僕らの青春僕には恋愛というものがいまいちよく分からない。
ショーの題材としてよく使われているもの、たったそれだけの認識だった。
ある日、僕は司くんに告白をされた。
「…好きだ!類…っ良ければ、付き合ってほしい!」
突然の申し出に少々面食らってしまったが、承諾した。
司くんを恋愛的に好いているか、と聞かれたら正直なところあまりしっくりはこない。だが、もし今後気まずくなったらという懸念と、ショーの理解を深めるためにも良いかもしれない、などといった不誠実な理由も兼ねて承諾という結論に至ったのである。
司くんと付き合い始めてからというもの、別段変わったことなんてなかった。恋人になったのならば接し方も変わってくるだろう、なんていう考えは司くんによってすぐに覆されたのだった。
司くんが告白を了承されてとても嬉しそうに笑っていたことを思い返す。あの笑顔は嘘だったのだろうかと思わされるほど、僕たちの関係はあれからあまりに進展がなさすぎた。ちらりと横目に司くんを見れば以前と同じように表情をコロコロと変えて飽きさせず、僕が映える演出を提案すればキラキラと目を輝かせてくれる。しかしその目にはおおよそ恋人に対する甘さはなかなか感じられなかった。内心乗り気ではなかったはずの関係も、覚悟を決めていたのにも関わらず、以前となにひとつ変わらないことに拍子抜けしてしまった。
「ねぇ、僕たちは…」
付き合ってるんだよね?
そう声に出そうとしてやめた。なんだか僕が司くんに構ってほしいみたいで違和感があったからだ。
僕は決して司くんを恋愛対象として見ていないはずだった。しかしたった今、司くんは意識していないのに、僕だけが意識しているという事実を目の当たりにしている。なんとなくその事実がつまらなくて気に入らなかった。
告白してきた当の本人がそう接してくるならば都合がいいじゃないか、なんてそんな自分に言い聞かせるが胸のモヤモヤはいつまでも晴れることはなかった。
「類!今日もお前の演出は最高だな!!」
ほら、今だって。
司くんは僕を”演出家„として見て、話をしている。
告白してきたのは君の方なのに、結局余裕がないのは僕の方だ。
「…はぁ」
「類?ため息なんてついてどうしたんだ?」
「……なんでもないよ」
僕が司くんに意識されるためにはどうすればいいのか、僕には全く検討がつかなかった。
「委員会で遅くなる?」
「ああ。だから今日は、」
先に帰っててくれ、そう言おうと司くんが口を開いた。僕が「いや、教室で待っているよ」と遮ったので続きが声に紡ぎ出されることはなかったけれど。
僕が司くんの教室へ向かうと司くんの机に本が置いてあった。司くんは荷物を委員会に持っていっていたと記憶している。つまりこれはあえて教室に置いてあるのだと思う。ただ机の中に入れるのを忘れてしまったのだろう。これは図書室から借りたものではないだろうか。裏表紙を表に置いてあったので題名は見えない。気になって裏返した。
「…『恋愛攻略本』…あ、栞が挿されてる」
司くんがそんなものを見るなんて、なんとなく意外だと思った。
栞が挿し込まれたページを開く。そこには、
“好きな人を振り向かせたいなら、押してダメなら引いてみろ!!„と大見出しにあって。
「類、待たせた…っておぉい!?」
早速司くんに本を没収されたが、必要な情報は全て手に入れたと言っても過言ではない。焦った司くんは早口で僕に弁解する。
「別にこれは咲希からおすすめされたものであって決してオレの私的目的のためではなくてだな、」
「ふーん…そうなんだ?」
「ニヤニヤするな!絶対信じてないだろ!」
そりゃあね。だって司くん、あからさまだったからね。
胸のつかえが取れたように感じた。
なんとなく司くんが僕を想ってこれを読んでくれたと思うと嬉しくなった。要するに司くんは僕の気持ちなんて見透かしていたんだ。僕が司くんを恋愛的に好きじゃない、なんてことを知っていた。だからこそこのページに栞を挿していたのだろうと悟る。
観念したのか司くんはやけになっていた。
「だって、お前が我慢するからいけないんだ」
「……我慢?」
そんなの司くんにした覚えはない。
「お前が自分を抑えてオレの告白を受けたのは知っている。だから、オレと付き合ってお前に後悔させたくなかった」
「……司、くん…」
「お前のため、なんて思う反面、自分のためでもあって…。あわよくばお前にオレを好きになってほしかった」
司くんから何やら不穏な空気が漂い始めた。
なんだこの諦めムードは。司くんらしくもない。
「すまんな、困らせてしまっ、むぐっ?」
思わず司くんの口を抑えた。何故かは分からないけれど、続きは聞きたくなかった。
分からないなりに考えてみた。何故続きを聞きたくないのか。
きっと司くんは僕のことを気遣って「別れよう」と言ってくるだろう。それが僕は嫌なのだと思う。つまり、僕は——
「司くん、」
「んむ、むがむが」
「あ。ごめん」
咎めるような声で司くんの口を抑えたままだったことを思い出す。伝えたいことがある、それは他でもない君に聞いてほしいことなんだ。
「…類?」
「好きだよ」
しばらくの沈黙。
顔を真っ赤にさせた司くんがはくはくと口を動かしていた。
「はあっ!?本当に!?」
「本当だよ。好きだよ司くん」
少し遠回りをしてしまったけれど、僕らの青春はまだまだ序章に過ぎないのだ。