文披31題・夏の空閑汐♂祭:Day15「――っとと、」
吉嗣の声と共にグラスの縁から溢れ出そうになる泡を見ながら、汐見は呆れたようにため息をひとつ。そんな汐見の反応を横目で見ながら「業務時間外なんだから良いだろ」と吉嗣は肩を竦めた。
「いやまぁ勝手にすれば良いと思いますけどね。テストの採点を俺に押しつけて置きながら自分は酒すか」
呆れ声で返された汐見の言葉に、吉嗣は上機嫌でカラカラと笑う。
「だってお前出来ちゃうだろ。答案は用意したし、お前そのテストで満点取ってたんだし」
「ヒロミだって満点だった筈なんすけどね」
「空閑は寮長会議に引っ張られてんじゃん。空閑が居ないとお前暇だろ」
赤い水性ペンをキュ、と鳴らしながらテストの採点を進めていく汐見は眉を寄せながら再びのため息を零していた。
「センセまで俺とヒロミをセットにするんすね。偶には別行動してますよ」
「お前らが自由気ままに別行動して碌なことが起こらなかった試しが無い」
「……センセ、まだバレンタインの事根に持ってんすか」
喉を鳴らしながらグラスの中身を煽る吉嗣に、汐見が問えば「どうだろうなぁ」と彼は笑う。
「バレンタインの一件は肝が冷えたけどな。お前らそれ以外でもめちゃくちゃだろ、この間のデモフライトとか、空閑以外の元クラスメイトに対するお前の対応とか」
指折り告げられる吉嗣の言葉に汐見も「あぁ……」と眉を寄せながらも言い訳のような言葉を重ねていく。
「デモフライトはヒロミに譲るつもりだったし、飛んでくる火の粉を払っただけですしノーカンじゃないすか?」
「お前なぁ、尻拭いさせられる身にもなれ。頼むから学院に進んだら大人しくしとけよ?」
びし、と汐見を指差し盛大なため息と共にそう吐き出した吉嗣に「まぁ善処しますけど」と汐見は薄く笑みを浮かべ、テスト用紙に赤を入れ続ける。
「まぁ、お前にとっては学院の方がやりやすいかもわからんけどな」
「そういえば、センセってストレートの航宙徽章持ちでしたっけ」
グラスの中身を空にして、再びアルコールを注ぎ始める吉嗣へ汐見はふとそんな事を思い出して問いかけた。汐見の問いに吉嗣は「おう」と頷いて。
「日本校はパイロットコースが出来るの遅かったからな、俺ん時が一期よ。推薦で学院行って航宙徽章取って、パイロットもしてたけど三年で辞めて今に至る」
カラカラと笑いながら過去の経歴をつらつらと口にする吉嗣に「何で、パイロット辞めたんすか」と汐見は問う。
「あ、そこ気になるか?」
「そりゃまぁ、センセだって飛ぶことが嫌いって感じではないんで」
自分が目指す先を先達が蹴った理由は、気になりますよ。
そう重ねられた汐見の言葉にそれもそうかと頷いた吉嗣はビールを呷りつつも少しばかりその理由を口にする事を躊躇する。汐見が自身と同じ状況になった時、同じ選択をしそうだと感じたのだ。
「そうだな、地に足付けたくなったからかね」
吉嗣が口にしたのは嘘だった。そんな吉嗣が口にした嘘に「そうすか」と汐見は頷いて。
「ひとつ教えといてやる、宇宙は寒い所だぞ」
すっかり温くなったビールを呷り、吉嗣はそれだけを口にした。