君に渡すひとつの指輪「師匠〜!」
元気のいい声が外から響いて、ガンガディアは読んでいた魔導書を閉じた。
「いらっしゃいポップ君」
「おじゃましまーすって、あれ、師匠は?」
ポップは洞窟内を見渡してマトリフがいないことに気づいた。ガンガディアは立ち上がるとポップに椅子をすすめる。
「大魔道士は出かけている。だがすぐに帰ってくるだろう。かけたまえ。お茶を淹れる」
「そっかー。あ、これお土産」
ポップは椅子に腰掛けると手土産を机に並べた。それらは焼き菓子で、アバン特製のものだろう。それに合う茶葉があったはずだとガンガディアは棚の中を探した。
「師匠どこ行ってんの?」
「ベンガーナだ。探し物だと言っていたが」
「じゃあ帰ってくんの遅いんじゃねえの?」
「いや、きっともうすぐだ」
ガンガディアは洞窟の外へと視線を向ける。すると外からルーラの着地音が聞こえた。マトリフは洞窟へ入ってくると真っ直ぐにポップのところへ来た。
「なんでぇ、来てたのか」
「来ちゃ悪いのかよお」
マトリフはポップを見て呆れたように言う。ポップはこの洞窟へはよくやって来るが、その度に同じようなことを言い合っていた。
ガンガディアはポップの横にマトリフの椅子を置く。マトリフが手ぶらであるのを見てガンガディアは訊ねた。
「希望の品はあったかね?」
「いんや。探してもねえから切り上げて帰ってきた」
マトリフがどっかりと席に着く。ガンガディアは三人分の茶を机に並べた。
それからしばらく三人でお茶を飲みながら世間話をした。主に喋っていたのはポップで、長々と宮廷での愚痴を語っていた。ガンガディアには人間たちの、しかも王宮での出来事は未知の領域なので聞いていることに徹しているが、マトリフはポップの話を聞いては言葉少なにアドバイスをしている。ポップもマトリフに聞いて欲しくて来ているのだろう。
やがて夕暮れ時になった。ポップは長居しすぎたと言いながらマトリフに別れを告げた。マトリフは疲れたから寝ると言って寝室へと引き上げていく。
「表まで見送ろう」
ガンガディアはポップと一緒に洞窟を出た。ポップはすぐにルーラを唱えず、ガンガディアをちらりと見上げた。
「そういえばさ、師匠の探し物って何なんだ?」
ポップはずっとそれが気になっていたようだ。だがマトリフには直接聞けなかったらしい。しかしそれはガンガディアも知らないことだった。
「彼に聞いても教えてくれなくてね。大魔道士が言いたくないなら詮索はしないつもりだ」
「そっか。疲れてたみたいだし、愚痴聞いてもらって悪かったかな」
ポップは気にしたように洞窟を振り返っている。
「いや、君が来ることを大魔道士は楽しみにしている。遠慮せずに来るといい」
「そういやさ、さっきはなんで師匠がすぐ帰ってくるってわかったんだ?」
ポップが不思議そうに言う。どうやらポップはあのことを知らないらしい。そうであればガンガディアから言わないほうがよさそうだ。
「……そんな気がしただけだ」
「へえ〜、それも愛の力ってか?」
ポップは肘でガンガディアを突きながら言う。そのポップの腰にはマトリフ印のベルトがあった。それには呪いがかかっていてバックルが外せなくなっている。だがそのベルトはただの呪いのベルトではなかった。特殊な呪文がかかっていて、身につけた者の位置がわかるようになっている。そのためマトリフはポップがいる位置を知ることができた。だからマトリフはポップが洞窟にやって来たと気付いて、探し物を切り上げてまで戻ってきたのだ。
マトリフは常日頃からポップを案じている。だから彼が洞窟へやって来たらどこにいても必ず戻ってくる。ガンガディアはそれ見越してマトリフはすぐに帰ってくると言ったのだ。だがそんなことをマトリフはポップには言わないし、ポップもまだ気付いていない。だったら言わないでおこうとガンガディアは思っていた。
「愛の力、か」
