手「ちょっと手ぇ貸してくれ」
部屋の片付けをしていたマトリフに呼ばれて、ガンガディアは物置き部屋へと向かった。そこはマトリフの魔法道具などが無秩序に放り込まれており、足の踏み場もない。
「マトリフ?」
マトリフは魔法道具に埋もれているように見えた。手招きされたので魔法道具をかき分けながら進む。
「手ぇ出してくれ」
言われてガンガディアは手のひらを上に向けて差し出す。するとマトリフはその手にいくつかの魔法道具を乗せていった。発掘した道具を運び出したかったのだろう。
「もう片方の手もくれ」
「そんなに大荷物なのかね」
空いてる手を差し出すと、その手に乗ったのはマトリフだった。
「よし、いいぜ」
ガンガディアは左手に魔法道具を、右手にはマトリフを乗せて立ち上がる。どちらも大して重くなく、ガンガディアは部屋を出てからマトリフを下ろした。
「トベルーラで良かったのでは?」
マトリフは部屋の中へ入るときもトベルーラを使ったのだろう。魔法道具はともかく、自分は飛んで出ればよかったのではないか。
するとマトリフは少し口を尖らせてガンガディアを見上げた。
「お前の手のほうが良いに決まってるだろ」
どうやら先ほどのマトリフの行動は甘えたいがためのものだったらしい。それは気が付かなかったとガンガディアは認識を改める。人間の感情に関してガンガディアはまだわからないことが多い。
「私の手に乗るのは楽しいかね」
「楽しいんじゃねえよ。オレはお前の手が好きなんだ」
そう言ってマトリフはガンガディアの手をそっと掴む。ガンガディアから見れば小さなマトリフの手が、ガンガディアの指を撫でていた。
「なぜ?」
人間の恋や愛という感情は一番不可解なものだった。ガンガディアがそういう感情に疎いことをマトリフにも伝えてある。マトリフはそれでもガンガディアをそばに置いていた。
「なぜって、理由なんてねえけどよ。お前の手は良い手だよ」
ガンガディアは自分の手を必要以上に意識したことはなかったが、マトリフにそう言われると急に意識がいく。マトリフはまだガンガディアの指を撫でていた。
「私はあなたの手のほうが美しいと思う」
「おいおい、爺の手を美しいとか言ってんじゃねえよ」
「呪文を操るあなたの手は美しい。いや、何もしていなくても美しい」
ガンガディアはマトリフの手を取るとじっくりと見つめる。これほど美しい手は他には無いと思えた。
ガンガディアはマトリフの指をそっと持つ。少しの力で折れてしまいそうなのに、獰猛な呪文を作り上げる手だ。恐ろしくも愛おしい。
するとマトリフが指を絡めてきた。大きさの違う手が重なり合う。
「……だったら、揃いの指輪でもするか?」
マトリフはガンガディアの尖った爪を指先でつつく。マトリフはいつになく控え目な様子だった。
「私と揃いの指輪を?」
「嫌ならいいんだが」
「嬉しいよ。是非そうさせてくれ」
マトリフはほっとしたように顔を綻ばせる。どうやらガンガディアが断るのではないかと心配していたらしい。それは自信家のマトリフにしては珍しいことだった。
「ところで」
ガンガディアは姿勢を正してマトリフに向き直った。
「その揃いの指輪は、プロポーズと受け取って良いのだろうか? 返事は変わらないのだが」
そういう風習が人間にあることをガンガディアは知っていた。人間であるマトリフも、勿論知っているはずだ。
「……おまっ……知ってたのかよ」
マトリフは小さな声で呟きながら俯いた。両手で顔を隠している。少し見えた首筋が赤くなっていた。
「どうしたのかね。怒っているのか?」
人間は怒ると顔を赤くさせる。ガンガディアが人間のプロポーズを知っていては都合が悪かったのかもしれない。
「すまないマトリフ。プロポーズではなかったようだな」
「違っ……違わねえんだけどよぉ」
「ではプロポーズなのだな。謹んでお受けする」
「お、おう……」
マトリフはまだぶつぶつと小声で何か言っている。様子から見るに、マトリフは羞恥や葛藤を感じているらしい。人間の感情は複雑だが変わりやすい。お茶でも飲めば落ち着くだろう。
「お茶にしないかねマトリフ。先日カール産の茶葉を手に入れたのだが」
「ああ、頼むわ」
マトリフは疲れたように椅子に腰掛けると、目を細めてガンガディアを見つめた。その満足そうな表情に、ガンガディアは笑みを返す。これは幸せという感情だろうとガンガディアは思った。