空閑汐♂デイリー【Memories】10 どちらが叫んだのか、それともどちらともが叫んだのか。吠えるような男の叫び声が空気を震わせ、盾になろうとした身体は跳ね飛ばされていた。肩には衝撃が走る。
「――ッヒロミ!!」
何発かの銃声が響き、隔壁が閉じる金属音やサイレンが反響していた。その中でも、吠えるように叫ぶ男の声だけは、不思議とクリアに空閑の耳まで届く。
「ヒロミ、大丈夫だ。急所は逸れてる、大丈夫だから」
言葉の間に隙さえあれば大丈夫だと、何度も繰り返し口にしている男の声に彼の体重が掛けられていない方の腕を上げる。利き腕は無事だ。切れ長の瞳からポロリと溢れる雫が、綺麗だなんて。多分今彼に伝えたら怒られてしまうだろう。
けれど、とても綺麗だと思ったんだ。
「――アマネ」
瞳から溢れる透明な雫を、ゆっくり指先で拭ってやる。肩に心臓が移ったとでもいうように脈動しているようで、肩からじわりと溢れ出していた血の感触は空閑を酷い気分にさせた。汐見の手によって鉄製の廊下に押し付けられ、起き上がる事すら許されない空閑は深い海色の瞳を汐見の周辺へと巡らせる。
そうすれば、幾人ものスーツを纏った男達が銃を片手に慌ただしげに辺りを駆けていた。
「重傷者一名。いや、巻き込まれた民間人だ。医者、いやまずは止血セットを至急頼む! そう、医者もだぞ!」
巻き込まれた、というよりも、首を突っ込みに行ったと言う方が正確なのだけれども、多分此処で言う事ではないだろう。珍しく薄手のシャツを羽織っていた汐見は、その布地を惜しげもなく空閑の肩に巻き付けその上から体重を掛けて止血を続けていて。今まで感じていなかった痛みが空閑へと降りかかる。それが傷口の圧迫によるものなのか、これが撃たれた痛みなのだろうか。そうしてようやく、空閑は自身が撃たれたという事に気付くのだ。
「あまね……アマネ」
意識はまだしっかりあって、それでも身体は寒く感じて。人はこうして死んでいくのだろうかなんて、少しだけ考えて――汐見が溢す涙を美しいと思う。
周囲の大人達が呼んだのだろう、大きな足音が背中に響いてきた。その足音に少しだけ安堵したような表情を浮かべた汐見は、空閑の耳元で――空閑にだけ聴こえる程の小さな声で囁く。
「ヒロミ、お前が死ぬなんて事が起きたら――俺もすぐ、死んでやるからな」
それは空閑にとって、自身の死よりもずっと恐ろしい言葉だった。