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    okeano413

    @okeano413

    別カプは別時空

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    甲操 愛すべき日々

    ##甲操

    2022.12.14

    「はい、どうぞ。熱いから気をつけてね」
    「どうも。ありがとうございます」
     まだ扱いに慣れていないらしく、おっかなびっくり、渡してくれる手から白いまんじゅうの包まれた紙袋を受け取る。紙も入れる袋も薄いが、持ってみると意外に熱くない。でも、中身に熱が詰まってる。来主に食べさせたら喜ぶかなと、羽佐間先生のお遣いついでに精肉店で追加注文したのだ。
    「甲洋、僕のは?」
    「今渡したら落とすだろ。後でな」
     店内は思いの外混んでいて、俺たちの後ろに並ぶ親子も、混雑を避けるように、店員の声を聞いて一歩前に出る。レジはひとつしかないが、本来の商品と、新規展開商品目当てのお客が入り混じって見える。他の店舗にも置いているらしいが、そちらも似た状況かもしれない。具も工夫してみようって話が出ていたし、他の郷土料理と一緒にそのうち新商品だけ別店舗へ移るかもなと考えながら、早々に店をあとにした。

     すっかり風が冷たい。総士の誕生日が過ぎる辺りから、冬の深まりが加速する気がする。いつもなら誰かしらのいるベンチも、寒さのせいか貸切状態だ。
     熱を分けるみたいに広いベンチで身を寄せ合って、もたれかかってくる少年の手に、買ったばかりの紙袋を持たせてやる。
    「これ、あったかいね。中も熱いのかな」
    「たぶん。試しで頂いた時は、結構肉汁もあつあつだったよ」
    「いいなあ。僕も行きたかった」
    「その代わり、マスター代理を任せたろ」
     紙に包んで渡されたのは、肉まんと呼ばれる中華まんの一種。文化保存も兼ねて、各々の故郷の料理を再現しようと盛り上がったのをきっかけに、手軽さを買われ、シャオさん監修のもと量産の始まったものだ。俺もスタッフとして呼ばれたので、言われるままあれも、これもと試食させて頂いたのだった。
     学校の家庭科室でそれぞれに調理をしながら、家族の好みはこうだけど、みんなはこっちの調味料を使うほうがおいしいかなとか、子供向けにするなら辛味を抑えてとかを気遣い合う優しい空間で、シャオさんも小さい頃別れた母の味には敵わないけれど、みんなに気に入ってもらえたら嬉しいと微笑んでいたっけ。
     あの時、シャオさんはまんじゅう型のこれを包子(パオズ)と呼んでいて、豚ひき肉と、椎茸と、刻んだチンゲン菜とが入っていた。内包物の伝えやすさから、名称を過去の日本のものに倣うにあたって改良を重ねたとから聞いていたので、食べるのを結構楽しみにしていた。
     第一弾として登場したのは、シンプルな肉まんに、少々ピリッと仕上げたカレーまんと、それからえびやいかなんかを入れた海鮮まん。特に海産物とは切り離せない生活をしているものだから、海鮮まんへの力の入れようはすごかった、らしい。前日の釣果で配合も味わいも変えていくらしい。残念ながら今回の店では売り切れていたから、ふたつとも普通の肉まんだ。
    「これ、おまんじゅう、どこから食べるの?」
    「どこからでも。こう、がぶっと」
    「がぶっと……」
    「そう。こんなふうにさ」
     手本を見せるように、まんまるい皮にかぶりつく。舌に触れて驚いた。皮に甘めの味がついてる。分厚い皮の中身をかいでみると、シャオさんの作ったものとは少し香りが違う。あの時のレシピ、聞いておくんだった。
     餡の中の、筍らしき食感が面白い。たぶんごま油も使ってる。おいしいけれど、シャオさんの味を想像していたものだから、なんだか物足りない。頼んだら作ってくれないかな。なんて考えながら、じっと注いでくる視線の主と目を合わせる。来主はまだ、渡したばかりの肉まんを、唇にくっつけるかくっつかないかの距離に掲げたままだ。
    「食べないの?」
    「食べたいけど。あつあつなんでしょ」
     つやつやの皮を頬に近付けて、すぐ、湯気に驚いて離す。作りたてのカレーを次々運んでいた日はどこへやら。その様子が面白くって、少し意地悪な物言いをする。
    「うん、あつあつ。急いで食べたら、口の中火傷しちゃうかも」
    「ええ!? 甲洋、やけどしちゃったの!?」
