D/Sユニバース風とどかみ③ どんよりと重く澱んだ何かが腹の中で渦巻くような居心地の悪さに大きくため息を溢す。
毎日のコマンド練習を始めて二ヶ月。初めて拒絶の言葉を口にされた。
テキストには「きちんと自分の気持ちを伝えられたことを褒めましょう」とかなんとか書かれていたので、動揺を隠すように頭を撫でて「悪かったな」とかなんとか口にした気がするが、あの衝撃と言ったら形容し難いほどだ。
なにかこう、重たいもので頭を殴られると言うか、鉛玉を無理やり飲み込まされるような感覚は今まで味わったことのない感情だ。
屈辱、とはまた違う。なにか。
やはりこの感情の名前を俺は知らない。
「轟くん、お昼……なんて顔してるの……」
「俺は今どんな顔してる?」
「この世の終わりみたいな顔……かな……」
「生まれて初めてしてる顔かもしれねぇ」
「……食堂行く?」
気遣い屋の緑谷と、ばったり顔を合わせた飯田と、いわゆるいつメンで食堂のテーブルを囲む。大好きな冷たいそばはいつもは喜んで頼む大盛りも、今日はなんだか喉を通らない気がして普通盛りにした。
ミニカツ丼はもちろん忘れずに。
「食欲がねぇ」
「それだけ食べれば十分じゃないかな……」
ため息混じりに蕎麦を啜っていると、今度は何をやらかしたんだい?なんて飯田が失礼な事を聞いてくるので何故かひどく憤慨した。
「多分図星だね」
「上鳴くんに謝った?」
「お前ら酷すぎるだろ」
「じゃあ何があったんだい?」
さっさと食事を終えた飯田が食後のお茶を飲みながら問いかけてくる。相談員か何かかと言い返したくもなったが、あれは果たして俺が悪かったんだろうか。
「……初めて拒否された」
「プレイ中に?」
「初めて!逆にすごい!」
驚く緑谷に怪訝に眉を上げると、彼は苦笑気味に表情を歪めて「僕割としょっちゅう拒絶しちゃうから」と呟いた。
「結構メンタル来るぞ」
「え!?そうなの?」
「なんか……わかんねぇけど……腹の奥が重い感じ。ズーンって」
「それは……めちゃくちゃ凹んでるね……」
そうかこれが凹むってやつか。と納得する。上鳴や切島らが「凹むわー」などと嘆いているのを耳にするが、確かにこんな感情何度もは耐えられないかもしれない。
悔しいとか、腹立たしいとか、何クソと言う怒りではない。ただただモヤモヤと重く身体中を支配するような不快感。
「褒めろって言われても無理だろ」
「まぁ……気持ちは分かるよ」
飯田は困ったような同情するような笑みを浮かべて小さく頷いた。他のDomの器のデカさにビビる。よく「よくやった」なんて言えたもんだ。
「まぁ……慣れとかもあるんじゃないかな……うちはもう「はいはい」って感じだし」
「すげぇな。コツ聞きに行こうかな」
「うるせぇカスって罵られて終わるんじゃないかな」
「友達だから大丈夫だろ」
はぁ、とため息を溢しながらいつもよりたっぷり時間をかけて食終えた箸を置く。
視線を上げた先、上鳴があちらもいつメンでわいわいと食事を取っている様子が目に入り、先ほどまでとは別のモヤモヤが胸中に渦巻いた。
「でも、基本的に初歩コマンドしかやってないんでしょ?拒絶されるようなことなんかある?」
「キスしろって言った」
緑谷の何気ない問いかけに素直に呟くと、隣で飯田が勢いよくお茶を吐き出した。ばっちい。
「……うん……そっか……」
緑谷は薄目に笑みを浮かべるとそれきり黙ってお茶を啜り始めたので、そんなにおかしなことを言っただろうかと益々怪訝に眉根を寄せる。飯田は咳き込みながらテーブルを拭いて、やはり緑谷同様に黙り込んでしまうので、この会話はこれでお開きと言うことなのだろう。
すっかり氷の溶けた水を喉に流し込みながら、今日のプレイはどうしたものかと、モヤモヤと重さと質量の伴った不快感を抱えて大きく肩を落とした。