Recent Search
    Sign in to register your favorite tags
    Sign Up, Sign In

    gt_810s2

    @gt_810s2

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 76

    gt_810s2

    ☆quiet follow

    7.六時間で崩された決意 教師によるSNSの巡回パトロール。昨今のインターネットトラブル増加と共に広まったそれは、いわば地域の見回りの延長線上で行われるようなものだ。学校名の検索に留まることもあれば、一人一人の本名やニックネームでアカウントを確認したり、地域のツイートをくまなく監視したり、各校、各教師の裁量によってさまざま。
     うちの学校も曲者ぞろいの生徒が多いことから(正直な話、なにか危ない目にあっても相手を袋叩きにして帰ってきそうな奴らばかりだが)校長が実施を定めた。世間体を気にするバカ校長らしい。何かあった時、学校側では最善を尽くしていました、何の対策もしていなかった訳ではありません、と言うための予防線。
     一人が担当するには生徒が多すぎるから、教頭が統括して各担任が自分のクラスを受け持つことになった。俺から言わせれば、悪さをするような奴が簡単にこっちの持っている情報で特定されるような内容を発信する訳がない、こんなことをしたって発見率などたかがしれているし、こちらが感知した頃には手遅れの可能性が高い――というのは、きっと自分がそれなりに大人に隠れて色々とやってきたから辿り着く発想なのだろうか。
     こんな面倒なことしていられるか、そう考えたのは古株の理科教師も同じようで、一瞬でSNSに溢れる生徒の名前と一致する投稿を一覧化出来るシステムを作っちまったから、正直やることはないのだが、なんせ片っ端からとってくる、しかもよくある名前の奴もそれなりにいる。だから『この投稿はうちの生徒じゃない』という目視確認が必要なのだ。
     あとは適当に近隣地域から発信された十代のツイートを集計し、一覧化する。それにもまた、同じような作業がいる。まあやはり『書き込みは我が校の生徒とは無関係です』と言えるようにしなくてはならない。週に一回、面倒だと二週間に一回。白目を剥きそうになりながら、居眠りをしながらスクロールするも、結局は『そうじゃない』ことばかりだった。
     だから、あの日は衝撃を受けた。きっと他の教師が同じ画面を見ていたら『違う』と判断していたはずだ。だがデフォルトアイコンとIDのつくり、簡潔な投稿内容、そういうのを見ていたら何故か俺には『そう』だとわかったのだ。目にした瞬間、俺は駆けだしていた。家に帰って、服を着替えて、途端に恥ずかしくなって必死なのがバレないように普段通りを装って、そこに行った。なけなしの五万二千円が無駄になることを祈りながら。
    ******************
    「オイ、何してんだ」
     もっと古い構造のホテルなら壁にひびが入っていたかもしれない、そういう低い声が誰のものだか理解するのに時間がかかった。少なくとも目の前にいる青年は響くが棘のない声をしていた。誰の耳にも不快にならない温厚な低音はきっと人の信頼を得るのに向いている。口調もあるかもしれないが、青年の性質がそうなのだろうと思った。
    「え? ……いや、どうやって」
    「どうやってもこうやってもねーよ。おたく、高校生連れ込んで何? 警察に連絡されるか鍵を渡して穏便に済ますかって聞きゃあ雇われ店長なんか保身のために差し出すさ」
    「……あぁ、貴方が、あの」
    「あ? なに、こいつ俺の話してんの」
     煙草を咥えていない口から出る言葉が耳に届くたび、肌に針が一本刺されるようだ。針が溜まった待ち針のように痛んだ箇所から動けなくなる。どうして罪悪感に苛まれているのか。学生なのにこんなところに来てしまったからか、あいつが教師だからか、それとも、はじめて唇に他人の体温を得る瞬間に男のことを考えてしまったからか。
     青年は俺と男を交互に見ると、身なりを整えはじめた。
    「帰ろうとしてんじゃねェよ、ただで済むと思ってんのか」
    「思ってますよ。貴方は彼の担任なんでしょう。もし大事にするつもりがあるのなら、貴方は警察と共にやって来てもいいはずだ。一介の教師がわざわざ脅迫まがいのことまでして乗り込んでくるはずない。……売春は、売った方の罪もある」
     全身から放つ圧をぶつけ合い競う二人を前にして、何を言えばいいのかわからない。手の皺から汗が滲んで、青年に与えられた熱はもうすっかり引いている。だが驚くことに、腹のうちにあるのは安堵だった。まるで男のことを待っていたかのように。
     青年は最初に会った時に浮かべた笑みを絶やさずに荷物を持って出て行った。最後まで男は睨みつけたまま。言葉を交わしたはずだが俺の耳には届かず、男の視線が俺に向くこともなかった。
    「帰るぞ」
     返事をせずにいると、男は勝手に俺の荷物を纏めて服を整え、腕を掴んできた。靴を足に引っ掛けただけで廊下に連れ出されて蹴躓いた。絨毯が敷かれた廊下に痕を残しながらエレベーターまで辿り着いて、今まで男が俺に合わせていたのだと気が付いた。歩く速さも、歩幅も、なにもかも。寒いから飲み物を買って帰ろうといつもと違う道のりを歩いた時でさえ、男は自然につま先を合わせていた。
     もう手に入らない今になってから惜しくなる。だが、途端に怒りが湧いてきた。中途半端にこんな感情にさせるぐらいなら、最初から与えなければよかったんだ。
    「邪魔しやがって」
    「はァ? 本気で言ってんのか」
    「家から出んのに金を稼ぐ手段が必要だったんだ。足のつかない金が。……親の監視下にない金が」
    「五百円で俺に身売りしてた奴の台詞じゃねェな」
    「うるせェ! お前に関係ねえだろ!」
    「おいおい、担任だぞ」
    「知るか。さっさと女のところに行けよ」
    「女ァ?」
     言い合いのうちに俺達を乗せた箱は一階へと辿り着いた。耳心地いい電子音がどうしてか俺を責めるように聞こえて、それ以上口を開くことは出来なかった。やはり強く掴まれた腕を振りほどけないまま、俺は六時間前に二度と訪れないと決意した男の家へ帰ることになった。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    👏👏👏🙏💕🙏💕🙏🙏
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works