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    はるち

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    はるち

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    ドクターがリーと一緒にラブホから出てきたところを目撃するモブオペレーターの話です。モブオペレーターの視点で話が進みます。

    #鯉博
    leiBo

    ドクターが男と一緒にラブホから出てきた件について 龍門の朝は気怠い。
     きらびやかなネオンがその極彩色で腐臭と汚物を隠してくれるのは夜だけのことで、朝日が差し込めば残るのは二日酔いの痛みと瀉物で汚れたアスファルトだ。それでも感染者のために薬品を届けたり面倒事に巻き込まれていないかを確認したりするために朝から見回りにでなければならないのが下っ端の辛いところである。本当だったらもう一人、ぼくと同じように龍門の駐屯所に配属されている相棒が今日の当番だけれども。体調が悪いと泣きつかれれば仕方がない。女子会の二日酔いで朝が辛いから体よく利用されているという感は否めないが。全く、お前はペッローなんだから朝早いのには強いだろうと言われるのは言いがかりではなかろうか。
     そんなこんなで欠伸を噛み殺しつつ繁華街を通りかかった時だった。見覚えのあるシルエットが目についたのは。
     黒の外套に中折れ帽、草臥れたように背は曲がっているが、それでも上背の高さはわかる。リーさんだ。先日の戦闘ではお世話になった。ぼくもロドスに勤務して長いが、冗談とは言え隊長として隊員に挨拶する時に解散を宣言したのは彼ぐらいだ。はじめこそ不安だったが、しかし戦闘中の安定感と言えば群を抜いていた。新人オペレーターの緊張を解し、自分ひとりで防衛線を守って見せる。次に龍門で会ったら食事でも行きましょうよ、といってあの時は任務を終えたのだ。
     リーさん、と声をかけようとしたところで、ぼくは彼が出てきた建物に目をやった。
     プレジャーホテルJAZZと銘打たれた、安っぽいネオンが朝日のもとで霞んで見えるホテルだった。
    この場合のプレジャーが何を指すかはともかくとして、何を目的とした施設かは明白だった。恋人かそれに類する存在と肉体を用いた遊びを楽しむことを前提とした施設である。たまに終電を逃したときやどうにもまともなホテルが見つからなかったときにも利用するが。いや本当、天地神明大炎の神々に誓ってぼくは不純な目的であの手のホテルを利用したことはない。それとも本来の目的に合致していない利用法の方が不純なのだろうか?
     閑話休題。
     喉元まででかかった名前が詰まる。ここから出てくるところを職場の人間に見られたいか。答えは否である。ぼくがすべきことは唯一つ、気づかなかった振りをして回れ右をし、この場を立ち去ることだ。ぼくは何も見なかったし誰とも出会わなかった。ワイフーちゃん達の保護者であるリーさんがこういうところに出入りするのは意外ではあるが――いや、子どもたちが別の居場所を経て自立しつつある今だからこそか?――まあそれについてとやかく言うのはよそう。リーさんは見た目に反して枯れていない。そういうことだ。これをネタに、今度美味しいものを奢ってもらうことはできるかもしれない。
     と、思ったところで。
    「あれ」
     声がした。ぼくのものでもリーさんのものでもない。もし水晶が喋りだしたらこんな声がするだろうなという綺麗な声で、ぼくが作戦中にノイズが混じったインカム越しに散々聞いてきた声でもある。ぼくたちを勝利へと導く声だ。
     そこで気づく。リーさんの外套に隠れるようにして、人影がいたことを。いやまあそれ事態はリーさんが出てきた施設を考えれば不思議ではないのだけれど、しかし問題はその人物が誰かということである。リーさんの他にもう一人いたなんて見落としをするなんて先陣を切って戦況を整える先鋒オペレーター失格だと言われたらそれまでだが、その声の主が誰かを考えればぼくの驚きもわかってくれるだろう。
     声の主の視線に導かれて、リーさんがこちらを向く。金色の瞳がぼくを捉え、ああもう弁明のしようがないなと思いながらぼくは手を上げた。見ようによっては、降伏宣言のようだった。この場合、弁明とするべきなのはどちらなのかという問題はあるが、ぼくはまかり間違っても上司が、ロドスの戦闘指揮官が、部下であるオペレーターの一人と一緒にラブホテルから出てきた場面に遭遇して平静でいられるほど肝の座った人間ではない。
    「おはようございます。リーさん、ドクター」

