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    なりひさ

    @Narihisa99

    二次創作の小説倉庫

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    POIPOI 274

    なりひさ

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    みんな生存IF話。

    もしもポップがギュータでマトリフに出会っていたら ポップはようやく辿り着いた山を見上げた。ここに来るまで何度諦めようと思っただろう。ここを教えてくれたのが敬愛する先生でなかったら、とっくに諦めていた。
     ギュータ。天空の隠れ里。命懸けで強さを追い求める者の修行の地だという。幻の賢者バルゴートが築いたのだと先生は言っていた。
     それにしても、とポップは額の汗を拭う。場所を知っているのならルーラで連れてきてくれたらいいのに、アバン先生はハイキングがてら歩いて行くと良いですよ、なんて言ったのだ。
    「誰?」
     声が聞こえてそちらを見れば、法衣を着た女性が立っていた。ポップは先生に言われて修行に来たのだと伝える。するとその人はチョコマと名乗り、案内をしてくれた。

     ***

    「弟子だとぉ?」
     マトリフは腹の底から不機嫌な声をあげた。面倒臭えと表情にはっきりと書いてあり、その変わらない様子にアバンは苦笑した。
    「私の教え子なのですが、魔法の才能があると思うんですよね。だからマトリフの弟子になったらもっと伸びると思うんですよ」
     嬉しそうに言う元勇者に、マトリフは読んでいた本をようやく閉じた。
    「で、その肝心の教え子はどこなんだよ」
    「ええ、準備運動に歩いてくるので、あと数日後には来ると思いますよ」
    「お前……自分だけルーラで来たのかよ。優しいんだか厳しいんだか」
     伊達メガネをかけた元勇者の言葉通りに、魔法使いの少年がギュータに訪れたのは数日後のことだった。
     チョコマに案内されて来たのは、緑の旅の服に身を包んだ少年で、黒い跳ね返った髪の間に黄色のバンダナが揺れていた。
    「ポップです。よろしくお願いします」
     そう言ってペコリと頭を下げる姿は、アバンの教え子らしいお行儀の良さを感じさせる。しかし好奇心の強さや調子の良さそうな軽薄さも感じられ、どこか若い頃のまぞっほに似ているとマトリフは思った。するとちょうどそのまぞっほが通りかかる。
    「おい、まぞっほ。お前が新入りの面倒を見ろ」
     まぞっほが部屋に入ってきてポップを見た。
    「えー、兄者の弟子じゃろ?」
    「うるせえな。オレぁ忙しいんだよ」
     そう言って書物に目を戻す。ポップと名乗った少年がおっかなびっくりこちらを見ていたが、まぞっほに案内されて宿舎のほうへ行った。これで静かに本が読める。こんな歳になって弟子なんて真っ平ごめんだった。

     ***

    「なあ〜し〜しょう!」
     ところが、ポップは今日もマトリフの部屋に居座っていた。
    「修行つけて欲しいんだけどぉ」
    「うるっせぇなあ。そこらへんの奴と適当に修行しとけよ」
    「アバン先生は師匠に教われって言ってたんだけど」
    「知るかよそんなこと。面倒を押し付けやがって」
    「なんだよ。せっかくすごい呪文を覚えて先生を驚かせたかったのに」
     不満そうに言うポップを見る。真面目に修行を受けに来たようには見えないと思ったが、アバンに認められたいという背伸びのためであったか。
    「……しょうがねぇな。ちょっくら揉んでやるか」
     マトリフは読んでいた本を置くと立ち上がって背伸びをした。ずっと座っていたから腕も腰も凝り固まっている。
    「えっ……本当かよ」
    「なんだ、怖気付いたのか?」
    「うっうるせえ! 先生仕込みのおれの魔法を見せてやらあ!」
     焦りながら立ち上がったポップの尻を蹴飛ばしながら外に出る。さてアバンの教え子の実力とやらを見せて貰おうか。

