「で?一体全体俺と何がしてぇんだ、盧笙」
突然電話を寄越してきたのは、今俺の目の前で腕を組んで睨み上げてくる男。いや、睨んでる訳じゃねぇか。元々あんま目つきがよくねぇってだけで、多分普通に見てんだと思う。そう思いてぇ。そうじゃなきゃ、俺はこいつ、盧笙に睨まれるためにオオサカのど真ん中にのこのこ来た馬鹿になる。
「大したことやあらへん、ちょお酒付き合うて欲しいだけ」
「酒?」
盧笙が口にした言葉を、俺は思わず聞き返した。せや、と盧笙は当然って言いたそうな顔しながら頷く。
「最近お前ら来おへんから全然呑んどらんねん。責任もって付き合え」
理不尽な物言いだが、言ってる内容は可愛いもんだ。が。
「なんだそりゃ……簓はどうした?」
簓。
その名を口にした瞬間、じとり、と盧笙が俺を睨む。
こいつ本当怖いものねぇよな。俺もこの歳になって。この世界にそこそこいて、こんな真正面から睨んでくるやついねぇぞ。
「仕事や」
「……そうかい」
いつもより低く機嫌が悪そうな盧笙が吐き捨てるように言う。
機嫌が悪くなるポイントが分からねぇ盧笙ってのも珍しい。いつもこいつはコロコロ目まぐるしく表情を変えて、喜びも怒りも悲しみも、全部を身体いっぱい顔いっぱいで表現する。今時珍しいやつだ。
そんな奴が、今日だけは分からねぇ。
俺と呑みたいってのも、何か簓からけしかけられた意図でもあって盧笙本人の意思じゃねぇってこともあり得る。
ここは慎重に行かねぇと、どこで地雷踏むか分からない。
「俺が零と呑みたい」
ぐ、と盧笙の顔が近づく。
初めて写真で見たときも思ったが、こいつは本当に顔が整ってる。切れ長な目も薄い唇も最初目を見張ったが、実物見たときはため息が出た。
んで、今も。こんな勝ち気な美人に睨まれるとは、男冥利に尽きるな。
「それじゃアカンか?」
さっきまで目も眉もつり上げて俺を睨んでた盧笙が一転、気弱そうに目元を緩めて首を傾げながら俺に聞いてくる。
「簓が居らんと嫌やってなら、今日は解散でえぇけど」
自信なさげに斜め下を見る盧笙がどうにもいじらしい。俺は腕を伸ばして、がっつり盧笙の身体を引き寄せた。
「ご指名、ありがたくいただいとこうかね」
「なんや急に……」
恭しく礼を言ってみりゃ、逆に警戒心が増したのか俺の腕から逃げようとする。
「ホンマに嫌やない?」
「こんな別嬪と呑めるってのに嫌なわけねぇだろ」
「アホ言うな、誰が別嬪や。お前目ん玉ちゃんと付いとんのか」
「はっはぁ」
盧笙が逃げないように肩を掴んで、耳に口を近づける。
特殊な形状のヒプノシスマイクを収めてる盧笙の耳。耳朶は思った通り薄い。用があんのは、ぽっかり空いた耳の穴。
「お前は特別、一等別嬪だよ」
わざと声を低くして、耳元で囁く。ぶるり、と盧笙の細い身体が震えた。
「あ、アホ!俺口説いてどないすんねん!つーかたばこ臭いわ!寄るな!セクハラやぞ!」
俺の腕の中からあっという間に耳を押さえたまんま離れた盧笙は顔を真っ赤にしてぎゃあぎゃあと喚く。拳を握る。あ、こりゃやべぇ。
「おいおい、先口説いてきたのそっちだろ?」
突き出された拳を避ければ、盧笙は舌打ちしやがる。こいつはとんだじゃじゃ馬だ。それこそ、俺が今まで出会った中でも一等の。面白い。俺は久々に楽しいと思った。
「……揶揄いすぎて睨まれねぇようにはしねぇとな」
肩を怒らせて俺の前をさっさと歩く盧笙の陰に見え隠れする気配。この場にいねぇってのに、ずっとべったり纏わり付いている。細っこい目で俺をじっと睨む。
とりゃしねぇよ。からかってるだけだ。
俺は陰に向かって鼻を鳴らした。