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    gt_810s2

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    gt_810s2

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     着物で赤茶色の傷痕を隠し、鉛白色の管に繋がれた腕輪で実験動物のように状態を記録されている癖に高杉は何ひとつ気落ちした様子を見せなかった。らしいと言えばらしい。らしくないと言えばらしくない。
     苦痛や理不尽に声を上げて抗うのではなくすべきことを淡々と熟すところは知っている通りだが、納得いかないことを跳ねのけるために最短の道を即座に発見して進む性質の癖にそうしているようには見えない。だからどうしたという話ではあるが、妙に引っかかる。
    「……俺が知ってるバカとお前が同じ奴なら、そんな頼みを寄越すことはあり得ねェ。部下一人預けるのも顔を顰めるような野郎なんだ。まさかてめェ自身を任すようなこと、考えつきもしないだろうよ」
    「銀時、今はそんなことを言ってる場合ではない」
    「今は? じゃあいつ言やあいいってんだよ」
    「同じ人間だと思うな」
    「はァ?」
    「確かに俺は俺の身体を持っている。昔と使い勝手も変わらねェ、不都合もねェ。記憶もすべてそのまんまさ、ガキの頃に夕飯を食べながらテメェと揉めたことすら忘れちゃいない。……だが、知っているだけだ」
    「……そうだな、少なくとも俺が知る野郎はんな殊勝なこと言わねェよ」
    「いい加減にしろ、お前たち。……何を遠慮している」
     してねえ、という言葉だけが被って睨み合った。だがどこか居心地が悪い。
     足が地面についていないみたいだ。自分自身が波になったような気がして、ずっとゆらゆらと箱の中で揺さぶられているようだった。現実味がない。瞬きをするのも億劫だった。乾いた目を潤すために瞼を閉じて開いたら見慣れた天井があって、体を起こせば全部なかったことになってしまう気がして。