ガンガディアはポップを見る。元気で可愛らしい少年だ。マトリフが気にかけるのも頷ける。ガンガディアは眼鏡を指で押し上げた。
「確かに私は彼を愛している」
「お、惚気なら聞くぜ」
「だが彼は私を愛してはいない」
「え?」
ポップは驚いた顔をしてガンガディアの腕を掴んだ。
「それ師匠が言ったのか?」
「いや。しかし彼を見ていればわかる」
人間嫌いのマトリフにも、大切に思う人間がいる。マトリフの彼らに対する愛情はわかりやすいものではないが、見ていれば彼がどれほど深い愛情を持っているのかがわかる。今のガンガディアにとってはマトリフが誰かに向ける愛情すら愛おしい。それを大切にしたいと思っている。たとえその愛情が自分へは向かなくともだ。
「彼は私と生活を共にしてくれるが、それは私が人間ではないからだろう。きっとその方が彼にとっては気楽なんだ」
「気楽って……師匠があんたを生き返らせるのにどれほど苦労してたかわかってんのかよ」
「苦労? 彼は簡単だったと言っていたが」
ガンガディアが黄泉の世界から引き戻されたとき、マトリフは得意げに笑って「やっぱオレは超天才だな」と言っていた。死者蘇生の呪文を見つけて試してみたくなったらしい。それで遺灰を残していたガンガディアを蘇生させたという。
ポップはなにやら複雑な表情をした。困惑、呆れ、怒り、そんな感情が読み取れるが、理由はわからない。しかしポップはその表情をすぐにいつもの人好きのする笑みへと変えた。
「ちゃんと師匠と話し合ったほうがいいぜ」
「何を話し合う必要がある。問題は何もない」
「……余計なお節介かもしれねえけど、あんたの思いは師匠に伝えたのか?」
「愛してると? いいや。彼に迷惑はかけたくない」
「それ、迷惑じゃないかもよ?」
何を馬鹿なことを言うのだろうとガンガディアは思った。トロルから愛の告白をされて迷惑ではない人間などいない。ポップは聡明だがやはりまだ子供だから、その辺りのことがよく理解できないのかもしれない。
「おれはてっきり二人は恋人なのかと思い込んでたんだけど」
「おかしな思い込みだ」
「いやいや、だって二人は熟年夫婦みたいな雰囲気だぜ」
「人間の夫婦については詳しくないのでわからない。ただ私は彼と共に過ごせて嬉しく思っている」
ポップはまだ何か言いたそうだったが、今は言うのをやめたらしい。じゃあ、と手を振ってルーラを唱えた。
ガンガディアはポップの飛び去っていく姿を見ながら、やはり羨ましいという思いが抑えられなかった。もし自分がトロルではなく人間だったら、あんなふうにマトリフからの愛情を貰えたのだろうか。
だがそれは考えても仕方のないことだった。もっと建設的に考えるべきだろう。あの二人の関係において見習う部分があるかもしれない。
そこでふと、ガンガディアはあることを思いついた。
***
探し物だと言ってマトリフが出ていった昼下がり。ガンガディアも洞窟を出るとルーラを唱えた。
降り立ったのはランカークス村のはずれの森の小屋の前。ロン・ベルクとその弟子の武器工房だった。静かな森に金槌の音が響いている。
ガンガディアは身を屈めるとドアをノックした。すると金槌の音が止んで弟子であるノヴァがドアを開けた。
「ガンガディアさん、出来てますよ」
ノヴァは額に浮かんだ汗を拭うと、すぐに張り切った様子で小箱を持ってきた。その中にガンガディアが制作を依頼したものが入っている。
「見せてくれ」
ノヴァが箱の蓋を開ける。そこにはひとつの指輪があった。金色で幅が広く、よく見れば鱗模様があしらわれている。それはガンガディアが希望した通りの出来だった。
「素晴らしい」
ガンガディアはその小さな箱をそっと受け取る。ガンガディアからすれば、その箱は気をつけないと落としてしまいそうなほど小さい。そして指輪はもっと小さかった。
「サイズが合えばいいのですが」
ノヴァは心配そうに指輪を見ている。ガンガディアはそっと箱の蓋をしめた。
「大丈夫だ。私の見た限り、この指輪は大魔道士の指にぴったりだ」