     ***

    「ダメだあいつ」
     昼間のことを思い出しながらマトリフは呟く。まぞっほはマトリフにカップを渡しながら苦笑した。マトリフが修行をつけるのは珍しいことなので、多くの者がマトリフとポップの呪文合戦を見ていたが、まぞっほもその一人だった。
    「兄者に言わせれば、師匠と姉者以外はダメなんじゃろ」
     横で聞いていたカノンも同意なのか溜息をひとつついた。
    「優しく教えてあげれば良いだろう。チョコマに教えるみたいに」
    「やなこった。ああいう甘ちゃんは優しくしたって身につかねえんだ」
     ポップはアバンが教えただけあって、基本の身のこなしは出来ているし、呪文もメラゾーマを使いこなしていた。しかし呪文の威力に頼りすぎていて知恵を使うことを知らないし、呪文を組み合わせて使うといった工夫もない。かと言って、まるで見込みがないとはマトリフは思わなかった。ただそれを、どう伝えて指導すればいいのかに頭を悩ませていた。
    「仕方ないの。わしが様子を見てくるかな。随分としょげていたから」
     言ってまぞっほが立ち上がる。しかしマトリフはそれを止めた。
    「いや、オレが行く。アバンのやつに頼まれたのはオレだしな」
     マトリフはまぞっほを座らせると、面倒臭えと呟きながら宿舎に向かった。その様子を残されたカノンは声を上げずに笑う。マトリフが口では悪く言いながら面倒見が良いことを知っているからだ。
    「……あの子をマトリフが放っておけるわけないさね」
    「大丈夫かのう?」
    「マトリフはあんたが一度ここを出て行った事を気にしてるんだ。ああ言っててもちゃんと面倒を見るだろうよ。どうもあの子はあんたに似ている気がしてしょうがないからね」
     生きてきた年月を感じさせる皺の刻まれた顔をカノンは綻ばせる。そこには長年の付き合いで愛憎を通り越した情があった。
    「マトリフがあんなに生き生きとしてるのは、あのアバンが来たとき以来だよ。ポップって子は、案外すごい逸材かもしれないね」
    「へぇ、まだそんな風には見えんがね」
     まぞっほはふと思いついて懐から水晶を出す。こっそりとマトリフとポップの様子を盗み見れば、喧嘩のように言い合っている二人の姿が見れた。二代目大魔道士の誕生まで、まだ道のりは長そうだ。

     ***

    「本っ当に呪文を教えてくれるんだよな」
     ポップは信用ならないという目つきでマトリフを見てくる。せっかく教えてやる気になったのに、生意気なことを言いやがるとマトリフは鼻で笑った。
    「さぁてな。そりゃ怠け者の修行の成果を見てからだ」
    「誰が怠け者だよ。全然修行をつけてくれないのは師匠のほうだろ」
     そうこう言っているうちに二人は鍛錬場についた。鍛錬場には他にも修行をしている者が何人もいて、マトリフとポップの登場にさっと場所が空いた。
     二人の修行は今やギュータの娯楽にさえなっている。滅多に修行をつけないマトリフと、外から来たポップの修行はギュータの人たちにとって大変に珍しいものだった。また、ポップが飛躍的にレベルアップしていく様子も、修行をする者にとっては刺激になっている。
    「さぁて、魔法力の勝負といこうか」
     それはお互いの魔法力をぶつけ合うもので、ポップは勝てたことがない。ポップどころかギュータでマトリフに張り合えるのはカノンくらいのものだった。
     しかしポップだって負けていない。チョコマに手伝ってもらい、魔法力を上げる自主練をしてきたのだ。
    「今日こそぜってーに勝ってやる」
    「おうおう、口だけはいつも立派だよなあ」
     お互いに魔法力を高め合い、その波紋がぶつかる。弾け合う音が鍛錬場に響いた。
    「ふん、どうやら真面目に修行してたみたいだな」
     ポップの魔法力は前回の修行のときに比べて格段に上がっていた。しかし全力を振り絞っているポップと、まだ余裕の表情を浮かべているマトリフでは、実力の差は歴然だった。
     やがてポップは競り負けて弾き飛ばされる。悔しがるポップに、マトリフは手を差し出した。
    「ちったぁやるようになったじゃねえか。教えてやるよ、ルーラをな」

