【白】 スノーエンジェル いつからかなんて、知らない。
でも、なぜかは、わかるかも、しれない。
学食のごはんも慣れてこれば、おいしく食べられるようになった。そもそも温かいものは温かく、冷たいものは冷たく出してくれるのだけでも、おいしく感じられる。育ち盛りだと大盛にしてくれたハンバーグ定食を持って傑を探せば、天ざる定食を持った傑と視線がぶつかった。
探していたと顎で身近なテーブルを指し示せば、軽く手を上げた後、ひょこひょことこちらまで歩いてきた。
そんな事が何度か繰り返されるうちに、探さなくても傑が見つけてくれるようになった。怪訝そうにしていたのか、そんな簡単なことと、当然のように表情も変えずに彼曰く
「悟は頭一つ出るから、探さなくてもすぐにわかるよ」
確かに、そうだよな。
「飢えて死にそうなんだけと。コンビニ寄っていこうぜ」
すっかり同級生ふたりのお蔭で買い食いすることを覚えれば、任務で出掛けても、遊びに行ってもつい、コンビニにふらふらと吸い込まれていく。新商品のジュースだったり、アイスだったり、季節限定のスイーツだったり、そんな魅力的な商品に意識を奪われて、顔を上げるとふっと視線を外した先に傑がいたりする。
視線が絡まってから気付いたように、驚いて視線を反らすこともあった。見守るような眼差しを向けられて、照れくささと煩わしさを足して割ったような気分になる。
「そんな甘いもの、ふたつもみっつも、よく食べられるね」
呆れたような口調は、すでに馴染んだ親友のそれで、だから俺も当然のように言い返す。
「今週出たばっかの新商品だから、ぜんぶ食べたいんだって。傑みたいにおっさんじゃないしぃ」
「失礼だな。私の方が若いんだけど」
「言ってろ。手に持ってる酒はいいのかよ」
「ふふ」
いたずらっ子のように含み笑いで誤魔化す傑は、存外可愛らしい表情になるけれど、それは俺といる時だけ、偶に硝子もありかな、だって最近気が付いた。普段はゆとりの優等生ズラしているからなあ。
「ひと口やるから、味見」
なんて言えば頷いてくれるから、いつも舐める程度なのにおねだりをする。本当は、一緒に食べたいだけだけど、それは言わぬが花だ。
ふわりと漂うような、吹けば飛ぶような視線は、山間にある校舎にも風花が舞うようになれば、気温に反比例して熱を帯びてきた。ふとした瞬間に絡む視線は不自然に反らされ、団子にまとめ上げた長い髪に隠されることなく晒された首筋を朱色に染めた。
それでも、ふざけ合い、笑い合い、偶にアラートが鳴るほど喧嘩をして、任務に出れば共闘し、心強い相棒で親友だ。それはどちらも初めて俺が手にした関係で、失くしたくはない、大切な存在だ。
でも。
大小の切り傷と、乱れた制服と髪、それで済んだのだから、見渡す限真っ白な雪原に立っている今、叫んでもいいはずだ。
「俺たち最強じゃん」
喜色に誇りを含んだその声に、隣で荒い息を整えた傑が最強だよと応えてくれる。向き合えば、自然と笑い声がどちらともなく湧き上がり、肩を震わせ笑い合い、肩を寄せ合い、ついでに肩を軽くこずいた。
「あっ、悟、両手広げて、肩の高さ」
急に何を思い出したのか、顔を綻ばせたまま言われた。指示通りに動きつつ何と問い返す間に、両手で胸をとんっと押され、そのまま重力に引かれて積もったばかりの新雪に埋もれるように倒れ込んだ。おっ、やるかっと起き上がる前に、すぐ横に傑が声と共に降ってきた。
「起きないで」
ぶわあっっと一瞬、目の前が白くなった後、隣に視線を移すと、楽し気に目を細めた傑が目に入った。広げた手の先に、同じように腕を広げて倒れた傑がいる。
「これで足は開閉して、手も伸ばしたまま上下に動かして起き上がると、天使の出来上がりらしいよ。知ってた、悟」
「何かと思っただろ」
「聞いたらさ、悟にやって貰いたくて」
静かな声が、見上げた真っ蒼な空に昇っていく。
「……。 俺、別に天使じゃないし」
そんな風に思われていたのかと思うと、無性に腹が立った。それと同時に鼻の奥がつんと痛い。怒ったつもりが、雪に溶けて消えてしまいそうに弱々しくて、己にもムカつく。俺たち、親友だろ。
「あっ、ごめん。そういう意味じゃないんだ」
「じゃあ、何だよ」
「悟はさ、天使でもないし、悪魔でもないよ。私と同じ、未成年の学生だよ」
「……。 」
そんな事、いわれたこと、ない。
「まあ、黙っていれば見た目は天使だけどね。でも、こうして任務に出れば尊敬するところもあるし、羨望もある。悔しさもあるけど、親友だよ、天使なんかじゃない」
天使だと思うのは、私だけでいい。私だけの天使でいてくれればいい。君は天使でも神でも、仏でもないんだから。
そんな声が、聞こえた気がした。
横を向けば、綺麗に微笑む傑がいて、誇らしげなにのにくしゃりと泣き出しそうにさみしげで、思わず腕を伸ばした。天使とやらに形作られた雪形は手を繋いでいるのに、後、僅か、後少しで、手が届かない。
「オマエ、なんて顔してるんだよ」
零れた言葉はかそけき音で、傑に届くことなく、雪に溶けた。
「傑、腕、伸ばせ」
想いっきり伸ばした指先は、空を掻いた後冷たいけれど、よく知った感覚に、傑の指先に触れた。重なった瞳の奥に、真っ白な大地と真っ蒼な空が広がる。
伸ばせば、届く。
それならば。
確かめたい。
「届いた」
「届いたね」
俺の思いも、おまえの思いも、届く。
つながる。
伝わる。
それなら。
「すぐる」
呼び掛けた声は、何時になく優しくて甘くて、真摯に響いて、絡まったままの視線の先に届く。