    *******************

    「銀さん、起きてください」
    「んぁ……?」
     ぴしゃりと開いた襖から人の気配とテレビの音が流れ込んでくる。窓から差し込む太陽の光にも急かされて布団から出ると見慣れた目覚まし時計が置いてあり、何も変わった様子はなかった。荒れた畳すらいつも通りだ。頭がガンガンする。二日酔いか。どうやらまた妙な夢を見てしまったようだ。とんでもない拾いものをする夢。辰馬あたりに知られればきっと笑われるな。
    「おう朝から元気だなお前ら」
    「てめェがだらしないんだ。ガキ共に世話されて情けねェとは思わないのか」
    「うっせえなァ俺はガキだからって甘やかさない主義……って、あれ。……あぁ、夢じゃなかったの」
    「まだ寝惚けてんなら顔洗ってこい」
     頬を抓っても変わらない。とんでもない拾い物は確かにそこにいた。持ち前の図々しさを生かしてすっかり場に馴染み、神楽と並んで朝食をとっている。既に俺の分も机に並べられていた味噌汁のにおいがした。
     昨日あの場からこいつを連れて帰ってきたのは夢ではなかったらしい。
     政府内でも物議を醸している高杉の処遇――――研究の末、今のこいつに自然治癒能力も不死の力も存在しないと明らかになったものの、やはりアルタナの力によって生を受けた存在に興味を持つ連中は多いらしい。不老不死というのはやはり魅力的だし、制約付きでも手に入るなら求める者は多いのだ。
     そんな連中が高杉をどうにか手中に収める計画を立てているらしい。大義名分としては不穏分子が安全に生活するための研究。本音は人がアルタナの力を使うための解剖実験。決戦後の復興作業と並行し行われた人事には穴も多い。優秀な人材を見極めきる時間もなく役職を与えられた者も多かった。
     流石に直接政権を握る者は徳川政権下の折より信頼出来る者で固めてあるが、それ以外は街の復興が進んだ最近になってようやく手を入れ出したところらしい。
     俺のところに来たのも、再三にわたる身柄の引き渡し要求を無視した結果実力行使に及ぼうとした連中から身を隠すためだった。元テロリストである鬼兵隊残党と共に暮らしているより、名目上は一般人である万事屋でいた方が強欲ながら我が身が可愛い連中は手を出しにくい。今は天導衆のような勢力も存在しないし、せいぜい相手方が動かせるのもチンピラ程度だと言うが、面倒事は少ない方がいいからと桂が勧めたようだ。
     それに加え、武市やまた子ら鬼兵隊の残党も各地に散った元部下達を集めるため奔走していたことも理由にあった。もう国とドンパチする理由もないとはいえ、攘夷志士として生きてきた連中の中には生活が落ち着かない者も多い。路頭に迷う者がいれば面倒を見るのが道理だと、また子が始めたことだ。
     再び高杉に視線を移す。卵焼きを呑み込んだら次は味噌汁。白米を食べて焼き魚。淡々と三角食べで箸を進めていた。涼しい顔をしやがって。
    「お前がこんなに女に甘い奴だとは知らなかったよ」
    「勘違いするな。この体についてはまだ不明確な点が多い。情報を提供してやらなきゃいけないから江戸から離れられないせいであいつらも動きにくそうにしてたからな。ヅラに言われて都合がいいと思っただけだ」
    「善良な一般市民巻き込んでよく言うよ」
    「俺を狙う連中が動かせる手駒なんざたかが知れている。この体でものしてやれるさ」
     と、ここまでがヅラから聞いた建前。
     本当のところ俺に課せられた役目はガキのおもりでも狙われたこいつを護ることでも、ましてや鬼兵隊の連中が動く手助けをすることでもない。
    ――――いいか、絶対に高杉が無茶しないように目を光らせておけ。
     高杉に気取られないようこっそりと、だが何度もしつこく桂は繰り返した。
     赤子から急成長してから、高杉は無理をする度に倒れていた。剣の稽古をすれば一時間と持たず、簡単な身体測定すら続けることが難しい。額に汗を滲ませ呼吸を荒くし、簡単に膝をついて意識を失ってしまうという。高杉は不都合がないと言っていたが、実際、あいつの身体は不都合塗れだ。
     そんな状態だというのに、高杉はひとつも自分の行動を制限するつもりはないらしかった。そういう面ではらしい――というか、奴が持つ独善性とはそういうものだ。あいつの中だけで思考が完結してしまうから、こちらが介入しようがない。高杉が損だと思うことと、俺達が損だと思うことが一致しなければ、行動を制限するのは至難の業なのだ。
     だから俺に頼まれたところで、あいつを止めることなんぞ出来はしないというのに。
     昔からあいつの考えを変えられた試しがない。俺に出来ることは、あいつが言えないでいる本音を無理矢理吐き出させること。刺し違えてでも止めること。そのぐらいだ。窘めて大人しくさせることなんて出来た試しがないし、出来る気もしない。
    「なあ、チビの癖にお前はほんっと昔から融通が利かねェな」
    「朝からいちいち喧嘩を売ってくるのはやめろ。ガキの前だぞ」
    「知るかっての。皿ぐらい洗えよ、働かざるもの食うべからずだ」
    「ちょっと銀さん、中身が高杉さんとはいえまだ身体は子供なんですよ。もうちょっと優しくしないと」
    「新八、構わねェよ。気にするな」
     そうして向ける微笑みは、到底見た目と同じ十歳頃の少年が浮かべるものではない。それを視ればやはり目の前にいるのは高杉なのだと実感するのに、素直に認められない俺がいた。誰も非難などしていないのに、どこか責められているような気分だ。
     ひとりは素直になれない俺を責め、もうひとりは都合のいい事実に縋りつく俺を責める。
    「俺にどうしろってんだよ……」
     焼き鮭を解しながらぼやくも、結野アナの元気な声にかき消されてしまった。きっと誰も答えを持たないその問いを掻き込んだ米と一緒に茶で流し込むと、食道が力んで心臓のあたりが妙に重たく感じられた。
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