     ***

    「難しいことはない。あのチョコマだってこんな小せえ頃に出来たくらいだ」
     そう言ってマトリフは手を広げる。まだ幼児と言えるほどの大きさが示されて、ポップはややムッとした。チョコマはよくポップの修行を手伝ってくれる姉のような存在で、その魔法力も呪文も優れているのはポップもわかっている。しかし幼児と比べられたのでは繊細な年頃のプライドは刺激された。
    「いいから早く教えてくれよ」
     ついつっけんどんな言い方になったポップをマトリフがジロリと睨む。ポップはばつが悪くてつい俯いた。
    「まあいい。さっきやってた魔法力勝負、あれが出来てりゃルーラも簡単だ」
     マトリフはルーラの仕組みを説明する。ポップはうんうんと聞きながら、なるほど難しくないと感じた。
    「じゃあやってみろ」
     ポップは頷くと、頭の中に目的地をイメージした。それは三体並ぶ石像のてっぺんだ。いつも見ているからイメージもしやすい。そして魔法力そのものを全身から出す。説明を聞いた時は簡単そうに思えたが、ただ魔法力を放出するのと、全身から均等に放出するのではわけが違った。ポップの身体は不安定に揺れながら浮いたり落ちたりを繰り返す。マトリフは黙ってじっとその様子を見ていた。
     結局その日はルーラは成功しなかった。太陽が雲に下に沈んでいくのを見て、マトリフは修行の終了を告げた。
    「あ……ありがとうございました」
     床に座り込みながらポップが言う。その顔は汗が流れ、悔しさと焦燥が滲んでいた。マトリフはさっさと鍛錬場を後にしたが、ポップは座り込んだままだった。
     マトリフはそれから自室で本を読んでいたが、ふと思い立って鍛錬場に向かった。小さなメラで明かりをとりながら見れば、鍛錬場には人影があった。それがポップであることは、下手くそなルーラの軌跡でわかった。
    「なにやってんだよ」
    「あっ……師匠……」
     ポップはマトリフに見つかってビクリと肩を震わせた。その顔が暗く見えるのは明かりの小ささのせいではあるまい。ポップは俯き加減でぼそりと言った。
    「なにって、ルーラだよ」
    「んなことわかってら。なんでこんな時間までやってるんだ」
     マトリフが言うとポップは口を尖らせて顔を逸らせた。マトリフは溜息をつくとポップの隣に腰を下ろす。
    「お前、魔法は誰のために使うと思う」
    「誰のため……?」
    「そうだ。お前は誰のために魔法を使うつもりなんだ」
    「どういうことだよ。そりゃあ魔物が襲ってきたら身を守るために使うだろうけど」
    「パーティーで行動しているときだ」
     ポップは意味がわからなくて黙り込んだ。マトリフはポップの肩に手を置いた。
    「……いいか。お前は魔法使いだ。魔法使いは仲間のために魔法を使わにゃならん。お前の魔法が仲間を助けるからだ。そのためにはな、まずお前は自分を大事にしなきゃならない」
    「えっ……」
    「寝ずに修行なんてしてみろ、次の日には魔法力も回復してなくて、ただの弱っちい役立たずの出来上がりだ」
     マトリフはポップの頬を指で摘む。まだ幼さを残した少年の柔らかい頬を、遠慮なくぎゅうぎゅうと摘みあげれば、ポップは悲痛な声を上げた。
    「いたたたたっておい! 痛ぇよ師匠!」
    「わかったらもう休め。そんなに修行してぇなら明日からみっちりしごいてやるから楽しみにしてろ」
    「えー、そんなぁ」
     ポップは頬を押さえながら立ち上がる。そこには先ほどまで悩んでいた表情の暗さはなくなっていた。そのことにマトリフは安堵する。誰でも抱える弱さというものに、今度こそ寄り添ってやりたかった。

