2022.05.02
https://twitter.com/okeano413/status/1495358432945532931t=TUVTzHrz4tYjxNxh9tqVmA&s=19
「それでは始めよう。心の準備はいいか」
「おー」
えいえい、おうと拳を半端に上げて、渦中の熱源を見下ろす。ところ狭しと飾られたローテーブルの真ん中に、商店街の景品で獲得したというホットプレートが陣取っている。セットされた鉄板の表面にはいくつもの丸い穴が開いていて、今からこれに液体生地を注いで成形するのだと言う。
格式張って言ったところでただのたこ焼きだ。
「声が小さいな。気乗りしないか?」
「や、なんでたこ焼きなんだろと思って。お前が食べてるの、見たことないし。あのプレート、普通のもあったろ?」
気乗りしないのは、せっかくの快晴なのに、部屋にこもっていることも含めてだった。そもそも島の祭りでも見かけなかった気がする。お好み焼きならまだしも、中身の焼け具合が読めないものとは、こいつにはハードルが高いんじゃないのか。知識面は心配ないが、実施しようとなると妙なセンスを発揮するから気が抜けない。たこはきちんと生食用のやつを買ってあった。あとは火加減だけだ。それが一番懸念事項なんだよな。
「以前から興味があったんだ。専用器具を揃えるまでではなかったんだが……」
「棚ぼたで手に入れてやる気になっちゃった?」
「ああ。機会があるなら試すべきだろう?」
そのわりに千枚通しも油引きもまとめて揃えてたな。つまり目星は付け済みで、遅かれ早かれだったんだよな。まさに天の導きだったわけね。
じっとり眺めても意にも介さず、うきうきとボウルの中身を溶いている。長芋と細かく刻んだ紅生姜にかぶせるように、ていねいに粉をふるいにかけて、みじん切りにしたキャベツを合わせて念入りに半分ずつ混ぜてたやつ。細やかな手順の遵守はありがたいけども。掛けた時間で味が変わるはずもないとはいえ、共に口にするものを大事に作ってもらえるのは素直に嬉しい。
「まずはなにを包む? 餅か、肉か、チーズもいいらしいな。ほら、どれからにする?」
示されたステンレスバットには、その他の食材も切り分けられた姿でずらりと並んで出番を待ちわびている。今回もそうだが、総士が料理に興味を出したらいつも具材が余る。普通の料理でそうなんだから、ほとんど生地でくるむ今回なんかもっとだろう。腹の容量の自覚がないんだろうな。好奇心のブレーキが壊れているとも言う。
生地も俺の腹にも限りがあるし、絶対食べきれない。余ったら適当に炒めものにでもして来主たちと一騎に押し付けよう。
「たこがいいな。もの自体、めったに食べないし」
「そうだな。定番から楽しむとするか」
注ぐ前から構える鉄串の向きまで真剣だ。なんなら写真でも撮っておこうかなってくらい。正解かは知らないけど。
事の起こりは昨夜。予定もなく、まる一日の穏やかな気候予報にデートでもしないかと誘いたくって待ち構えていた俺より先に、大荷物で帰宅した総士が口を開いた。
『明日は一日休みだったな』
『うん。総士もだろ。それで……』
『よし。たこ焼きパーティーをするぞ!』
勢いに、いくつか浮かべていたプランは霧散して、頷いた。それで朝から熱したプレートを囲っている。
職人候補が表面の焼けたらしい球体になるべき生地と、鉄板の隙間に鉄串を差し入れてちょっと回す。一気にひっくり返すより、いくらかずつ回転させて焼くのがいいらしい。とレシピサイトに書いてある。同じものを見て挑んだ総士の手元では、たこ焼きのものが哀れにもへにゃついている。
「……む。串を入れるのが早かったか」
「大丈夫だろ。縮んだり欠けたら生地を足せって書いてるし」
「どのくらいだ。表面を覆う程度だったか?」
「たぶん。あんまり入れると巨大化しそう」
口を出すだけじゃなく手伝おうとも思ったが、鉄串も菜箸もそばに置いてこちらへ寄越す気配がない。二人きりのパーティは総士主催の、俺だけをもてなしてくれるものらしい。夢中なだけだろうが。
始まりは不満に思ってしまったが、焼いている間は真剣な顔をじろじろ眺めても咎められないし、焼けるはしからいい匂いがする。その上まる一日、用事のないおかげでじっくり堪能できる。思い付きで生まれたこの時間、案外悪くないかも。
「多少いびつでも、笑うなよ」
「かたちで味は変わんないだろ。どうせなら破ったって構わないぜ」
「……それはそれで腹が立つな」
あからさまに不服そうだ。それも含めて面白い。たこ焼きタイム、万々歳。