D/Sユニバース風とどかみ④「おい！大丈夫か！？」
　悲鳴のような叫び声とざわめきに驚いて視線を向ける。切島の慌てたような声に即座に反応したのは、爆豪だった。
彼が勢いよく担ぎ上げたのは、さらりと流れる見慣れた蜂蜜色の髪の毛でざわざわと心が波立つ。
「保健室行ってくる」
　低い声で呟かれた言葉と、こちらを射抜くような鋭い視線に身体中の血液が沸騰するような苛立ち。あいつ、グレアを放ちやがった。
「おい」
　思わず立ち上がりつい口を継いで出る反撃にも爆豪は無視を決め込んでさっさと教室を出て行ってしまった。
そいつはお前のもんじゃねぇ。
腸の煮えくり返る思いに歯を食いしばると、呆れたようなため息と共に瀬呂の手のひらがこちらの目元を無遠慮に覆う。
「お前らマジでやめろ。他のやつに影響すっから」
　冷静になれ、と呟かれてゆっくりと息を吐く。先に仕掛けてきたのは向こうだ、と言い返したくなる言葉を飲み込んで瞳を閉じると何度も深呼吸した。落ち着け、と心の中で唱えながら、未だ沸々と煮えるような血液には見ないふりをして、大きく息を吐き出すと周りの視線から逃げるように教室を後にした。

「この子のDomは君じゃないね」
「チッ。誰でも別に問題ねぇだろ」
「ふん……誰でも良いわけじゃあないよ。ちゃんと習わなかったのかい？」
「死ぬよかマシだろ」
「どうだかねぇ」
　不穏な会話と聞こえてきた声に再び沸々と怒りが込み上げる。どう言う意味だと怒鳴り込みたい気持ちを飲み込んで、保健室のドアを数回ノックすると、中からリカバリーガールの「入んな」という声がかかる。
「失礼します」
　一応の礼儀を持って入室すると、苛立たしげにリカバリーガールと対峙していた爆豪と再び目が合った。
「テメェのSubの面倒も見切れねぇのかよ。役立たずだな」
　吐き捨てるように呟いて、爆豪は乱暴に保健室を後にした。さっきからなんなんだ。散々喧嘩を売っておきながら、こちらが買う前にいなくなってしまうのは卑怯じゃないか。
「喧嘩なら他所でやってくれよ」
「……上鳴の様子は」
「はぁ、アンタあの子に何をしたのさ」
「何も……」
「……じゃあそれがアンタの罪だね」
　ため息混じりに呟かれた言葉に苛立ちを滲ませると、リカバリーガールはここに座れと自分の向かいにある丸椅子へ促した。こちらとしては一刻も早く上鳴の様子を知りたいのだが。
「率直に言うと、あの子はSubdropに陥りかけてる」
「……なんだと？」
「アンタのその“何もしてない”ってのが裏目に出たね。あの子はアンタに“必要とされてない”と感じてる」
「そんなはずはねぇ。ちゃんと毎日プレイはしてるし、セーフワードを言われるようなことも、乱暴もなにもしてない！」
「毎日一辺倒のコマンドで満足してると思ってた？」
「……っ、」
　言い返す言葉が出てこない。図星だね、なんて笑われて腹立たしいはずなのに、今、どんな状況になっているのか理解した。傷つけないように、のめり込まないように、一時的な関係に依存しないように、上鳴のためと言い聞かせて本当に必要最低限のプレイしかしてこなかったことが、全ての要因だなんて。多分、いや、絶対に、全部悪いのは俺だ。
「あの子が同じDomとして怒った理由、分かるね？」
「……はい」
　畜生とか、クソとか、悪態がとめどなく浮かんでくる。自分の不甲斐なさに対して。
「上鳴は助かりますか？」
「アンタ次第だね」
　連れて帰っておやり。という言葉に甘えて、ベッドに横になる上鳴の体を抱き上げる。切れ長の琥珀のような瞳は薄い瞼に覆われて、微かに首筋をくすぐる呼吸だけが彼が生きている証のように感じた。あぁ畜生、ここに来るまで別にやつに抱かれていたのかと思うとどうしようもなく黒い感情が胸中を支配していく。