     ***

     それはポップがルーラの練習をはじめてから十日ほど経った頃だった。
    「おいポップ」
     マトリフに呼ばれてポップはゆっくりと下降した。今はトベルーラの練習中で、鍛錬場の上空を飛び回っていたところだった。
    「なんだい師匠」
    「お前にやる」
     そう言いながら差し出されたのは杖だった。それにマントとベルトもある。
    「え? おれに?」
    「ここのところ熱心に修行してたからな」
     差し出されたのでポップは受け取ったが、どうも使い古したものに見える。もしかしてもの凄く防御力が高いのだろうかと、訝しげにそれらを見た。
    「へぇ、ありがたく使わせてもらうよ」
     ポップはさっそくマントとベルトをつけてみた。杖は伸縮するようで、構えてみたら中々しっくりとくる。ところがベルトはよく見れば変なバックルがついていた。後でこっそり外そうとポップは考える。そのせいでマトリフが意地悪く笑うのを見逃していた。
     
     ***

    「あれ、どう思う?」
    「迷子防止紐かのう」
     マトリフとポップの様子を見ながらカノンとまぞっほは言う。このギュータで修行をつんだカノンと、魔法グッズには詳しいまぞっほは、マトリフがポップに渡したベルトについてもちろん気付いていた。そのベルトにはマトリフの魔法力が込められており、一種の目印になっている。
    「兄者も意外と心配性なんじゃの」
     ルーラの亜種にリリルーラという呪文がある。本来はダンジョンなどで仲間と合流するために使うが、より精度を上げるために目印をつけることがある。マトリフはその目印として、自分の魔法力を込めた物を装備させたのだ。しかもポップの意思では外せない呪いまでかかっている。
    「ルーラを使える魔法使いはどこへだって気ままに行ってしまうからね」
     カノンの言葉にまぞっほは苦笑いをする。まぞっほはルーラは使えないが、かつて夜逃げのようにギュータを抜け出した。そしてマトリフもルーラで世界中のどこへだって行ってしまう。彼らがそうやって出ていったことを、一番身に染みているのはカノンだった。
    「マトリフもようやくルーラの厄介さを痛感したようだね」
    「だから兄者はポップにルーラを教え渋っておったのかな?」
    「さあね。とにかくあの坊やだってルーラを使えるようになった以上は、いつどこへ飛んでいくかわからなくなったんだ」
    「やっぱり迷子紐じゃの」
     カノンとまぞっほは顔を見合わせて笑う。けれど二人にははじめての弟子に四苦八苦しているマトリフと、そのマトリフからの愛情にまだ気付いていないポップを見守る温かな視線があった。

