目を開けたとき、モクマはアマフリ殿へ続く石段の途中にいた。
憂鬱な色をした曇り空が頭の上に広がり、今にも雨が降り出しそうだった。
「……なんだろう、ここ、なんか……変」
モクマは周囲を見回しながら、ゆっくりと石段を一段一段上がっていく。
疲労感は無い。ふわふわと足取りが覚束ない。どこか現実離れした違和感を覚えた。
モクマがゆっくりと上がった先は、滅多に足を踏み入れることも無いアマフリ殿へと辿り着く。
周囲を見回す。小柄な影が二つ、モクマの視界に入った。
「フウガ!」
モクマは突如響いたその声に驚き、反射的に草むらへ飛び込む。
ひどく混乱したモクマは、叫びそうになった口を両手で押さえる。
「お、れの、声?」
両手で口を押さえたモクマの指の隙間から、震える声が漏れる。
遠く離れた小柄な影の一つが発した声は、自らの声によく似ている。
「……!」
モクマは目を見張る。
そこには自分でもしたことが無いほどの、爽やかな笑顔を満面にたたえたモクマがいた。
彼のモクマは、あろうことかフウガの手を握り、草むらに身を隠すモクマの目の前を駆けていった。
「フウガ、今日はどこへ行く?」
「そ、そうだな」
媚びるようにフウガの手を握ったまま首を傾げるモクマに、フウガはやや頬を赤らめる。
(どういうこと……)
もう一人の自分の甘えるような言動、見たこと無いフウガの柔らかい表情。モクマは酷く混乱していた。
「……っ」
草むらに身を隠すモクマは、仲睦まじい自らとフウガの光景に言葉を失う。
(これ、夢だ)
モクマはようやく違和感の正体を理解した。
夢以外、ありえない。これはモクマの夢なのだろうか。
「お前が、良ければ……共に、河原に行きたい」
彼のモクマに手を握られたまま、俯いたフウガはぽつぽつと言葉を零す。
その言葉に、にこり、と彼のモクマは微笑む。
「フウガと一緒ならどこでも行くよ、俺」
「モクマ……!」
彼のモクマの言葉に、ぱぁ、とフウガの表情が明るくなる。
(フウガ……)
嬉しそうに笑うフウガ。そんな顔をするフウガを、モクマは想像もしたことが無かった。
「モクマ」
フウガは彼のモクマから手を離し、その細く長い両腕で彼のモクマの身体を、恐る恐る抱き寄せる。
「フウガ……」
発したことが無いほど甘い彼のモクマの声。
まるで恋仲のような二人は、互いの背に腕を回しあい抱き合って笑い合う。
「……」
その様子の一部始終を見ていたモクマは、食い入るように仲睦まじい二人の姿を見つめる。
俄には信じがたいその光景。これは本当に自分の夢なのか。モクマはひどく狼狽えた。
自分がフウガとこのような関係になる事を望んでいたのか。モクマはひどく混乱した。
「……え?」
フウガの肩越しにモクマを見つめる彼のモクマは、目をすぅと細める。
彼のモクマは、先程フウガに向けていた笑顔とは異なる笑顔を浮かべ、モクマを見つめていた。
「………」
すぅ、と息を吐いたモクマは枕に顔を埋めたまま目を覚ます。
何か恐ろしいような、嬉しいような、哀しいような夢を見た気がした。
「………」
モクマは身をよじり、布団にくるまり再び目を閉じた。