寝ずの番 呪術界の大家が死んだ。それは御三家にも影響が及ぶほどで、もちろん俺たち高専生も、幸せに心筋梗塞で死んだ彼の実家に通夜に行くことになった。そしてどういうわけか俺は、いや、俺と傑は寝ずの番の一人に選ばれることとなったのだった。
寝ずの番をすると言っても、いっぱいの花に囲まれた彼を見つめる以外にはすることはなかった。あとは輝く刀に自分の顔を映し出したりとか遊ぶくらいだ。葬儀で刀を置くのは、猫を避けるためだそうだ。猫は古代より悪と描かれていて、ちょっとした隙に故人の身体を奪ってしまうのだという。でも、この人の命はまた奪われる。自然死をした呪術師は、身体の一部を奪われたら呪詛師に呼び出される可能性があるため、自然死ではない方法で二度死ぬよう、今は忙しく御三家の呪術師たちが走り回っている。滑稽だ、馬鹿らしい。でも、俺も世話になった人だった、さまざまな呪法に通じたあの人が、誰かに利用されては困る。
「酒は持ったか?」
「そもそも酒は効くのか? あの人はほとんど依存症だったじゃないか」
「信じねば呪術ではないぞ」
こそこそと話して呪術師たちが襖の向こうを走り回る。夜中の儀式に俺は参列するんだろうか? 俺はそれを望むのだろうか? 御三家にいて腐っていた自分を高専に送り出してくれた人。そんな人の最期を見るのは、辛いような、誇らしいような不思議な気分だった。
「悟、大丈夫?」
「へ?」
「顔、青いよ」
傑から声がかかった。彼は下女に出された日本酒を嗜んで、つまみも口にしていた。それで俺を心配しているのだから結構適当だ。そう思ったけれど、優しくされるのはまぁ嬉しいといえば嬉しい。
「寒いからだよ」
「それじゃあ私と温まることする?」
「酔っ払いの相手をする暇はないんでね」
俺はそんなふうに傑と言葉を交わして、彼の背中に自分のそれでもたれかかった。傑は重いとも、苦しいとも言わなかった。彼は今回死んだ呪術師とは関係がない。関係があるのは俺で、けれど一人で相対するのは少しばかり辛かった。
「……やっぱり、酔っ払いに相手をしてもらおうかな」
「大切な人をほっぽって?」
「お前って本当に嫌な奴」
俺は酒も飲めずに故人の写真を見て、整えられた顔を見た。それはまるで生きているようで、実際のところ、俺が生きかえさせたければそれは本物でなくて良いのなら可能なのだった。禁断の呪法を使えば、それは可能なのだ。
「いつ始まるんだろうね」
「夜はまだ早いよ、悟」
「うん……」
傑が死んだら、俺は寝ずの番が出来るだろうか? 彼を墓に埋葬出来るだろうか? 傑はきちんと自然に死ねるだろうか? そうしたらまた俺が殺さなくてはならない。だったら彼は任務のせいで死ぬのか? そんなの家族が悲しむじゃないか。面倒な呪法を執り行う、今回みたいな死にようが尊い人には似合っているのだから。
それから俺たちはほとんど何も喋らず、儀式を執り行い朝を迎えた。本当に呪術師として死んでしまったあの人は、どこか穏やかに見えた。俺は傑もこうであれと思って、俺は不幸に死んでしまえと思った。そうしたらきっと、傑はずっと俺のことを思って生きていってくれるだろうから。
そう、この時は、俺より先に恋人が逝ってしまうなんて、俺は考えてもいなかったのだった。それが俺という人間だった。そして夏油傑という男の俺の愛し方だった。