※いなくなる話
命を還す時がきた。争いの真っ只中で、そんなことってあるだろうか。僕を呼び戻すミールを助けるように、器の背後から飛び出した兄弟たち──エウロス型と呼ばれる朱色の群れ──が僕と鍔競り合う子を引き受けてくれた。敵を見据えたまま、硬い海の上を戻る。器を島に返さなくちゃ。
争う音。曇天。初めて器に乗せてもらって戦ったあの日のようだ。一つ違うのは、空が赤くて怖いこと。視界を遮るように、重く白い雪が振り続けていること。もう、積もる雪を見ることもない。
撤退を阻む憎しみの末梢を生まれた場所へ還しながら、合間を走る兄弟たちを介して、久し振りに心で彼に呼び掛ける。いつだか、総士とこんな遊びをしたっけな。ピンと伸ばした糸電話。届けられる声が少し違って聞こえるのが不思議だった。
「甲洋。甲洋、聞こえる?」
「なに、わざわざ。クロッシングじゃ駄目なの」
「僕の時間、これで終わりみたい。あとを任せてもいい?」
声も繋がりも途切れた。返事はないけれど、あからさまに動揺させてしまった。「面倒だ」を隠さなくても、いつもきちんと返事をしてくれた男の器が、遠くで周りの大小様々全部を蹴散らして、僕のほうへ駆けて来ようとする。ああ、派手に暴れるから、ますます目を付けられてしまって……
「乱暴に毒を振り撒くなんてらしくない。きみが欠けて困る人を放ってまで会いに来てほしくないよ、甲洋」
嘘だ。今すぐそこを飛び出して、めいっぱい抱きしめてほしい。スキンシップを嬉しがる手のひらで、飽きるくらい撫でてほしい。お別れの瞬間に隣にいられたらなんて願ってみた日もあったけれど、やっぱりそう都合よくはならないらしい。
生まれた日に流さなかった涙が、彼の姿を消していく。
「さようなら、甲洋」
声を聞けてよかった。この先の僕の生を求めてくれて嬉しかった。ずっと一緒にいたかったよ。辿り着いた僕の艦が、母親のように迎え入れてくれた。
遠くの海で、僕らが取り戻せなかった空を引き裂いて、マークアレスがやすやすと空を青く染める。一つ輝く昼の星が、僕の最期に見た光景だった。
おやすみなさい。返事はもう、どこからも返ってこない。