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    なりひさ

    @Narihisa99

    二次創作の小説倉庫

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    なりひさ

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    マトを鎖で繋ぎたい

    #ガンマト
    cyprinid

    「勇者の弱点、あるいは拠点の一つでも構わない。何か教えてはくれないかな」
     ガンガディアは丁寧な口調ではあったが、それは圧倒的に優位な立場から下される命令に他ならなかった。
     マトリフは口を開かないまま、力が抜けていく体が倒れないように耐えていた。しかし体が揺れるせいで手首に繋がれた鎖が音を立てる。その鎖はマトリフの魔法力を吸い取っているので、輝きを放っていた。
     マトリフがいるのは地底魔城の闘技場だった。その一角に鎖で繋がれている。魔法力は常に吸い取られているので空が見えてもルーラさえできなかった。
     ガンガディアはだんまりを続けるマトリフに溜息一つ吐かずに、部下に目配せをした。ガンガディアはマトリフを捕らえてから毎日のように尋問を繰り返していたが、マトリフは何も喋らなかった。
    「今日は君の他にも人間がいるのだよ」
     ガンガディアはまるで良いニュースを伝えるかのように言った。ガンガディアの部下たちが鎖で繋がれた人間を数人連れてくる。その人間たちは同じ鎧を着けていた。それがカールの兵士だと気付いてマトリフは僅かに動揺したが、そこにロカはいなかった。
     ガンガディアはその兵士たちの一人に手を伸ばした。ガンガディアの部下がその兵士の鎖を解く。ガンガディアが大きな手でその兵士の頭から胴体までを握り込むと、兵士は小さく悲鳴を上げた。ガンガディアは視線をマトリフに向ける。
    「地底魔城の立地は素晴らしい。地の利を得るとはこのことだ。だが中にはこの場所を発見する者もいる。しかし今まで人間たちはこの城を攻めてこなかった。何故かわかるかね。この城を発見した者共は生きて帰れないからだ」
     ガンガディアに握られた人間の顔色がさっと青褪めた。兵士たちは必死に戦ったらしく皆傷だらけだ。兵士としての矜持のためか、誰も逃げる素振りすらない。
    「マトリフ。もう一度たずねる。勇者の弱点、あるいは拠点地、他に有益な情報なら何でもいい。教えてはくれないか」
     さもないと、とガンガディアが言った途端、兵士が悲痛な声を上げた。ガンガディアが兵士の体を掴む手に力を込めたのだ。
     マトリフはそれでも口を開こととはしなかった。マトリフはガンガディアも兵士も見ていない。
    「なるほど」
     言葉と同時に赤い血が飛び散った。ガンガディアが兵士を握り潰したのだ。兵士の体は鎧ごと潰れている。濃い血の匂いがあたりに広がった。
    「おっと、力が強過ぎたようだ。人間は脆弱でいけない」
     ガンガディアは兵士だったものを投げ捨てた。ガンガディアの手からは赤い血が滴っている。ガンガディアはその手で別の兵士を掴んだ。その兵士は逃げようともがいている。
    「君、家族は?」
     ガンガディアは掴んだ兵士に訊ねた。兵士は恐怖に必死に抗っている。兵士は震える声で言った。
    「……妻と、生まれたばかりの子が」
    「ふむ」
     ガンガディアはひとつ頷くとマトリフを見た。
    「マトリフ。もう一度質問を繰り返そうか?」
     兵士もマトリフを見ていた。マトリフはそれを視界の端に捉えながらも、やはり口を開かなかった。兵士はマトリフが喋らないと気付いて小さな悲鳴をあげた。その悲痛な声がマトリフの胸に刺さる。
     ぐしゃり、と呆気ない音がした。命が簡単に握り潰されていく。
     ガンガディアは手を振って手についた肉片や血を払った。
    「マトリフ。私は君に一目を置いている」
     ガンガディアはマトリフに手を伸ばした。その手から赤い血が流れ落ちていく。
    「君は人間にしては素晴らしい知能を持っている。そんな君でもこれと同じように汚い色の血を流すのかね」
     ガンガディアは血濡れた手でマトリフの顔を掴んだ。ぬるりとした感触にマトリフは顔を歪める。
    「……確かめてみるか?」
     マトリフがようやく喋った言葉に、ガンガディアは首を横に振った。
    「君の知性を失うのは惜しい」
     ガンガディアはマトリフを離すと立ち上がった。今日の尋問は終わりらしい。
     ガンガディアは残った兵士を見ると手を軽く振って薙ぎ払った。兵士たちは勢いよく壁まで吹き飛んでいく。仕留めとばかりにガンガディアは呪文を放ち、兵士たちは燃え上がった。肉体が焦げる匂いがマトリフのところまで漂ってくる。
    「また来るよマトリフ」
     ガンガディアはそう言って立ち去った。闘技場に静寂が戻る。マトリフは唇を噛み締めていた。
     空から雨粒が落ちてくる。雨はすぐに勢いを増した。マトリフの顔にこびりついていた兵士の血も流されていく。マトリフは雨に流されていく赤い血を見つめていた。