     ***

    「えっ、家に?」
     ポップがマトリフに提案されたのは帰省だった。
    「近場へのルーラは完璧になっただろう。だから次は遠方へ行ってみろ。ルーラはイメージが大事だからな。自分の家ならイメージしやすいだろ」
    「でもよぉ、おれは家出同然で旅に出ちまったからさ。帰ったら親父に何されるか……」
     想像しただけでポップは顔が青くなる。いくら強力な呪文が使えるようになっても、やはり親の存在は大きかった。
    「とにかく行ってこい。なんなら暫く家で親に甘えてこいよ」
    「おれの話聞いてたのかよ。歓迎されるわけねーって」
     ポップは渋ったが、マトリフにどやされて結局ルーラを唱えた。しかし、やはり家に帰ることは躊躇われたので、行き先は違う場所だった。
     ポップがルーラで降り立ったのはとある森だった。そこはアバンとの旅の途中で立ち寄った場所で、特徴的な地形だったのでよく覚えていた。
    「今さら帰れねぇよなあ」
     深い溜息と共にポップは呟く。遠距離のルーラの成功なんて気にも留めず、どうやったら親に怒られないかと悩んでいた。
     まあ適当に時間を潰してから戻ればいいか、とポップは日向に寝転がる。近頃はすっかり修行に打ち込んでいたから、のんびりと昼寝なんて久しぶりだった。
     日が陰ってきた寒さでポップは目を覚ます。あたりを見れば夕暮れが近かった。これは少々寝過ぎたと立ち上がって砂を払う。そろそろギュータに戻るかと思ったその時だった。
    「なんだ?」
     ポップは不穏な空気を感じて顔を上げた。見れば暗雲が立ち込めている。あたりは急に暗くなり、肌にびりびりと圧迫されるものを感じた。ポップは底知れない恐怖を覚えて後退る。
     そのとき、一筋の稲光が天地を突き抜けた。同時に地響きが襲う。これは只事ではないとポップは空に飛び上がった。
     するとその行く手を阻むように何者かが立ちはだかった。黒衣を纏った姿はポップよりずっと大きい。その強さが実際よりずっと大きく感じさせた。気圧されたポップは震える。すると黒衣の男が口を開いた。
    「……どうやら人違いのようだな。この辺りに気配を感じたのだが」
     低い声はつまらなさそうに呟いた。見ればその男は魔族だった。見るからに強そうなその魔族は、瞬時に両手に獄炎をまとわせた。
    「退け虫けら。燃えても知らんぞ」
     言い終わると同時に閃熱呪文がポップめがけて放たれた。ポップは咄嗟に相殺しようとしたが間に合わない。
     だがその閃熱呪文がポップに届くより早く、ポップの前に立ちはだかる人影があった。その特徴的なフォルムを、ポップは相殺される閃熱呪文の光の中で見ていた。
    「師匠……?」
     閃熱呪文が消滅して、ポップはかざしていた手を退けた。庇うようにポップの前に立つのはマトリフで、そのマトリフは魔族を見て口の端を歪めた。
    「てめえはアバンが倒したはずだがな。三流魔王さんよ」
    「……いつぞやの魔法使いか。小癪な」
    「魔王って……こいつが魔王なのかよ」
     眼前の魔族が魔王であること、その魔王と師匠が面識があることにポップは驚く。しかもその魔王を以前アバンが倒したこという。
    「魔法使いだけで魔王に挑むつもりか? 随分と舐められたものだ」
    「ひッ!」
     魔王の迫力にポップはすっかり縮み上がる。ポップはマトリフの陰にさっと隠れた。マトリフのマントを掴むポップの手はガタガタと震えている。マトリフはポップを一瞥すると、杖を持った手を高く掲げた。
    「まあ、やってみるさ。せっかくてめえを倒すために考えた呪文を、ここで試してやろうじゃないか」
     マトリフの魔法力が一気に膨れ上がる。その威力に気付いて魔王は構えた。
    「何をするつもりか知らんが、人間ごときがオレに勝てると思うなよ」
    「その人間に倒されたから、てめえは三流なんだっての」
     マトリフの手から魔法が放たれる。それはスパークしながらあたりを照らし、魔王めがけてはしっていった。ポップの目はその光線に眩む。思わず目を瞑ったら、身体がぐんと引っ張られる感覚がした。
     
