お召し物が!! マトリフは大欠伸をしながら脇腹を掻いた。治りかけの傷口が痒くて仕方がない。寝台の上で持て余す時間のせいで自堕落に拍車がかかっていた。
「大魔道士様」
控えめなノックの音と共に呼びかけられる。いつも身の回りの世話をしている神官だろうと、マトリフは間延びした返事をした。
すると入ってきたのは見慣れない神官だった。背が高く眼鏡をかけている。生真面目そうな表情で、部屋に入った途端に直角にお辞儀をした。
「包帯の交換に参りました」
おそらく新しく入った神官なのだろう。緊張しているらしい。
「おう。頼むわ」
マトリフは寝台で起き上がれない期間が長かったせいで、包帯の交換のために身体のあちこちを見られることに慣れていた。どうせなら美人の姉ちゃんにやって貰いたかったが、実際は揃いも揃って冗談も通じないむさ苦しい男ばかりだった。この神官もきっと同じだろう。
すると神官がようやく顔を上げてこちらを見た。
「っ!! 大魔道士様」
すると神官は途端に慌てたように顔を逸らせた。まるで見てはいけないものを見てしまったように。マトリフはまだ服を脱いでもいなかった。
「お、お召し物がはだけています!」
見れば襟元が緩んでいた。さっき脇腹を掻いたときに懐に手を入れたせいで緩んだのだろう。だが、これから服を脱いで包帯を替えるのだから、緩んでいようが関係ないように思える。
「包帯を替えるんだろ?」
マトリフは言いながら帯を緩めた。すると神官は手のひらで顔を押さえてしまう。
「そ、そうなのですが!! 見ては失礼かと!!」
「別に構わねえよ。もう慣れた」
「慣れた……他の者に裸を見せておいでですか!?」
「なんだよ、いちいち煩えな」
「それはあまりにも不敬です! 大魔道士様のは……裸を見るなんて!!」
そこまで過剰反応するお前のほうが不敬だよ、とマトリフは言いそうになる。すると神官は決意したようにマトリフの方を向いた。目はぎゅっと閉じている。
「目を!! 目を瞑って替えます!!」
「そんな器用なこと出来るのかよ」
別に見られたいわけではないが、そこまでして「見てはいけないもの」扱いされると自分の裸体が猥褻物のような気がしてくる。そりゃ全裸で街一周したら止められもするが、包帯の交換で脱ぐくらいでそこまでしなくてもよかろう。
「さ、触ってよろしいですか!?」
手を前に出しながらジリジリと近づいてくる神官にマトリフは背筋が寒くなる。なんか雰囲気がいやらしいのだ。マトリフは逃げるように寝台の上を後退った。
「待て。こっち来るな」
マトリフは寝台から飛び降りて神官を回避するとそのまま部屋から逃げ出した。