弟子と生徒「マトリフ、ちょっと話があるのですが」
普段の優男の雰囲気を捨て去ったアバンが言う。洞窟の入り口に立つアバンは真剣そのものだ。安楽椅子にゆったりと腰掛けていたマトリフは、アバンのいつもと違う様子に僅かに口を歪めた。
「なんだよ」
おおよその予想はついているのでマトリフの溜息は重くなる。面倒なことになるとわかっていたからだ。
「ポップのことなのですが」
「ああ」
アバンの眼鏡が光の加減で反射する。その奥の眼はまるで戦闘中のように厳しかった。
「ポップを岩にくくりつけて川に沈めたって本当ですか」
「ああ、そのことか」
マトリフはカップの茶を音を立てて啜る。初見でメドローアを相殺させた事はまだ知られてないないらしい。知っていたらこんな剣幕では済まないだろう。
「おめえだってダイに海波斬を教えるためにドラゴラムしたそうじゃねえか」
「あれはダイ君だからですよ。ポップとは修行のペースが違うんです」
どうもアバンはポップに甘いところがある。それはポップを見て一目でわかっていた。
「なーにが修行のペースだ。そんな悠長なこと言ってられる場合じゃなかったんだよ」
「だからって、一歩間違えば」
アバンはそこで言葉を止める。もしもの話でもその言葉を口にする事が出来ないのだろう。どうやらポップがメガンテした事も知らないらしい。あれはさすがに寿命が縮んだとマトリフも思い返して胸が苦しくなる。それを紛らわすようにマトリフは盛大な溜息をついて尊大に反り返った。
「おめえが甘やかして育てるからルーラも出来なかったんだろうが」
「ルーラなんてそう簡単に出来るものじゃありませんよ」
「あいつは一日で覚えたぜ。そもそも無茶な修行してたのはおめえだろ」
アバンは急に話題が自分に移って眉をひそめた。それはマトリフとアバンがパーティーを組んでいた時のことだ。ベタンをかけながら修行をして、アバンは海へと引き摺り込まれた。
「ですが、あれは私のペースに合わせて修行していたわけで。ポップはもっとゆっくりじっくり育てていこうと私は」
「だぁからそれが甘ぇって言ってんだよ。実際にあいつは強くなったじゃねえか。なんで今さらそんな事を蒸し返されなきゃいけねえんだ」
あの戦いから既に数年が経っている。ダイが帰ってきてからはポップも落ち着き、今は一時的にカールに身を寄せていたはずだ。
「ポップがカールの兵に呪文を教えてくれたんですよ」
「へえ」
「ルーラを使える人が増えればポップの雑用が減るとか言ってましてね」
「そりゃそうだ」
それはマトリフにも覚えがある。ルーラを使える者がいれば通常なら一月もかかる用事が一日で済む。それにポップは諸国を渡り歩いているから何処へだってルーラが出来る。便利に使われることは目に見えていた。
「そこでポップは魔法が得意な兵士を数名選んで川に連れて行ったんですよ」
そこまで聞いてマトリフは悟った。ポップはその兵士たちに自分が受けた修行と同じことをさせたのだろう。
「死んでねえだろうな」
「当たり前ですよ」
おそらくアバンはその修行を知ってポップらしからぬと思ったのだろう。問いただせばマトリフに受けた修行を真似たと言われ、その足でここへ来たに違いない。
「あなたの言動の中には真似てはいけない事が含まれているとポップには伝えました」
「それをわざわざオレに聞かせてどうすんだよ」
マトリフはこの説教がいつ終わるのだろうかと欠伸を噛み殺す。昼飯を食い終わって昼寝には丁度いい時間帯だった。その様子をアバンが見咎める。
「マトリフのせいでポップは怖い先生だって噂になってますよ」
「オレのせいにすんなよ」
マトリフは耳に指を突っ込んで聞かない振りをする。