夏空の大輪 一緒に行こうと誘われた夏祭りに、マトリフは僅かに浮き足立っていた。夜空を灯す色とりどりの提灯に、方々から漂ってくる屋台の匂いに、どうしたって心が弾む。ただそれを、最近恋人になったばかりのガンガディアに悟られるのは格好がつかないように思えて、マトリフはズボンのポケットに手を入れたままゆっくりと歩いた。
少し前を歩くガンガディアは、マトリフの歩調に合わせて歩き、何度も振り返ってはマトリフの存在を確かめているようだった。迷子になる歳でもないのに、生真面目で心配性の恋人はマトリフから目を離してはいけないとでも思っているらしい。
「手、繋ぐか?」
見かねてマトリフが言えば、ガンガディアは控えめな笑みを見せてからマトリフの手をそっと握った。ガンガディアの大きな手に包まれると安心する。ガンガディアに手を引かれて人混みを歩いた。
「そろそろだ」
ガンガディアが腕時計を見てから星空を指差した。何がだ、と聞き返そうと思ったら、夜空に大輪が散った。少し遅れて大きな爆発音がする。
花火か、と思った途端に強い恐怖が襲ってきた。脚がすくんで動けなくなる。
「マトリフ?」
ガンガディアの声が遠くに聞こえる。視界が回りだしてマトリフはガンガディアにしがみついた。
「どうしたのかね。具合が悪いのか?」
「……眩暈がする」
「こっちへ」
ガンガディアに支えられて人混みを抜ける。しかし座れる場所もなく、ガンガディアは花火を背に焦った顔をしていた。
「帰ろう。背負うから掴まって」
屈んだガンガディアの背にマトリフは乗った。目を閉じていても光と音を感じる。恐怖の残滓のようなものがマトリフを掴んで離さなかった。
これまで花火を怖いと思ったことはない。マトリフは訳も分からずに息をつく。
「悪りぃ」
今日の夏祭りを、ガンガディアは楽しみにしていた。一緒に行こうと言った顔があまりに嬉しそうで、つい頷いてしまうほどだった。
「気にしないでくれ。体勢はつらくないか?」
「平気だ」
「夏祭りは来年もある。その次も、その次も、あなたと一緒に行きたい」
「ああ、そうしよう」
マトリフは薄らと目を開けてガンガディアを見る。ガンガディアと一緒にいると楽しいのに、時々、どうしようもなく苦しくなるときがある。理由もわからないその苦味が、いつもマトリフを落ち着かなくさせた。
マトリフはガンガディアの広い肩に頬をつける。少し汗ばんだその背は夏の匂いがした。