    「してないしてない。ほら」
     んべ、と出した舌を検める顔は真剣そのもの。手が空いてたら指まで突っ込まれたかも。心配しなくても腫れなんかないし、いつも通りの色のはず。
    「もう。おどさないでよ」
    「あはは。ごめん」
     冷め切る前に食べて欲しいな。多分、こういうのって作りたてが一番うまいし、来主が食べるものはあたたかいものがいい。
    「来主、口、開けて」
    「あーん?」
    「そう。あーん」
     手袋を膝に預け、かじっていたところを避けて、肉餡を多めにちぎったひと欠片を食べさせてやる。手のひらで口を閉じて、リスみたいにもぐもぐ。噛み締めるたび、目をまんまるくしてきらきらと輝かせる。かわいい。
    「おいひい!」
    「だろ」
     俺も、と割った半分にかぶりつく。物足りなさを引きずるものの、十二分においしい。食べ歩きも難しくないし、気に入ったなら、買い出しの帰りなんかに食べて戻るのもいいかも。
    「食べづらいなら、割ってもいいんだってさ」
    「え、割っちゃうの。かぶりつくんじゃなくて?」
    「そ。汁が溢れないように、思いっきりやるのがコツ」
     まだ、迷ってる来主に、残りを割って見せてやる。肉汁が皮の内側に染み込んで、断面図もおいしそうだ。
    「真似してみて」
    「えと……こう、やって……」
     おそるおそる、というふうに真似して、いびつになった半分側へ、やっと口をつける。少し冷めてしまっただろうけど、十分気に入る味らしい。ひと口、またひと口。あっという間に残りも平らげる。
    「この食べ方、シャオに怒られない?」
    「怒られないよ。これもシャオさんに教わったんだから」
     よほど気に入ったのか、もうちょっと食べたい、と顔が訴えるので、またちぎって分けてやる。
    「夕飯入るなら、こっちも食べていいよ」
    「甲洋、もういいの?」
    「うん。来主の笑顔でお腹いっぱい」
    「ふうん? じゃ、いだきます」
     次は三個買ってもいいかな。いや、二個のままでいいか。腹を満たすことより、来主と一緒に食べるのが大事なんだから。
     ウエットティッシュは来主のポシェットに入れてある。頼むより先に渡してくれるそれで後片付けを済ませ、頬に詰めたのを飲み込んだ来主と、すっかりあたたまったベンチから立ち上がる。
     風はさっきよりも冷たかった。前髪をめくり上げるほど強く吹いているせいか、人影も見当たらない。そろそろ陽も沈むし、手を繋いで行きたい。空いた手を、どうぞ、と恭しく差し出してみせると、真面目な顔で片手を貸してくれる。
     真一文字に引き結んだ唇、肉汁でぴかぴかになってるけど。かわいいな。さっき拭いてやればよかった。羽佐間先生に見つかる前にぬぐえばいいか。
     来主の帰路をゆっくり歩く。今日の、羽佐間先生宅での夕食はすき焼き。割り下で薄切り肉を煮立てて食べるらしい。
    「おまんじゅうって、決まった食べ方はないの?」
    「さっきの? 肉まん?」
    「そう、その、お肉のやつ」
     お肉のやつ。考案にあったあんこ入りを買ってやったら、あんこのやつって呼ぶのかな。にやける口をマフラーに埋めながら、また、シャオさんに教わったことを思い浮かべる。
     作法はなんでも構わない。目上の人から食べ始めるとか、ひと口分残すマナーもあったけれど、シャオさんのご実家では皆でおいしく頂くことをなにより大事にしていたという。作りたての包子を、母に食べさせてもらうのが一番のご褒美だったとか。
     あの日教わった包子のレシピは、いつか、フェイちゃんにも受け継がれるだろう。フェイちゃんもまた、お母さんの味にならないなんて苦笑するのかも。だったら、俺が先に教わるわけにはいかないかな。フェイちゃんの許しをもらえたら、一緒に教わる、なんて手も取れる。なんにせよ、今度の来店時に聞いてみよう。
    「ちょっとずつかじるとか、割って冷ますとか……美味しく食べられたら、なんでもいいよ。手軽な料理だから、落とさない、粗末にしない以外に厳しい作法はないってさ」
    「懐が広いってやつだね」
    「そう……うん? たぶん、そうかも」
     他愛ない話をしながら、明るい方へ歩く。光の中で、羽佐間先生と、クーと、先に預けたショコラが待っている。
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