かっこいいとは 灰の中で目を覚ました。燃え尽きたはずの手が見える。あたりは暗く、月明かりだけがあたりを照らしていた。
「よお」
それは大魔道士の声だった。立ちあがろうと地面に手をつくが、身体が思うように動かなかった。
すると目の前に大魔道士が降り立った。灰が舞い上がって月光に照らされる。
「私は……死んだのではないのか」
戦いに敗れた記憶がはっきりと残っている。だが消滅したはずの体が元通りになっていた。消滅した肉体は回復呪文でも元には戻らないはずなのに。
「死んでねえからそこにいるんだろ」
大魔道士も戦いで負ったはずの傷が癒えていた。夜になっているということは、あれから時間が経っているのだろう。
「ハドラー様は」
「アバンが倒しちまったぜ。さて、お前はどうする」
薄々気付いていたが、やはりハドラー様が敗れたようだ。そうでなければ大魔道士もここにはいないだろう。
「あなたは私を殺しに来たのだろう」
なぜ生き残ったかはわからないが、見逃されるほど軽い罪ではあるまい。だからこそ大魔道士が来た。今さら足掻こうとは思わない。むしろ、今度こそ大魔道士の手でこの世を去りたかった。
「殺すつもりはねえよ。どこへでも行けばいい」
「ここで見逃して私が再び人間を襲うとは思わないのかね」
「お前がしたいなら、好きにしろよ。別に止めやしねえ」
大魔道士の表情が翳って見えた。夜の闇のせいだけではあるまい。その瞳にあったはずの輝きが見当たらなかった。
「大魔道士」
本当にあなたなのかと問いたくなった。圧倒的に不利な状況でも最後まで諦めずに、希望を失わずに立ち向かってきた彼が、なぜこのように暗い顔をしているのか。
「お前はどこへ行きたい」
そう問いかけてくる大魔道士が異質なもののように思えた。まるで大魔道士が殺戮をけしかけているように思える。
「どこへ行っても私が魔王軍で人間を殺してきたことは変わらない。私が死ぬまでトロルだということも」
震える脚を踏み締める。そして私が思っている以上に時間が経っているのだと感じた。闘技場は記憶にあるよりも荒れている。地面に描かれた魔法陣に、やはり私は作為的に生き返らされたのだと気付いた。
「殺さないというのなら、私は魔界へ帰る」
「魔界へ戻って何かあるのかよ」
「何も。太陽の光も届かない不毛の地だ」
私を生き返らせたのは大魔道士で間違い無いだろう。その思惑を知りたくなかった。何かが彼を変えてしまったことは間違いない。それも悪い方向に。
「そんな場所なら帰らなきゃいいだろ」
「地上に未練はない。私はハドラー様に従って地上へ来た。そのハドラー様がいないのなら、留まる理由もない」
「オレがいるだろう」
その眼差しの強さに体が強張る。肌で感じるほどに、大魔道士の溢れ出す魔力を感じた。その昂りに、呼応するように私の魔力も高まっていく。
「地上にはオレがいるだろう」
大魔道士が伸ばした手が眼前で止まる。魔力の揺らぎが夜空へと昇っていく。その輝きに目を奪われた。
「魔界になんて行くな。オレと一緒にこい」
魔力に満ちた手で頬を撫でられた。痺れるような刺激を感じる。大魔道士の背に浮かんだ月が、冷たく輝いていた。