愛してると言ってくれ 師匠とそういう関係になって半月。おれはまだ愛してると言われていない。
ポップはベッドに寝転んでいる師匠を見る。師匠は先ほどからいやらしい雑誌を眺めていた。おれがいようがお構いなしだ。だがそれは別に今に始まったことではない。おれだって大きいおっぱいは好きだが、それを恋人の前で大っぴらに見る気にはなれなかった。
師匠が美女を好きなのは知っている。その師匠と恋人という関係になれたのは、おれが押しかけて好きだと言い続けたからだ。でも師匠が本当に好きなのはおっぱいの大きな美女で、だから今でもいやらしい雑誌を見るし、おれに愛してるとは言ってくれない。
「師匠」
「んー」
師匠は雑誌から目を離さない。そのことに腹が立つ。振り向いて欲しくて、口を尖らせた。
「おれは師匠のこと愛してるから」
師匠はやっとこちらを見た。途端に自分が惨めに思えた。愛をねだるなんて格好悪い。愛してると伝えたところで、同じ言葉が返ってこないことはわかっていた。
「なんだ。どうした」
師匠はベッドの端を叩いて座るように促してくる。師匠はおれが拗ねていることに気づいて、それを今から聞き出す気だ。けれどそれが今は無性に悔しかった。
「なんでもない」
背を向けて洞窟を出る。師匠は追いかけてこない。やはりおれだけが一方的に好きなだけで、師匠は弟子の我儘に仕方なく付き合っているだけなんだ。
ルーラを唱えて街に降り立った。こんなときは楽しいことでもして気を紛らわそうと思ったのだが、何を見ても楽しいと思えなかった。何もしないまま時間だけが過ぎていく。夕暮れが近づいていた。他に選択肢がなくて酒場の戸を開く。
薄暗い酒場に客は少なかった。だからその姿にすぐに目がいった。カウンターで酔い潰れているのは師匠だった。
「いらっしゃい」
店主にかけられた声に一瞬だけ愛想笑いして、師匠のところへ行く。
「なにやってんだよ」
師匠はおれに気付いて瓶に残っていた酒を一気に飲んだ。
「お兄さん、この人の知り合いかな?」
店主の言葉に頷く。すると店主は安心したように息をついた。
「ではこの人を恋人のとこに連れていってくれないか」
「こ、恋人?」
どきりとして師匠を見る。けれど師匠の方が慌てたように店主に手を伸ばしていた。店主はそれを避ける。店主はさらに続けた。
「この人はさっきから恋人の惚気ばかり言っていてね」
「惚気?」
「馬鹿! 言うんじゃねえ!」
師匠は顔を赤くして怒鳴っている。顔が赤いのは酒のせいではなさそうだ。
「ずいぶんと可愛らしい恋人がいるらしいのだけれど、素直に愛していると言えないらしいのだよ。恥ずかしいみたいで」
「え?」
「歳をとってからできた恋人に夢中になっているみたいで格好がつかないと言ってね。そんなことはないとアドバイスしても聞く耳を持ってくれなくて」
店主はおれにこっそりとウインクした。どうやら最初からおれが師匠の恋人だと気付いていたらしい。
酒を飲みながらの惚気を全部バラされた師匠は、カウンターに突っ伏した。
「笑いたきゃ笑えよ」
やけになっている声に、なんだこの人も悩むことがあるのかと思う。もっと余裕で、小手先であしらわれているのかと思っていた。
「笑わないけどさ」
師匠の横に座って身を寄せる。顔を見せてくれないから耳元で囁いた。
「愛してるって言ってくれよ」
師匠が顔を上げた。師匠はおれが知らない顔をしている。余裕もないし冷静でもない。恋に踊らされた愚か者の顔で、たぶんおれも同じ顔をしている。
「こんなとこで言えるかよ」
「じゃあどこだったらいいんだよ」
すると師匠はカウンターに金を置いておれの手を掴んだ。
「またどうぞ」
店主の言葉に師匠は悪態をついた。師匠は店を出るとすぐにルーラを唱える。そのまま洞窟の前に降り立って、洞窟の中まで手を引かれた。
「師匠、怒ってんの?」
「愛してる」
簡単に転がり出た言葉に目を見開く。師匠はどうにもきまりが悪そうだった。
「お前が満足するまで言ったっていい」
「べ、別にそこまで」
「愛してる。ポップ。オレはお前が可愛くてしょうがねえ。だがお前の気持ちを察して言ってやれるほど器用でもねえ。だから聞きたかったら言え」
突然にそこまで言われて感情の容量範囲を超えていた。言葉が出ずに無言で何度も頷く。すると師匠はおれを抱き寄せた。おれも師匠の胸に顔を埋めて愛してると呟いた。