    ***

     確かに次に会ったら一緒に食事をしましょうとは約束したが。
    「いかがです?ここの粥は美味いんですよ」
     にこにこと湯気の向こうでリーさんが笑っている。隣にいるドクターはといえば作戦が失敗で終わった時のように沈痛な表情をしており、ぼくはといえば針のむしろに座らされている気分だった。声をかけられたときに――というよりドクターは単純に知っている顔を見て声を上げてしまっただけだろう――他人のふりを出来れば良かったのだけれど、しかし巡回中のぼくはばっちりロドスの制服を着ており、つまりはどうしようもなかった。
     それにしてもこの二人か、とぼくは目の前に座っているドクターをリーさんを改めて見た。以前、本艦にいるオペレーターたちとの飲み会でもしドクターが付き合うとしたら誰かという、とてもではないが素面ではできない予想をしたことがあったが、某フェリーンや某サルカズ、某サンクタや某リーベリを抑えてのこの人とは。
    「この店は朝から開いてますし味も良いんですよ。二人共、冷めない内に食べてください」
    「……あー、じゃあお言葉に甘えて。いただきます」
     リーさんの奢りだ、手を付けないほうが悪い。ぼくは蓮華を手に取り、粥を巣食って一口食べた。出汁が効いていて、シンプルな味付けながらもきちんと美味しい。上に乗ったフライドオニオンのさくさくとした歯ざわりが良いアクセントになっている。ふうふうと息を吹きかけて覚ましながら、ドクターの方を伺う。俯いたまま手を付けようとはしていなかった。まあ、あんまり朝に強そうな人には見えないしな。もともと朝食は食べない派の人間なのかもしれない。
     ■■■さん、と、リーさんがぼくのコードネームを呼んだ。
    「覚えていてくれたんですね」
    「そりゃもちろん。あの時はあなたが先鋒として隊を引っ張ってくれたおかげで、おれは楽ができましたからね。任務が終わった後に今度一緒に食事でもしようって約束したでしょう」
    「そうでしたね」
     はは、と乾いた笑い声が零れる。あの時のように飄々と笑うリーさんとは対象的に、隣りに座っているドクターの表情はまるで参列者のようだ。朝に強いかはともかくとして、ペッローは鼻がいい種族として知られる。ご多分に漏れずぼくもそうだ。テーブルに置かれた料理の向こうから、二人分の匂いが混ざりあって漂う。ドクターからはリーさんの、リーさんからはドクターの。無意識に鼻がひくついた時に、リーさんが外套のポケットから煙草を取り出した。
    「吸っても?」
    「ぼくはいいですよ」
     ドクターもこくりと頷いた。店のテーブルには灰皿が用意されており、だからリーさんがこの店を選んだのかもしれない。社会の健康志向が高まる中で、喫煙者が自由な呼吸を許される場所は少ない。
    一旦煙草に火がつくと、二人の匂いは紫煙の香りに塗り潰される。一息ついたところで、リーさんが口を開いた。
    「■■■さん、あなたがここでおれたちと会ったことなんですが」
    「誰にも言わないから安心してください」
    「いやいやそういうことじゃなくてですね。誤解ですよ、誤解」
     ぱたぱたと、煙を振り払うようにリーさんが手を振る。ぼくとしては煙に巻かれるような気分だ。
    「はあ」
    「あ、信じてませんね」
    「いやまあぼくは……どっちかっていうとケルシー先生とかは知っているんですか?お二人のことは」
    「知っているも何も。おれたちがここにいるのはケルシーさんの頼みですよ」
    「はい?」
     艦内でそういうことをするとアーミヤさんを始めとする一部のオペレーターに勘付かれる恐れがあるとかそういうことだろうか。まあ二人だって自分の子どもがいる空間でしっぽりやるのは抵抗があるのだろう。ぼくがそう納得しかけたところで、リーさんが苦笑する。
    「龍門での任務――調査の一巻なんですよ。それにドクターもお付き合いいただいただけです」
     つまりお前が邪推するようなことは何もないのだと、言外に釘を刺される。リーさんが手にしてる煙草はじりじりと灰になっていく。一晩中一緒にいて、リーさんが煙草を吸っていたのなら、ドクターからリーさんの匂いがするのも納得だ。
    「……まだ極秘事項だ、詳細な説明はできない」
    と。
     そこでようやく、ドクターが口を開いた。
     会話に加わるより先に何か口にしてはいかがですかと言いたくなるような顔色だった。この人、低血圧なのか?
    「だから、このことは――」
    「――わかってますよ、ぼくもロドスのオペレーターです」
     これ以上言わせるのは野暮だろう、とぼくがドクターの言葉を遮る。このことは口外するな、余計な邪推もするな。そういうことだろう。
    「任務の成功を祈ってます。じゃ、ぼくは朝の巡回に戻りますんで!ごちそうさまでした」
     口留め料代わりの粥はもう空になっていた。ぼくは立ち上がり、店の外へと足を向ける。振り返ると、リーさんはあの時と同じように、見ているだけでこっちのやる気がなくなるような笑顔をしていた。
    「ロドス本艦に来るときは、また何か奢ってくださいね!」