     ***

     ポップが目を開けたら、そこはギュータだった。
    「あ、あれ?」
     ポップはあたりを見渡す。そこはやはり見慣れた夕暮れどきのギュータで、魔王の姿はない。そしてそれが師匠のルーラで移動してきたからだと遅れて気づいた。
    「いい加減離せ」
    「えっあ……」
     ポップは無意識に握りしめていたマトリフのマントを離した。
    「し、師匠が魔王をやっつけたのか……?」
    「はあ? さっきのはただの目眩しだよ。逃げるためにやっただけで、ハドラーには傷ひとつついてないだろうな」
     まだ魔王が生きていることに背筋が凍る。そしてポップは自分が魔王を前にして師匠の陰に隠れたことを思い出した。ただ恐怖に固まって、これまで師匠に教わってきた呪文のひとつも出せなかった。きっと師匠は呆れただろう。普段から口ばかりだと師匠に怒られているが、本当にその通りだった。
    「師匠……おれ……」
     ポップは言い繕おうとしたが、急に腰が抜けてその場に座り込んだ。見れば足がみっともなく震えている。ギュータにいれば安心だと思った途端に恐怖が込み上げてきた。
    「あれが魔王ハドラーだ。どうだ、怖かったか?」
     師匠の言葉にギクリとする。ギュータの教えはポップも聞いていた。それを自分が守れていないことも、痛いほどわかっていた。
    「……怖かった……やっぱりおれは駄目だ」
     おれはただの武器屋の倅で、特別な力なんて持っていない。家を飛び出してアバンについてきたが、正義のために戦おうなんて勇気は持ち合わせていなかった。
     そのとき、ポップの頭に温かな手が置かれた。それが師匠の手であることにポップは驚く。師匠の手はポップを小突くことはあっても、こんなふうに優しく撫でることなんてなかったからだ。
     マトリフはポップの横に腰を下ろすと、さっきポップの頭を撫でていた手を見せてきた。
    「オレも怖かった。見ろよ、まだ震えてやがる」
     マトリフの言うように、その手は小刻みに震えていた。不遜が服を着て歩いているような師匠にも、怖いものがあったらしい。しかしマトリフの感じた恐怖が、弟子を失うことへの恐れだったことにポップは気付いていない。マトリフが即座に逃げを選んだのも、ポップを庇いながら戦うことは無理だと判断したからだった。
    「でも師匠はすごく強いんだろう?」
     それは里のみんなが言っていたことだった。ポップは気軽に接していたが、マトリフは里の者からはマトリフ様と呼ばれて石像まで立っている。その強さは里でトップクラスなのだと聞いていた。
    「あの場で戦って勝機はなかった。逃げ果せただけで上出来だ」
    「ハドラーは追ってこないかな」
    「さあな。とにかく、こっちも準備が必要だ」
    「準備って?」
     ポップがたずねると、マトリフは空に向かって顎をしゃくった。ポップがそっちを見ると、ルーラの軌跡が見えた。それはこちらに向かって飛んでくる。ポップは魔王が追って来たのだと思って叫び声を上げた。
    「おや? まだ臆病は克服してないようですね」
     ところが聞こえてきたのはよく知った声だった。見れば立っていたのはアバンで、ポップは慌ててマトリフの陰から飛び出した。
    「アバン先生!」
     アバンはマトリフと視線を交わして頷いている。真剣な表情だったが、すぐにいつもの調子の良い笑顔に戻った。
    「元気そうでよかったですよポップ。修行の成果は後で聞かせてくださいね。その前に紹介したい子がいるんですよ」
     そう言ってアバンは自分の後ろを振り返る。見ればアバンの後ろに少年が立っていた。
    「ダイ君です。あなたの弟弟子ですよポップ」
    「よろしくポップさん!」
     頬に十字の傷、方々に跳ねた黒い髪の少年がポップに手を差し出していた。

     ***

    「どうしたのポップさん?」
     ダイの呼びかけに、ポップは口をへの字に曲げた。
    「さん付けなんてするなよ。ポップでいいって」
     今はギュータのポップの部屋にダイと二人きりだった。アバンとマトリフはあれからすぐに二人でどこかへ行ってしまった。ギュータはマホカトールが張られているから安全だという。
     ポップはダイを連れてギュータの中を一通り案内したが、その最中も魔王のことが忘れられない。アバンとマトリフがどこへ行ったのかも気になっていた。
    「ダイは勇者なんだって?」
    「うん。まだ修行の途中だけどね」
     アバンはポップをマトリフに預けてからデルムリン島へ向かったらしい。そこで出会ったのがダイで、勇者の特訓をしていたという。ハドラーが現れたときもその森の近くで修行していて、ハドラーと対峙していたマトリフがルーラを唱えたのを見たらしい。その後ハドラーが姿を消したので、アバンはギュータへと訪れたという。
     しかし、ポップは何か気に入らない気がしていた。アバンはポップに魔法使いの修行と言ってマトリフの元へ預けたが、その間に勇者を育てていた。まるで厄介払いされたように感じる。そう思うがゆえにダイに対して少々やっかみを感じていた。
    「ダイはどんな修行してんだよ」
    「えっとね、スペシャルハードコースってアバン先生は言ってた」
    「げッ!」
     スペシャルハードコースとはたった一週間で勇者になれる、というとんでもない修行であることはポップも知っていた。それゆえに無茶苦茶に辛い修行である。
    「すごいなお前」
     ポップは思わず本心で呟いた。
    「ポップもすごい魔法使いのところで修行してるって聞いたよ」
    「ま、まあな。おれは師匠の元でみっちり魔法を教わってるからな」
    「どんな呪文ができるの? おれのじいちゃんも魔法を使うんだけどさ、おれは全然使えないんだ」
     ダイは目を輝かせながら言う。その純粋さに、ポップは自分のちっぽけな嫉妬心が馬鹿らしくなった。
    「なんなら鍛錬場で見せてやってもいいんだぜ」
    「え、いいの?」
    「その代わりにお前もどんな技が出来るのか見せてくれよな」
    「うん、いいよ!」
     並んで鍛錬場へ駆けていく頃には、二人はすっかり打ち解けていた。