ガンガディアは懐から金貨の入った袋を取り出すとノヴァに差し出した。ノヴァはその量に驚いて目を丸くさせる。
「いい仕事をしてくれた礼だ。受け取ってくれ」
「いくらなんでも多すぎます!」
「無理を言った分を多めに入れてあるだけだ。君はこの報酬に似合う仕事をしてくれた」
なかば押し付けるようにノヴァに金を渡した。ノヴァは受け取ったものの困ったような顔をしている。すると小屋の奥からロン・ベルクが出てきた。
「受け取っておけばいい。無茶な注文だったんだからな」
「先生、でも」
「これで暫くは酒代に困らん。その指輪は今から渡しに行くのか?」
「大魔道士が帰ってきたら渡そうと思う」
「指輪は申し分ない出来だ。それで振られても指輪のせいにしてくれるなよ」
ロン・ベルクの言葉にノヴァが感激したように目を潤ませている。指輪の出来を褒められたことが嬉しいらしい。
「指輪の出来に関しては同じ意見だ。きっと大魔道士も気に入ってくれる」
ガンガディアは礼を言って帰ろうとして、ふと思い出して二人を見た。ガンガディアはこの指輪の制作を依頼するために何度か工房を訪れて二人を見ているが、この師弟は仲がよかった。マトリフとポップも良い師弟関係だが、それとはまた違った様子だ。
「君たちのような仲の良さを、熟年夫婦のようだと喩えるのだろうか」
ガンガディアは真面目に訊ねたが、ロン・ベルクは一瞬間を置いてから声を上げて笑った。見ればノヴァは顔を赤くさせている。
「どちらかと言えば、オレたちは新婚夫婦だな」
「先生!?」
「はは、冗談だよ坊や。冗談くらいは知っているだろう」
ロン・ベルクはまだ笑いながらノヴァを見ている。ノヴァは恥ずかしさに顔を赤くしながらも、本気で怒ってはいなさそうだった。ガンガディアはロン・ベルクに笑われた理由も、ノヴァが恥ずかしがる理由もわからない。
「ポップ君に熟年夫婦のようだと言われたことがある。仲が良い喩えかと思ったが、違うのだろうか」
「違いはしないさ。その指輪を渡せば、いずれお前さんたちもそうなる」
ロン・ベルクの言葉の意味をガンガディアは理解できなかった。ガンガディアは今度こそ礼を言ってルーラで飛び立った。
だが洞窟に戻ったガンガディアを待ち受けていたのは不機嫌なマトリフだった。いつも探し物へ出かけたら暫くは帰ってこないのだが、今日は随分と早くに帰ってきたらしい。
「お前が出かけるなんて珍しいな。どこ行ってたんだよ」
マトリフは一見すると冷静なようだが、纏う雰囲気が機嫌の悪さを表していた。だがガンガディアはなぜマトリフが怒っているのか見当もつかない。とにかく原因を探ろうと持っていた小箱を懐に入れた。
「ランカークスのはずれにある鍛冶屋に行っていた」
「ロン・ベルクのとこか」
マトリフはじっとりと湿度を含んだような視線をガンガディアに向けた。何か疑いをかけられているのだろう。そこでガンガディアは向けられた疑惑に気がついた。
「ああ、そうか。誤解しないでほしいのだが、私は武器を頼んだのではない」
蘇生させられてからガンガディアは武器の類は持っていなかった。以前は棍棒を所持していたが、今は必要ないと思っていた。きっとマトリフはガンガディアが武器を得ようとロン・ベルクに会いに行ったと思ったのだろう。
「んなことは最初っから疑っちゃいねえよ」
マトリフはさらに不機嫌さを増した。ガンガディアは棘だらけの花を持つような気持ちになる。
「ではなぜ怒っている」
「怒っちゃいねえさ。お前が最近どこへ出かけてるか気になっただけだ」
どうやらこれまでもガンガディアがロン・ベルクを訪ねていたことをマトリフは知っていたらしい。いつもマトリフの不在を狙って出かけていたからバレるとは思っていなかった。
やはり隠すべきではなかった。しかしマトリフがこの指輪を気に入らないかともしれないと思うと言い出せなかった。だが出来上がった指輪を見て、ガンガディアはようやくマトリフに指輪を渡す決心をした。
