からお茶にお誘いしたいと思っていたのだが、それではまたの機会にぜひ。」
    「へえ、あんたほどの別嬪に誘われちゃあ、そりゃ断るわけにはいかねえよ。こんなときでなければあんたをもでるにこのまま一筆描かせてほしいところなんだけどなァ…」

    悔しそうに唇を噛む彼女にフィンはからからと笑う。それはそれは楽しそうなその様子は側から見ている分には微笑ましい。応為はそのままひらひらと手を振りながら遠ざかり、フィンはランチの注文を待つ列に舞い戻る。

    「我が王、彼女はついこの間召喚された日本の方ですよね?いつの間に親しく?」
    「あぁ、大し 6655

    eats_an_apple

    TRAININGお題は「記憶」です
    軽率にご都合記憶喪失ネタ。薄味。
    「……すみません、とんと記憶がなくて」

    そう言われた二人の表情は各々だった。
    まるであり得ないとでも言いたげに、しかし言葉を忘れたようにぱかんと口を開いたフィン。太い眉を顰めて精悍な顔立ちに疑念の表情を滲ませるディルムッド。
    そしてそんな二人を見て申し訳なさそうに眉を下げるディルムッドがもう一人。一見混乱を余儀無くされるこの絵はカルデアでは至って日常のものだったが、一つだけ常と違うものがこの片方のディルムッドの言葉だった。

    「…………記憶が、ない……?私の?」

    次に独り言のように口を開いたのは意外にも、他のすべての感情が抜け落ちたように驚愕の表情を浮かべていたフィンだった。

    「俺のこともわからないというのか?」

    続いて双剣の戦士の方のディルムッドが尋ねる。

    「その姿を見るに、何らかの形で現界している別の俺であろうことはわかる…しかしその経緯もおまえとの今までのやりとりも……すまない……」
    「そうか……」

    納得したかのように頷いたセイバーのディルムッドは眉間に寄せていたしわを伸ばし、隣に立ち尽くしたままふるふると震える男を見た。その視線をランサーのディルムッドも追って恐る恐 9754

    eats_an_apple

    TRAININGほんのちょっとだけ背後注意(??)なシーンがあります。
    なんでもいい人向け。
    「王よ…その、装備の…ええと、胸当ては…着けないのですか…?」

    部下からの奇妙で唐突な質問にフィンは首を傾げる。
    質問者のディルムッドはというと、非常に言いにくそうにあからさまにフィンから視線を逸らしているので見つめ返しても目は合わない。彼が何を考えているのかフィンには図り兼ねた。

    「…?もちろん戦闘時の霊衣を変更するにはマスターに申し入れるのが作法だと知らないこともなかろう、今すぐには着けられないな。なぜそんなことを聞く?」

    素材集めと戦闘訓練のための招集命令に応じていた2人はちょうど管制室に向かう途中だった。ディルムッドはその正論に一瞬言葉を詰まらせたが、ぐっと息を飲み込んでから食い下がった。

    「今すぐに、ということではありません。普段からその装備でいるのはなぜかと…」
    「む…私の言葉を聞いていたか?質問に質問で返すんじゃない。」

    おちょくっているのか、とフィンが顔を顰めるとディルムッドは途端に表情をぱっと困ったようなそれに変え、とんでもありませんと弁明する。普段通りのやりとりを一通り済ませた後、フィンは目を伏せて部下の妙な観点にため息をついた。

    「なぜもなにも。マスタ 9915