「モクマ」
「………なんだ、フウガ」
胡座をかいたまま大樹に背を預けていたモクマは突然現れたフウガに特段驚いた様子を見せず、チラリと見上げる。
里の長であるフウガにとって不遜な態度であったが、それどころではなかった。
「膝を貸せ」
「膝ぁ?」
フウガは憮然とした表情を浮かべたまま、胡座をかいていたモクマの膝を蹴る。
「痛っ」
言葉ではない行動の抗議に押され、モクマは胡座を崩す。フウガは地面に手をつき腰を下ろすと、伸びたモクマの膝の上に、当然のように頭を乗せる。
突然の重みに抗議の声をあげかけたモクマだったが、閉口する。
フウガの様子に異変を感じた。
「……何かあったのか?」
モクマは真横を向いてしまったフウガの前髪に恐る恐る指を伸ばす。
その指を、フウガは片手で虫を払うかのように除ける。
「貴様は黙って私に膝を差し出していればいい」
「膝を差し出すって言葉、物騒だな…」
膝から下だけのモクマの身体とそれに寝そべるフウガの姿を想像し、モクマは自然と苦笑いを浮かべる。フウガは笑わない。
今日は確か、ブロッサムの実業家と今後の島の開発について話し合いが行われていた筈だった。
そこで何かがあったのだろうか。
(何があったかは知らないが…)
モクマはフウガを見下ろす。
さらさらと流れる風に揺られ、毛先が遊ぶ。
(無防備……)
モクマはそのフウガの姿に舌を巻く。
マイカの里の長であるフウガは、モクマから見れば外面の良さと強かさでうまく立ち回り、里の民から絶大な信頼を集めている。
タンバ亡き後のマイカを導く、完璧な長。
それが、民の知るフウガ。
モクマの知るフウガとは少し違う。
フウガの目は開いている。髪の隙間から睫毛が揺れるのが見えた。
(フウガ)
幼少期の確執は、タンバが存命の頃に和解をした。
フウガはそれで過去が帳消しになっていると思っているのだろうか。
(俺が寝首をかかないと、)
思っているなら。
モクマは再び、手を伸ばす。
その先は、フウガの。
「……」
モクマは手を止め、ふと口元を緩め、フウガの髪を撫でる。
次は払われない。フウガの目は閉じている。
フウガが何を考えているのか、長い付き合いではあるが未だにモクマは分からない。
モクマはフウガの髪を流れに沿って撫でながら、どこまでも青い空を眺めた。