「黙っていたことは謝る」
「謝ってほしくなんてねえんだよ。そんなに魔界の名工が気に入ったならランカークスへ行けばいい。それとも気に入ったのは弟子の方か?」
「何の話をしている。私はそんな事は一言も言っていない」
「せっかく生き返ったんだ。こんな洞窟になんてこもってねえで好きなとこに行けばいいじゃねえか」
「いい加減にしたまえ!」
つい怒鳴ってしまってガンガディアはハッとする。しかしマトリフはわざとガンガディアを怒らせていた。なぜマトリフがそんな態度を取るのかがわからない。
「話がおかしなことになっている。私はあなたと喧嘩がしたいわけではない」
ガンガディアの言葉にマトリフは口をつぐんだ。そしてふいと顔を背ける。
「……頭を冷やしてくる」
マトリフはそう言うと洞窟を出ていってしまった。
***
ガンガディアは小箱を見つめながら、なぜこんな行き違いになったのだろうかと考えた。
マトリフはガンガディアの行動が気に入らなかったのだろう。隠すような行動を取ったせいだと思うが、なぜロン・ベルクやノヴァのことにまで言及したのかがわからない。人間が感じる嫉妬という感情に似ているが、それは自分に向けられたい愛情が他者に向いているときに感じるものだから違うだろう。
マトリフはまだ戻ってこない。頭を冷やすと言って出ていってからもう数時間が経つ。ガンガディアは洞窟を出て空を見るが、マトリフがルーラで帰ってくる姿は見つけられなかった。
日が暮れていく。ガンガディアは焦れながらマトリフが帰ってくるのを待った。だが夕陽が海の向こうに沈み、あたりが暗くなってくると居ても立っても居られなくなる。
きっと友人の所にいるのだろう。話し込んで遅くなっているだけだ。あるいはどこかの酒場で酒を飲んでいるのかもしれない。もしそうなら酔いが覚めるまで帰らないだろう。飲みすぎて具合を悪くしていないだろうか。過ぎる酒は体に悪いと言っても、マトリフはそんな忠告は聞きはしない。酔い潰れてどこか道端で眠り込んでいたら大変だ。
ガンガディアは焦燥に拳を握る。やはり探しに行こうと決心し、夜空に向かってルーラを唱えた。
しかしマトリフはどこにもいなかった。マトリフが親しくしている人間たちを訪ねて回ったが、誰もマトリフは来ていないと言う。人間にモシャスしてマトリフ行きつけの酒場も何軒か回ったがそこにもマトリフはいなかった。もしや帰っているかと洞窟に戻ったが、マトリフはいなかった。
無事ならいい。だがマトリフは体が悪い。もし具合を悪くさせて、近くに助けてくれる人が誰もいなかったら。
ガンガディアは洞窟を出て月を見上げる。荒れる感情をどうにか抑えようと奥歯を噛み締めるが、感情が溢れてきて力任せに地面を殴りつけた。大きく地面が割れ、付けていた腕輪にヒビが入る。だがそんなことはどうでもよかった。こんな時ほど冷静にならなくてはと思うが、マトリフが心配で冷静になんてなれなかった。
ガンガディアはなんとか息をつく。もう一度アバンのところへ行ってみよう。もしマトリフがいなくても手助けを頼めば一緒に探してくれるはずだ。
だが飛び立とうとしたガンガディアの横に一条の光が落ちてきた。それはマトリフのルーラだった。
「大魔道士!」
ガンガディアは思わずマトリフの体を両手で掴んだ。ふわりと酒の匂いがする。やはり酒を飲んでたのかとガンガディアが思っていると、マトリフが勢いよく顔を上げてガンガディアを見た。
「大丈夫なのか?!」
「……何が?」
マトリフはガンガディアを上から下まで見て、腕輪にヒビが入っているのを見つけた。そして地面が酷い有様だと気付く。そこでガンガディアはヒビの入った腕輪にマトリフの魔法力を僅かに残っていることに気付いた。まるで呪文の残り香のようだ。マトリフはこの腕輪に何か呪文をかけていたのだろうか。
「洞窟の前の地面を割ってすまなかった。君が帰ってこないのが心配で気持ちが荒れてしまった」
