【厄介な約束】 "将来"・"未来"なんて言葉は、僕には縁遠いものだ。いつ命を落とすともしれない環境の中、将来や未来について語っても虚しくなるだけだから。
果たせない約束はしたくない。
それはただ、僕が臆病なだけかもしれないけれど。
「降谷さん! ワンちゃんの服を買ってきました!」
買ってきたというハロの服を風見はドヤ顔で僕に見せてきた。正直もふもふのハロにモコモコの服を着せるのはどうなんだと思わなくはないが、風見のセンスが良いからか、はたまたハロが可愛いからか分からないが、風見が選んでくる服はハロに良く似合うのである。
今回風見が買ってきたのはマフラーを巻いたシロクマの着ぐるみ。ハロの前足部分がクマの後ろ足になっていて、ハロが動く度に揺れる短いクマの前足がどこかマヌケでそこがまた可愛らしい。
「わ! ワンちゃんはなんでも似合いますね!」
「ふふ、そうだな」
ハロはよくわかっていないながらも、自分の話をされているのが嬉しいらしくしっぽを振ってアン!と一鳴きした。
「ワンちゃんって小型犬なんでしょうか? それとも中型犬?」
「雑種たがらなんとも言えないけど、中型犬かもしれないな」
「わー、そうなんですね! 成長が楽しみだなぁ」
ほわわんと未来に思いを馳せる風見に羨ましくなる。風見は生命力が強いから、ハロの成長も見ることが出来るだろう。
でも、僕は……。
「降谷さん、組織の件が片付いて引っ越しても、お宅にお邪魔してもいいですか?」
ワンちゃんに会いたいです! 期待に満ち溢れた瞳で見つめられて、思わず「あ、あぁ……」と返してしまう。
「やったー!」
と喜ぶ風見に、しまったな……という気持ちと、約束を無下にしてはいけないという気持ちが湧き上がってくる。
いつもなら躱せる約束事も、風見からだと妙にすんなり僕の中に入ってきた。
「……上司の家に呼ばれて喜ぶのは君くらいだろうな」
「そんな事はない……んー、どうなんでしょうね。僕は普通に嬉しいですよ?」
「そうか? なら、公安部の上司に呼ばれても喜んで行くのか?」
ふとした疑問を風見にぶつけてみれば、風見は苦虫を噛み潰したような顔をして「え、えぇっとぉ……」と言い淀む。
「案外可愛い犬や猫がいるかもしれないぞ」
「い、いやぁ……、僕はワンちゃん一筋なので! 降谷さんと一緒にワンちゃんの成長を見守るだけで精一杯です!」
どこか焦ったように、照れたようにそう宣言する風見に、僕の口からふふ、と笑い声が盛れる。
そうか、『降谷さんと一緒に』か。
「そんな約束をされちゃあ、おちおち死ねないな」
「ちょ、何縁起悪い事言ってるんですか!? やめてくださいよ!」
風見は僕の言葉にプンプンと腹を立てた素振りをした後、「ねーワンちゃん」とハロに笑顔で話しかける。
安室での約束は破る覚悟でする事が出来る。作られた存在ということが大きいが、安室でならばその辺も上手くやれる。
しかし降谷での約束は妙に慎重で、今までのらりくらりと躱しできた。しかし風見はそんな僕の心情なんてお構い無しに約束を取り付けてきた。話の流れが自然すぎて、期待に満ちた瞳が眩しすぎて、躱す隙すらなかった。
そうして交わしてしまった約束は、僕の中で厄介なものになった。
目的のためならば自分の死さえ勘定に入れなければならない潜入捜査官である僕に、"守らなければ"と思わせる、厄介なものに。