ここだけの話「それで、相談って?」
アバンは茶を差し出してたずねた。マトリフは神妙な顔をしたまま、あたりを視線だけで見やる。アバンは向かいに腰を下ろしながら、安心させるように言った。
「大丈夫ですよ。ハドラーなら夕方まで帰ってきませんから」
マトリフは口を曲げたまま小さく頷いた。その様子はいつもの飄々としたマトリフではない。マトリフは突然にアバンを訪ねてきたと思ったら、真剣で重苦しい雰囲気で「ちょっと相談に乗ってくれねぇか」と言ったのだ。
マトリフの相談なら珍しくない。ガンガディアを伴侶としたマトリフと、ハドラーを選んだアバンは境遇が似ているために、お互いによく相談し合っていた。
だがマトリフの話といえば相談というよりも惚気話だった。マトリフはいつもガンガディアとの生活における些細な出来事をアバンに愚痴りに来るのだが、聞いているアバンからすれば他愛のない惚気なのだった。
だが今日のマトリフはいつになく真剣な様子で、アバンも気持ちを引き締める。もしかすると酷い喧嘩でもしたのかもしれない。
マトリフは湯気をあげる茶にも手をつけなかった。自分の悩みで頭がいっぱいという雰囲気だ。マトリフは組んでいた手を忙しなく動かして、ぎゅっと目をつむった。
「……ここだけの話にしてくれよ。お前だから話すんだからな。間違ったってハドラーの野郎には言うんじゃねえぞ」
「ええ、もちろんですよ」
アバンはなるたけ落ち着いた声を心掛けた。マトリフはゆっくり目を開けると視線をテーブルに落としてから、低い声で呟いた。
「あいつの……ガンガディアのことなんだが」
「ええ」
「あいつのチンコがでけぇんだよ」
「何を今更」
そんなことはこれまで何回だって聞いている。アバンは拍子抜けして思わず椅子からずり落ちそうになった。するとマトリフはテーブルに勢いよく手をついて身を乗り出してきた。
「違ぇんだ! 確かにあいつのは元からデケェから大変だったが」
マトリフは弁明するように手を上下に動かす。その手の動きがナニの形をなぞるようで、アバンはそっと視線を外した。
「ええ、大変だったんですよね」
知っていますよ、とアバンは感情を乗せずに微笑む。その件での相談なら山ほど聞いたからだ。
「違ぇんだって……あいつのチンコがさらにデカくなったんだよ」
「へぇ……?」
「ただでさえデケェのに……あんなの入らねえよ」
マトリフはがっくりと項垂れた。まるで世界の破滅を聞かされたかのような落ち込みようだった。
「気のせいではないのですか?」
成長期でもないのに生殖器が大きくなるなんて聞いたことがなかった。だが魔物は人間とは違うので断言はできない。
するとマトリフは顔をあげてカッと目を見開いた。
「気のせいじゃねえよ。オレが誰よりあいつのチンコに詳しいんだ」
「断言しちゃうんですね」
この人は賢いけど時々ものすごく阿呆だなとアバンは思った。普段の冷静さや叡智はガンガディア相手となると消し飛んでしまうらしい。もちろんアバンはそんなことは口にはしなかった。
「それで、大きすぎて入らなかったんですか」
「入れた。気合いで入れた。入れたけどめちゃくちゃ痛ぇ」
まるでその痛みを思い出したかのようにマトリフは顔を歪める。元々体格差の大きい二人だから、受け入れる側であるマトリフには負荷が大きい。実際に挿入している状態を見たことはないが、ちょっとした人体の不思議だとアバンは思っていた。
「だからよ……どうにかオレの穴をデカくできねえかな」
「穴を大きくする相談だったんですか」
「だってあいつのチンコは小さくできねえだろ」
「そうですけど、穴だって無理でしょう」
やっぱ無理か、とマトリフは頭を抱えてしまった。確かにハドラーがこんな話を聞いたら、今後ずっと事あるごとにマトリフに「ケツの穴の小さい老ぼれめ」なんて言うに違いなかった。