空閑汐♂デイリー800字チャレンジ:15 光のアーチを潜りながら、白く固められた地面を踏み締める。ほう、と感嘆のため息を吐いた空閑の隣で、汐見は既に見慣れているとでもいうようにいつも通りの仏頂面を晒していた。
「すごいね、綺麗だ」
「お前の地元にだって、これより凄いのあるんじゃないのか?」
「まぁ、至る所にあるんだとは思うけどさ、あんまり興味なかったから」
二度目の冬季休暇を迎え、数ヶ月前に友人同士でありクラスメイトであり部活の同期であり寮のルームメイトでもある空閑と汐見の関係に恋人というラベリングが為された事をいい事に地元に帰るという汐見に着いて彼の地元までやってきた空閑は、今年で百数十回目になるというイルミネーションの下を歩いていた。
そこでは古くからある旧式の電灯で形どられる鈴蘭やライラックの電飾から最新式の電飾を使った光のアートまで、様々な輝きが市街地を貫く緑地である筈の雪が積もる公園を彩り観光客や地元の人々を楽しませている。
「興味ないなら、別に来る必要もなかったんじゃ」
幼い頃から見慣れているのだろう汐見は、空閑の隣を歩きながら呆れ気味な声色で言葉を紡ぐ。そんな汐見の言葉にわかってないなぁ。と小さく笑った空閑は、汐見へと言い聞かせるように口を開いた。
「一人で来たって、楽しくないし。アマネと見るイルミネーションがいいんじゃん」
「……そうか」
百年以上昔の宇宙飛行計画に纏わるワッペンが幾つも縫い付けられたフライトジャケットのレプリカを羽織り、そのポケットに手を突っ込んだまま歩く汐見は不本意そうに鼻を鳴らす。その様子ははたから見れば不機嫌そうにも見えるが、それが彼の照れ隠しである事を空閑は既に知っていた。
それを知る事ができる程に、空閑は彼の近くで暮らし――彼に触れる事を赦されたのだ。
「ていうか、去年も今年の夏も帰らなかったのに、どういう心境の変化?」
あまり地元にいい思い出がないのか、汐見は高校に入学してから帰省というものを一度もしてはいなかった。夏季休暇は課外講習などもあり帰る暇がなかったとも言うが、年末年始は流石に寮すら閉鎖になる。去年の冬季休暇は「え、じゃぁボクん所来る? 旅費は持つよ!」なんて言葉でかなりのボンボンである事が発覚したフェルマーに誘われるままにドイツで過ごしていた筈だ。
流石に年末年始は実家に帰らなければ色々と面倒という理由で空閑は地元に戻っていた為に真偽は定かではないものの、冬季休暇明けに汐見からはドイツ土産と称したコウノトリのぬいぐるみを渡された。それは今でも彼らが暮らす寮の殆ど使われていない空閑のベッドに鎮座している。
今回も結局数日だけ汐見の地元を観光した後は、隣の市にある空港から地元へと戻る予定になっている空閑は汐見へと問いかけた。
「妹が煩くてな、帰らないとあいつが乗り込んできそうな勢いで帰って来いと怒られた」
「へぇ! 妹居るんだ」
汐見との生活も二年目をそろそろ終えるような時期に来て、空閑ははじめて彼の家族構成を知る。出会った初日の言葉を思えば、家族との関係はあまり良さそうではなかった事から彼らは互いの家族構成についてあまり会話を交わさない。
「俺んとこには弟がいるよ、結構年離れてて……今は多分小学生かな」
「……小学何年かまでは分かってないって事だな。うちは今中学二年か、来年こっちのオーキャン行くって息巻いてるぞ」
「将来有望すぎじゃん、専門科?」
「いや、普通科」
呆れ声の汐見はそれでも言葉を続けていく。
「親とはあんまり関係良くないんだけどな、妹は可愛いし強く出れない」
「俺の事は投げ飛ばせるのに?」
「妹は投げ飛ばせねぇだろ、流石に。口で勝てた試しがないんだ」
肩を竦めて苦笑する汐見の姿は、それでもどこかいい兄であるように空閑の目には映される。自身の弟である少年の年齢すら自信がない自分よりは、きっといい兄であるのだろうななんて感想を抱きながら公園内に開設されたドイツのクリスマスマーケットを模したエリアでアーモンドを買う。
「そういえば、恋人でここのイルミネーションに来ると別れるってジンクスがあるらしいぞ」
「ねぇそれ今このタイミングで俺に言うべき事!?」
思い出したかのようにそんな事を口にした汐見に思わず情けない声を上げてしまった空閑はそれでも、色とりどりの電飾に照らされて面白そうに笑う汐見の姿が世界で一番うつくしいものだと感じていた。