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    zeana818

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    月鯉小説書いてます

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    zeana818

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    鯉登大佐殿には兄上がいるらしいぜ、っていう話。モブ出てきます。
    壮年です。軍関係は適当です!!

    #月鯉
    Tsukishima/Koito

    別れの華 鯉登大佐殿には年の離れた兄上がいらっしゃる——第七師団の者であれば、皆知っていることである。『退役軍人で、今は御母堂様と函館で暮らしておられる』らしく、大佐殿は少しでもまとまった時間を作っては、そちらに向かうのである。
     軍人にはあるまじき軟弱さ……などという評判は、大佐殿には当てはまらない。陸軍最強北鎮部隊、その中でも最も勇猛果敢で鳴り響くのが『鯉登音之進大佐』の名であるのだから。
     色々な逸話があるが、中でも樺太冒険譚は絵の上手い兵卒が仕立てた絵本まであり、最も好まれている。大佐殿の八面六臂の活躍だけでなく、しっかりと失敗談までが正直に語られていて、その飾り気のなさが実に魅力的なのである。
     まあ、臍曲がりはどこにでもいて、元々海軍が出自なのだから兄上は海で戦没なさったはず、嘘ばかりだ、ホラ吹きだなどと腐されることもあるが、ごく少数だ。軍と言う閉ざされた空間において、眩いほどに逞しく麗しい大佐殿は兵卒に愛されるのに十分な御仁であった。
     大佐殿の補佐には、数人の兵卒が持ち回りでついている。以前は軍曹一人で済んでいたのだが、これが十人分の働きをする男だったようで、彼が退役した後はとても手が回らなくなったのだ。出世に連れて一人二人と次第に増え、今では五人になった。
     その中の一人、高橋は一番年若で、可愛がっていただいていた。菓子が残り一つだったら手招いてこっそり下さったり、酒宴のお供をすれば帰宅時に女中の婆さんから握り飯を渡されたり……。食べ物関係が多いのは、おそらく高橋の身体が一番貧相だったからであろう。
     初対面のとき、しげしげと見つめる目が「小さいな」と言っていた。実際、徴兵検査で下限ぎりぎりだった。踵が少し浮いていた……が、係員は大目に見てくれたらしい。そんなだから何かとみそっかす扱いだったのを、大佐殿は見かねてご自分の傍に置くようにしてくれたのではないかと思っている。
     ——お優しい……。
     ここで頑張らないと、きっと軍に自分の居場所はない。故郷に帰っても居場所はない。八方塞がりだ。必死に、大佐殿の大きな歩幅に合わせて走り回る毎日である。
     その日は、札幌において大隊全体の総会議が行われていて、従卒として朝から忙しくしていた。大佐殿が明日、早朝からどうしても函館へ向かいたいとのことで、予定の繰り上げとすり合わせと、数日分の仕事を済ませておくつもりなのである。
     高橋も同道を命じられていた。函館行きの列車の中でもできる書類を持たされることになっている。さすがに持ち出し不可の重要書類は無理だが、瑣末な仕事をそこでまとめてやると言うから恐れ入る。
     次の日、滅多に乗ることなどできない一等客車を落ち着かなく見渡しつつ、長いこと揺られて移動した。
     大佐殿はとても目立つ。煌めくような将校服なのももちろんだが、きりりと整ったかんばせに無惨に走る頬の向こう傷がまた憎らしいほどにお似合いなのである。せっかくの美貌に勿体無いと思うと同時に、その相反した猛々しさがぞくぞくとさせる色香を放っていて、流石と感嘆せざるを得ない。
     車内の老若男女の視線を独り占めにしていても、大佐殿は意に介さない。書類を精査しつつ、疑問点を書き出したり朱を入れたり、首を捻って考え込むと後回しとばかりに高橋に放って寄越した。
    「……貴様、函館は初めてか」
     早朝からの移動についうつらうつらしたのを気づかれたのか、大佐殿が話しかけて下さった。ビクッとおこりのように跳ね上がって、背筋を伸ばした。恥ずかしくて、顔が熱くなる。
    「は、移動の途中で通ったことがあるだけで、滞在したことはございません」
     大佐殿は書類からつと目を上げて、そうかぁと口をへの字の曲げた。
    「私は子供の頃に住んでいたんだが、あんまり良い思い出がなくてな。この年になってから、色々と良い方に塗り替えていたんだが……。今日は蜻蛉返りせねばならんから、案内もできん。残念だ。すまんな」
     驚きで息が止まりそうになった。時間があればわざわざ観光させてくれようとしたのか。とんでもない、と首を横に振って、勢いのあまり軍帽が飛びそうになった。
     函館駅についてからも、大変だった。人混みの中、書類の詰まった大佐殿のカバンを抱えて、長身を見失わないようについていく。時間が迫っているのか、後を振り返ることもない。とにかくはぐれるわけにいかなかった。
     大佐殿の目的地は、港だった。本土に渡る連絡船乗り場である。待合所は、来る者行く者行商人と荷物でごった返していた。