     ***

     マトリフとアバンがギュータに戻ってきたのは翌朝になってからだった。マトリフのルーラの着地音を覚えているポップは、その音を聞いてすぐに外に向かった。
    「おぉ、ここも久しぶりだな」
     大きな声が聞こえて立ち止まる。ルーラで来たのはアバンとマトリフだけではなかった。
    「ええ、でも変わっていないわ」
    「ロカおじさんに、レイラおばさん?」
     ポップは二人がいることに驚いて声を上げた。ロカとレイラはアバンの友人だ。ポップもアバンとの旅の途中にネイル村に立ち寄ったことがある。
    「久しぶり、ポップ」
     そう言って顔を見せたのはマァムだった。ロカとレイラの娘であるマァムもアバンの教えを受けており、ポップの姉弟子にあたる。ネイル村滞在中もなにかとポップの面倒を見てくれた。
    「どういうことだよ」
    「ハドラーが復活したと聞いちゃあ黙ってられないからな。また俺たちで倒してやるさ」
     見ればロカは剣まで持っていた。それまで黙っていたマトリフがそれを聞いて肩をすくめた。
    「自分の歳を考えろよな」
    「お前が言うなよ。しばらく会いに来なかったから死んじまったんじゃねーかって心配してたんだぜ」
    「ふん、オレのほうがお前より絶対に長生きするぜ」
     ロカとマトリフがそうやって言い合う様子は気心の知れた仲に見えた。
    「ごめんなさいねポップ君。アバン様が黙ってて欲しいって仰るから内緒にしてたけど、私たちは昔にパーティーを組んでたの」
     レイラが悪戯っぽく笑う。ポップは目の前に並ぶ大人たちを順番に見て言った。
    「じゃあ魔王を倒したのって、アバン先生と、ロカおじさんとレイラおばさんと、師匠ってことなのか?」
    「そういや言ってなかったな」
     マトリフがケケケと笑いながら言った。
    「ブロキーナの大将もいるんだが、今どこにいるんだか」
    「私が探しに行きますよ。ここよりは見つけやすい場所ですからね」
     ポップは自分の親しい人たちがすごい人物だったと知って、すっかり言葉を失ってしまった。すると横にいたダイがぴょこんと飛び上がった。
    「じゃあ先生たちが勇者様ってこと!?」
     ダイの目がキラキラと輝いている。そういえば勇者に憧れていると聞いたばっかりだ。
     かつての勇者パーティーと、新しい勇者パーティーが向かい合う。アバンはみんなを見渡してから厳かに口を開いた。
    「知っての通り、魔王ハドラーが復活しました。しかも以前よりも力をつけているようです。みんなの協力がなければ打ち勝つことは出来ないでしょう。そのためにも……」
     アバンの重々しい言葉に、ポップは気を引き締めた。事態の深刻さが身に染みる。みんながアバンの次の言葉を待っていた。
    「まずは朝食にしませんか? 腹が減っては戦はできぬと言いますからね」
     その言葉に一同の表情が和らいだ。ロカが呆れたようにアバンを肘で突く。
    「ほんとお前は変わらねえよな」
    「どんなときも食事を疎かにはできませんよ」
     アバンはそう言うとかけていた眼鏡を外した。その目を雲に覆われた外へと向ける。
    「それに、迎えに行かなければならない子が、もう一人いるんですよ」
     
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     そんな二人の会話を聞いていた一体のモンスターが不満をありありと孕んだ声色でもって割り込んだ。
     「ほう。君の言うザコとは私のことも含まれているのかな?」
     トロルの群れの向こう側から青色の肌をしたさらに巨大な体躯が現れた。眼鏡を中指の鋭利な爪で押し込んで歩み寄ってくるその理知的な動作とは裏腹に額には幾つもの血管が盛り上がっていた。
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