マトリフはそこで自分の失態に気付いたような顔をした。ガンガディアの手から逃れようと身を捩る。だがガンガディアはマトリフを離さなかった。手を離せばまたどこかへ行ってしまうような気がしたからだ。
「あなたに渡したいものがある」
ガンガディアは懐の小箱に手を伸ばした。もっと早くにこの指輪を渡しておけば、こんなことにはならなかっただろう。
ガンガディアはその場に膝をついてマトリフの手を取った。マトリフは驚いたようにガンガディアを見つめている。
ガンガディアはマトリフに見せるように小箱を開いた。指輪を見たマトリフが目を見開く。
「この指輪を貰ってくれないか」
「……おまえ、これ」
「ノヴァに頼んで作ってもらった」
「じゃあ、そのためにランカークスに」
「そうだ」
ガンガディアはマトリフを見つめた。マトリフもガンガディアを見つめ返している。
「受け取って貰えるだろうか」
「……いいぜ。お前がそう言うなら、貰ってやるよ」
「すまないが自分で指に通してくれないか。私が持つには小さ過ぎる」
マトリフは苦笑すると小箱から指輪を取って左手の薬指に嵌めた。やはりよく似合うとガンガディアは思う。マトリフも指輪を見て珍しく顔を綻ばせていた。ガンガディアは安心したように息をつく。
「これであなたがどこにいても見つけられる」
「……は?」
マトリフの笑みが固まった。
「その指輪に位置特定の呪文をかけておいた。これであなたがどこにいても私が迎えに行ける」
「はあ?!」
マトリフは怒り出す一秒前という表情でガンガディアを睨め付けた。
「あなたがポップ君のベルトにした呪文と同じだ。私もあなたのことが心配だったから」
最近のマトリフは探し物だと行って方々に出かけていた。ついてくるなと言われていたから同行もできない。ガンガディアはマトリフがまた如何わしい本に釣られて痛い目にあっていないかと心配していた。
「は?! おまえ……じゃあこの指輪ッ!!」
マトリフは怒り出して指輪を指から抜き取ろうとした。しかし指輪は抜けない。
「はずれねえじゃねえか!!」
「安心してくれ。誤って落とさないように呪いもかけておいた」
呪文と呪いがかけられるように指輪は特注である必要があった。そのためにノヴァに頼み込んで作ってもらった。
「ふざけんなっ!!」
「……やはり指輪は嫌だったかね? しかしあまり大きな装飾具ではあなたは装備できないだろう。ピアスでは身体を傷付けなければならないし、指輪なら小さく付けるのも簡単だ」
「お前……紛らわしいことすんな!」
「紛らわしいとは?」
「あんなふうに指輪を渡されたら……てっきり……」
「ん?」
「ッ……なんでもねえ……ちくしょう……オレの純情を弄びやがって……」
マトリフは急に元気を無くしたようにトボトボと洞窟の中へと入っていく。
「どうしたのかね。飲み過ぎか?」
「もう疲れた。寝る」
マトリフは何かを懐から出して机に置くとベッドへと潜ってしまった。ガンガディアは布団の上からマトリフの体を撫でる。
「水を飲んだほうがいい。食事はとったのかね?」
マトリフは答えずに布団を頭の上まで引き上げてしまった。
やはり人間の感情は難しい。
ガンガディアは机に置かれた小箱を見る。先ほどマトリフが置いたものだ。もしかしてこれがマトリフが探していたものだろうか。
箱の蓋は少し開いている。閉めておこうとガンガディアが手を伸ばしたら、指先が当たって蓋が完全に開いてしまった。
そこにあったのは指輪だった。だがどう見ても人間用のサイズではない。ちょうどトロルの指くらいのサイズだとガンガディアは思った。
何か特殊なアイテムだろうかとガンガディアは目を凝らして指輪を見つめる。だが呪文や呪いがかかっている様子はなかった。ただ何の変哲もない指輪のように思える。
「大魔道士、この指輪にはどのような効果が?」
ガンガディアの問いにマトリフは答えない。もう寝てしまったのだろう。ガンガディアはマトリフが起きたら聞いてみようと思った。