     キョロキョロと鋭い視線を飛ばす大佐殿は、焦っていた。どこだと口を動かし、何度か唇を噛む。声を出せば一発なのにと思っているのかもしれない。なにしろ大佐殿のお声はどんな砲撃訓練においても、不思議とどこまでも届くのだ。どなたを探せば良いのかと声をかけようとしたが……。
    「音之進」
     ざわめきが一瞬止んだ気がした。それぞれが勝手に放つ音の隙間を掻い潜り、柔らかで分厚い声が、大佐殿の耳を的確に捕まえた。
     ぶん! と風が起こったのではと思うほど勢いよく振り返った大佐殿は、駆け出した。
     あっと慌てて追いかける。一点目掛けて走る大佐殿の背に隠れて、その先は見えなかった。ただ、広げられている太い腕があった。そこに飛び込む大佐殿の身体が、急に二十歳前後の若者に変わったように見えた。
    「よかった! 間に合わんち思うたあ」
     はしゃいで、誰かに抱きついている。大佐殿の背中に回っている手が、ポンポンと子供を宥めるように優しく叩く。
    「まったく……ひやひやしましたよ。母上がお待ちです」
    「ん!」
     するりと背から腰に手が滑り落ち、こちらへとばかりに誘導する。大佐殿も素直に男に身を任せた。大きな身体が、安心してくにゃりとしなやかに解けたようだった。
     背は低いが、がっしりした男だった。短く刈り上げた頭は白髪混じりの胡麻塩で、筋ばった首の右側は傷跡なのか、大きく引き攣れて皮膚の色が変わっている。ひと目で元軍人だと知れた。
     ——もしかして、噂に聞く兄上様⁈ 全然似ていない……。
     追わねば。カバンを抱え直して、走った。大佐殿はそこでやっと存在を思い出してくれたのか、男に向かって「今ついてくれている高橋だ」と紹介してくれた。
     男は、ただの老人と片付けられない眼光の鋭さで、高橋を一瞥した。頭のてっぺんから足元まで値踏みされた気がしたが、目を細めてぺこりと会釈してもらえた。合格だったのだろうか……。
     ともかく二人について行くと、酒樽を椅子にしてちょこんと座っている老女がいた。放っておけば、かさりと儚げな音を立てて崩れそうな佇まいで、うつらうつらしている。その傍には、女中が胸に風呂敷包みを持って立っていた。
    「母上!」
     快活な大佐殿の呼びかけに、はっと顔を上げた。眉がそっくりで、ああ本当に御母堂様かと感動した。屈んで、ぎゅうと抱き締めると、大佐殿の腕の中にすっぽり収まってしまう。
    「まあ音之進。どこに行っちょったん」
    「すいもはん、ちょっと遠くに」
    「平之丞は?」
     男は、スッと彼女の足元に跪いた。
    「はい、ここにおりますよ」 
    「あらよかった。兄弟一緒で嬉しいねえ」
     本当に嬉しそうに、にこにこ笑って、大佐殿の傷ついた頬を白い小さな手で撫でた。
    「ん、そうじゃねえ、おいも嬉しかよ」
     大佐殿の受け答えは幼くて、どんな屈強な男でも母親の前ではそうなるかと微笑ましい。
    「母上、兄さあと船を見てくっで、もうちょっと待っとって」
    「ええ? 長げ時間はだめよ」
    「わかっちょ! 大丈夫じゃ、兄さがおっで」
     御母堂様はあらあらと微笑んで、頷いた。
    「高橋、すまん、母上についててくれ」
     大佐殿はそう言いつけて、男とその場を離れてしまった。命令されたのだから、御母堂様に小さく頭を下げて、立番すべく背筋を伸ばした。
     何か事情がありそうだとは察したものの、気安く話しかけるわけにいかないだろう。女中は黙って御母堂様の傍に膝をつき、身体を支えた。またゆらゆらと揺れている。夢見ているようだ。
     女中は五十代くらいだろうか。御母堂様の背中を優しい手つきでさすっている。高橋と目があうと、口の端を少し上げる。その顔つきで、これは忠義の者だな……と見当がついた。勤め先の内情を、おいそれと口にしそうにない。おかげで、なんとも落ち着かない時間を過ごす羽目になった。
     男と大佐殿はやがて戻ってきた。目尻が赤くなっていることに、どきりとする。涙……?
    「音、音っじょ、どげんした? 平さんが泣かしたんじゃなかろうねえ」
     大佐殿は、御母堂様の身体を再び抱きしめた。
    「ちご、ちご……おいがわがまま言うたで、兄さが諭してくれたんじゃ、音は立派な将校どんにならんといけん、学校は行けちゅうて」
    「うふふ、それは平さんが正しいね」
    「ん……」
    「休みには帰っておいで」
    「うん」
     出航準備が整ったのか、船員が大声で乗船を促した。ぞろぞろと移動が始まる。
     女中が御母堂様を支えて立ち上がる。男は、大佐殿をひたと見つめた。瞳の奥から溢れ出る熱さに怯んだ。まるで身の内に轟々と燃えたぎる炎を飼っているようだ。すっかり枯れたロートルなどではない。
     大佐殿の瞳はもっと雄弁だった。男の熱さを受け止めてなお、同等以上のエネルギーで返していた。
     ふと、男の表情が和らいだ。途端に大佐殿は激しい抱擁に見舞われた。ごつごつの腕が、陸軍将校の鍛えられた身体を撓ませる。
     二人は、そのまま言葉を交わさずに、離れていった。
     