    ***

     とは言ったものの。
    「随分と早い再会になりましたねえ。何か食べていきます?」
    「あー、じゃあ肉まんを一つ」
     報告のために本艦へと立ち寄ると、食堂は祝日のような騒ぎになっていた。その中心にいたのは予想通りの人物だ。リーさんがここにいるということは、先日の任務は一段落着いたのだろうか。
     ほい、と肉まんを手渡される。
    「ところで、喫煙室の場所をご存じです?」
    「あぁ、案内しましょうか?」
     人だかりも落ち着いている。リーさんにもそろそろ休憩が必要だろう。それじゃお言葉に甘えて、というリーさんと食堂を抜け出す。食べ物と人の賑わいで満ちた空間とは異なり、廊下はどこまでも無機的だった。
    「この前の任務は、おかげさまで上手くいきましたよ」
     リーさんがあまりにもさらりとそう言ったので、ぼくは思わず足を止めそうになった。半歩後ろに立つリーさんはあいも変わらずにこにこと人のいい、見ようによっては胡散臭い笑みを浮かべている。
    「……ぼくに言っちゃっていいんですか?それ」
    「あんまり気を揉ませるのも良くないでしょう。気になって仕方がない、って顔に書いてありますよ」
     確かに、気にならないといえば嘘になる。しかしぼくが気になっているのはそこではなくて――
     どうして先鋒オペレーターになったのか、と尋ねられることがある。
     答えは簡単、あのひりつく感じが好きだからだ。先鋒は作戦においてはじめに配置されることが多い。狙撃手や術師による援護も、医療オペレーターによる回復も補助オペレーターによる援護も受けられない段階で。逆に言えば後続部隊のために道を開くことが先鋒の務めではあるのだが。
     あの肌を焼くような緊張感が、聞きたかった問いの形で喉元まで迫り上がる。
     それを口にしたのは、結局自分の本性には逆らえなかったからだ。
    「……煙草」
    「はい?」
    「ドクターと一緒にいるときも吸うんですか?」
     リーさんは返事の代わりに肩をすくめた。そうでもなければ今もこうして煙草を吸える場所を探しはしない、というように。
    「あのときにお二人が一緒にいたのは、任務のためだってわかってますけど――、でも、同衾くらいはしてましたよね?」
    「……はあ。それはまた、どうして?」
     匂いです、と。ぼくは一体誰に対して話をしているのかと思いながら、ぼくたちは歩き続ける。これは探偵の役回りだろうに。けれどもリーさんといえば、可笑しそうに僕の話を聞いているばかりだ。
    「ドクターからリーさんの匂いがするのはわかります。一緒にいて煙草を吸われたらそりゃ匂いも移るでしょうし――、でも、煙草も香水も使わないようなドクターの匂いがリーさんからするってなると話が別なんですよ。よっぽど密着してない限り、そんなことにはならないんですから」
     あるいは、とぼくは思う。リーさん自身の体臭がドクターに移っていたとしても、煙草の匂いがそれをかき消す。あのとき、リーさんが徐に煙草を吸い出したのは、それを狙ってのことなのかもしれない。
     なるほど、なるほど、と。リーさんは楽しそうに相槌を打った。
    「それで、どうするんです?」
    「……どうもこうもしませんよ。任務は無事に終わったんでしょう?じゃあ、ぼくが口を挟むことはないですよ。まあでも気をつけたほうが良いと思います。ぼくと交代で巡回をしてるもう一人のオペレーターは噂好きですからね」
     釈迦に説法も良いところだが、人の口に戸は立てられないものだ。どの部署のオペレーターが付き合っているだのいないだのというゴシップで朝まで飲んでいられるのがぼくの相棒だ。あの朝に出会ったのが彼女であったなら、きっとこんな風にはいかなかっただろう。
    「ご忠告、どうも。……あぁ、喫煙所はあそこですか?道案内はここまでで大丈夫ですよ。手間を掛けさせましたね」
    「いえ、肉まんもいただけましたし」
     ではまたどこかで、と。ぼくたちは手を振って別れた。その背を見送りながら、ふと思う。
     龍門にロドスの駐屯所を設立するにおいて、リー探偵事務所の力添えはかなりのものだった。そしてそれは現在も続いており、感染者の入院経路や退院してからの居場所の確保を始めとするあらゆる事象に、事務所は関与している。
     そしてそれは、巡回ルートも同じくだ。
     どの場所をどの順番で回ればよいかは探偵事務所の調査の上に算出されたルートである。
     つまり、彼は知っていたはずなのだ。あの日、あの場所、あの時間に、ロドスのオペレーターが通りかかるであろうことを。
    「……」
     仮に、とぼくは思う。予定通りにぼくの相棒、噂好きの彼女が二人を目撃していたらどうなっていただろうか?ドクターに少なからず好意を向けているであろう、ロドスのオペレーターたちは一体どういう反応をしただろうか、と。
     ぼくは頭を振って、余計な思考を追い出す。代わりに、リーさんお手製の肉まんを頬張る。
     だってそうだろう。人の恋路を邪魔するものは、犬だって食わないのだ。
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