     ***

     ガンガディアは皿に乗った野菜をフォークで突いた。色とりどりのそれらは小さく切られている。加熱して味付けをして、人間が食べやすいようにしてあった。
    「ほら、口を開けて」
     ガンガディアは人間用の小さなフォークを落とさないように細心の注意を払いながらマトリフに向けた。ガンガディアの膝の上に乗ったマトリフは向けられた野菜を嫌がるように首を横に振る。ガンガディアは促すようにフォークに刺した野菜を揺らした。
    「少しは食べないと」
     ガンガディアの言葉に、顔を背けていたマトリフが恨みがましそうにガンガディアを見上げた。きっとこの野菜は美味しくないのだろう。人間の味覚は魔物のガンガディアとは異なるから、マトリフが喜びそうなものは作れない。それでも食べやすいようにと工夫して作ったのだ。
    「さあ」
     空いている手でマトリフの背をさする。するとマトリフは渋々口を開けてフォークに刺さった野菜を口にした。小さな口が咀嚼を繰り返す。そのことに嬉しさを感じて、また皿の上の野菜をフォークで刺した。果肉が滴り、皿を赤く染めていく。
     そこで目が覚めた。
     ガンガディアは椅子に腰掛けていた。膝には魔導書が開いたまま置いてある。読みかけのまま眠っていたらしい。
     ガンガディアはさっきまで見ていたのが夢だと気付いて呆然とした。
     夢は深層心理が反映されるという。だとしたら、自分はあの大魔道士と名乗る人間を、まるで我が子のように世話したいと望んでいるというのか。
     ガンガディアは自分の考えを一笑に付して本を閉じた。それを本棚の元に位置に戻していると、遠くから雨の音が聞こえてきた。壁の割れ目からは冷えた空気が流れ込んでくる。昨日の夕方から降り出した雨は一晩中降り続いたようだ。
     ガンガディアはその雨音を暫く逡巡しながら聞いた。闘技場には屋根などない。雨曝しであるから、そこへ鎖で繋いでいるマトリフも当然この雨に降られている。この気温であれば人間の、しかも高齢であるマトリフなら放っておけば死ぬかもしれなかった。
     だが闘技場に送られた捕虜の生死を気に留める者などいない。その死は確実であり、少々の早い遅いはあっても、死ぬ運命は変わらないからだ。
     だがあの知能を失うのは惜しいとガンガディアは思った。あれほどの知識と技術、それを使いこなす機転の良さ。それらを兼ね備えた者だと、これまでガンガディアの周りにはいなかった。
     しかし所詮はマトリフも人間である。価値のない生き物を惜しいと思う必要はない。その考えは間違っていない筈なのに、何故か胸が騒ついた。
     はっきりと答えが出ないままガンガディアは闘技場へと足を向けた。まさか夢に見たから情が生まれたわけではない。ガンガディアは自分にそう言い聞かせて歩く足を急かした。
     闘技場は降り続く雨のせいで白く煙っていた。ガンガディアは目を眇めながらマトリフを鎖で繋いだ場所まで歩く。逃げ出せるはずがないとわかっていたが、その姿を見るまで心は落ち着かなかった。
     マトリフはやはりそこにいた。鎖で繋がれた腕を伸ばし、身を丸めるように横たわっている。その身体全体が淡く光を放っていた。それが魔法力であると気付いてガンガディアは目を見張った。
     全身を魔法力で包むことによって僅かだが寒さから身を守っているのだろう。マトリフの魔法力は常に吸い取られて失われていくが、僅かに残っているそれを器用にコントロールしているらしい。
    マトリフは目を固く閉じて口からは白い息を吐いている。弱いが強かだ。やはり失うのは惜しいとガンガディアは思う。
     マトリフを繋いだ鎖をガンガディアは引きちぎった。その衝撃でようやくガンガディアの存在に気付いたマトリフが目を開ける。
    「……今日は随分と早いお出ましだな」
     せせら笑う表情は夢で見たそれとはまるで違った。従順さや健気さはまるでない。やはり夢などは記憶のオーバーフローでしかない。
     ガンガディアはマトリフの身体を掴んで持ち上げた。その白い首筋に目がいく。マトリフも他の人間と同じで、この皮膚の下には赤い血が流れている。脆く愚かな人間であることに違いはない。それを確かめなくてはならなかった。
    「君の血が見たくなった」
     ガンガディアは口を開けるとマトリフの首筋に牙を突き立てた。薄い皮膚を突き破る僅かな音と共に、温かい血潮が口内を満たす。マトリフの苦痛に掠れる声が甘美に聞こえた。
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