     
     札幌行きの列車に、飛び乗った。なんとか今日中に戻れそうである。
     車内で、大佐殿は見たこともない腑抜け具合で席に身体を預けて窓の外を眺めている。これではきっと、残りの書類に目を通すことはできないだろう。ご本人はこれをわかっていて、前倒しの処理にこだわっていたのかもしれない。
     そうなると、高橋も何もすることがない。こんなにぼんやりすることも久しぶりである。大佐殿と同じ景色を見ているのだなと思うと、嬉しかった。
    「……母は」
     ポツリと大佐殿がつぶやいた。はっとして顔を上げる。まさか何か事情を説明していただけるとは思っていなかった。
    「母はもう、昔のことしかわからなくなってしまわれてな。私のこともまだ子供だと思っている。昨今のきな臭い世情を鑑みて、親戚や友人のいる故郷の鹿児島で過ごしていただくことにしたのだ。移動するならまだ身体の動く今のうちと思って」
    「なるほど、それは御母堂様には最良の案だと思います。それで今日、お見送りなさりたかったんですね」
    「うむ。これが今生の別れだ」
     北海道と鹿児島では、もう会えることはないだろう。それに大佐殿は、まだ内々の話ではあるが、少将へ昇進する予定だ。そうなれば、これまで以上に多忙だ。
    「でも、兄上様がご一緒であれば、安心ですね」
     ん? と大佐殿が片眉を歪めて、兄上か、と小さく笑った。
     あれ? と首を傾げると、ふ、うふふ、と右頬を覆って恥じらいの笑みを浮かべていた。ぎょっとするほど色っぽい。
    「兄か……ふふ、母上もなんでアレを兄さと思ったんだか、似ても似つかないのにな、ふふふ」
     ——兄上ではない⁈
    「同い年だし、優しいところは似てるかな……まあ、血は繋がらぬ〈兄弟〉でいいか」
    〈兄弟〉に含みが相当にあった。薩摩、が頭をよぎる。まさかまさか、そういう……? という疑問は、次の言葉で吹っ飛んだ。
    「お前も私についているんだから、名前くらいは聞いたことがあるだろう。アレが月島だ」
    「つ、……月島軍曹! あの、伝説の!」
     思わず立ち上がって叫んだ。月島軍曹。一を聞けば百を知り、師団のあらゆる情報を一手に収め、問題児ばかりの二七連隊をまとめ上げ、鯉登大佐殿が少尉から少佐までを異例の早さで昇進し続けた遠因と語られる……一人で十人分働く鬼軍曹。
     高橋の興奮を、大佐殿はポカンとして見上げ、やがて、腹を折って爆笑した。
     しばらく笑い転げると、はあとため息をついて涙を拭う。
    「やれやれ、あいつそんな風に言われているのか。まあそう外れた伝説でもないな。今度ゆっくり聞かせてくれ」
     急に恥ずかしくなって、席に座った。大佐殿はまだくっくと笑っている。もう一度、目尻を拭った。赤くなっている。ぐすんと鼻を啜った。
    「……はあ笑った。連れてきたのが貴様で正解だったな」
    「お、恐れ入ります」
    「あいつが戻ってきたら、会わせてやろう」
    「本当ですか!」
    「うん。アレは約束を守る男だから。絶対戻ってくる」
     先ほどよりずっとすっきりしたお顔になられた大佐殿は、書類を寄越せと手を突き出した。
     札幌までは、まだまだ長い旅程である。
     
     
     おしまい
      
        
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    zeana818

    PROGRESSこれは叩き台になるので、かなり方針変えるヨ!書いたから読んで欲しかっただけです。
    DK鯉がとある研修に行く話。
    どうしても鯉にふ〜ぞくで働いて欲しいんだけど、そんな感じじゃないじゃないですか。そんな悩みをtみさんにこぼしてたらoしゃさんが「世界を変えるのです」(救世主の構えでピカーと輝きながら)と仰るので…そういえばmっこさんと施行させた法令があった!わしの周りには天才ばかりですね!w
    大人になるために必要な幾つかのこと 昭和八十一年、とある法令が施行された。
     政府の懸念事案であった少子高齢化は、ある時深刻な転換期を迎える。女子の出生率が全体の三分の一を切ったのだ。一時的なものではという楽観論は、すぐに覆される。年々低下の一途を辿り、さすがに何か手立てを打つべきと論議が重ねられるが、生憎男女の産み分けは神の領域である。ヒトの手で左右できるものではなかった。
     同時に婚姻率も徐々に下がっていったのは自明の理であるが、意外な弊害が出ることになる。性犯罪が増えたのだ。また、他の犯罪に至る動機も突き詰めれば、性欲を解消できない不満にあった。
     女児は産まれた時点で嫁入り先の打診がされる。当然のことながら富裕層に限られるので、一般的な家庭の男性は、よっぽどの縁がなければ生涯独身か、同性相手をパートナーにする他ない。
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