Recent Search
    Create an account to secretly follow the author.
    Sign Up, Sign In

    はるち

    好きなものを好きなように

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 🐉 🍵 🎩 📚
    POIPOI 164

    はるち

    ☆quiet follow

    マジシャンリー先生に翻弄されるドクターのすこしふしぎなお話。
    意味を求めたってはじまらないよ。人生は欲望だ。意味などどうでもいい。――引用 ライムライト

    #鯉博
    leiBo

    Down trip, showdown「紅茶はいかがですか?それとも腹が減りましたか、クッキーでも?」
    「……いや、やめておくよ。せっかくの空腹を台無しにしたくない」
     そりゃ残念、とテーブルを挟んで自分の正面に座る男は肩をすくめた。どうにも芝居がかった動作だ。嘘の気配しかしない。あれを芝居だとするのなら、この状況も悪夢めいている、と霞みがかった意識の中で思考する。
     前後の文脈が抜け落ちたように記憶が曖昧だ。ロドスで仕事をしていた。それは覚えている。近日中に艦内で開かれる、witch feastに向けた演劇、そのリハーサルに呼ばれていたことを。おれも出るから来てくださいよ、と彼に言われていたことも。だから仕事を途中で切り上げて、呼ばれた場所へと向かった、はずだ。少なくとも、日差しもうららかな屋外で茶をしばくために執務室を出た訳ではない。
     では何故、今自分はここにいるのか。
    「変な意地を張らなくてもいいんですよ。ここにはあなたを害するものなんてありませんから」
     男はくつくつと、可笑しそうに――犯しそうに喉を鳴らす。そんな声で笑うな、と言いたかった。彼と同じ顔で、彼と同じ声で。
     洒落たシルクハットに孔雀の羽をあしらった燕尾服、ベストの下には炎国趣味のシャツ。身なりには気を使っているという彼らしい服装だ。
     けれど。今目の前にいる人間は、果たして自分の知っている彼なのか。
    「気に入りませんか?おれがあなたのために開いた茶会は」
     黙り込んだままの自分を見て、笑顔を引っ込めた男は嘆かわしそうに首を振る。手を伸ばしてヴィクトリア式のティーポッドを手に取り、それを傾けてカップに紅茶を注ぐ。しかしひびの入ったカップから染み出すように茶は零れ、純白のテーブルクロスを汚していった。けれども男は特に気にする様子もない。それを止めようにも、身じろぎひとつ出来なかった。縛られているわけではない。なのに身体は鉛のように重く、指先を動かすこともままならない。できるのは、椅子に腰掛けたまま、この狂った茶会を眺め、彼の言葉に答えることだけだった。
    「せっかくなら、もう少し秩序だったものにしてほしいものだね」
     テーブルの上にあるのは。ひびの入ったティーカップ、懐中時計の入ったシュガーポッド、蝋燭が縦横無尽に突き刺さった誕生日ケーキ。阿片を吸って見る夢に形を与えてぶちまけたようだった。
    「狂っているとお思いですか?」
     ひっそりと男は笑う。
    「この世界にいるものはみんな狂っているのに。おれも、あなたも」
     憂鬱をけぶらせていた男は立ち上がり、何を思ったのかテーブルの上へと飛び乗った。上にあるものを踏みしだきながらこちらへとやってくる。足元でカップは砕け、ケーキは蹂躙され、ミルクと紅茶は混ざりあってマーブルの汚れを残す。尋ねれば、これが最短経路だからだと答えただろう。けれどその問を口にするより先に、男はドクターの前へとやってきた。
     テーブルを音もなく降りた男が、目の前へと着地する。
    「きっと、あなたが知っているおれも」
    「……君は、」
     誰なんだ、と続くはずだった言葉が奪われる。それが触れ合う唇によるものであると理解するのに、数瞬の時間が必要だった。続いて口腔内に入り込んだ温かく湿ったものが男の舌であることを認識するのにも。呼吸と、瞬きを忘れる。眼を閉じていないのは彼も同じだった。自分を見つめる鬱金色が、眼を閉じることも逸らすことも許さない。
    「……ほら、同じでしょう?」
     あなたの知っているおれと、暖かさも、舌触りも。耳から流し込まれる掠れた声は、やはり彼のそれと等しくあり、だから今自分に触れているのが誰なのかを見失う。
    男は乱雑にテーブルの上を払った。地面に落下した陶器が砕け散る音は、断末魔よりもずっと瀟洒なファンファーレだ。
     男は自分の両脇の下へと腕を差し込み、身体を持ち上げると、テーブルクロスの上へと横たえた。降り注ぐ陽光が視界を焼く。けれども覆い被さる男の身体がそれを遮った。代わりに降り注ぐのは、煌々と輝く鬱金色の瞳。
    「……何の真似だ」
    「いやね、おれの方はすっかり腹が減りましたから」
     服に手をかけようとしたところで、男は絹の手袋を汚すクリームに気がついた。先程テーブルの上を払った時に付いたのだろう。舌打ち混じりにそれを見ていた男は、けれども面白いことを思いついたというように表情が明るくなる。
    「舐めてくれませんか」
    「は、」
     疑問と反論のために口を開けたのが間違いだった。何の容赦も予断もなしに口腔内へと指が突っ込まれる。テーブルの上を進行した際と同じように、男の指先は歯列を、舌先を、散歩と同じ気軽さで蹂躙する。唾液と溶けた生クリームが手袋の布に染み込んでいくのを気にも止めずに、男は笑っていた。指を這わせて上顎の裏をなぞり、上下させて舌を舐る。ようやく口の中から指が引き抜かれると同時に、ドクターは咳き込んだ。
    「大丈夫ですか?」
    「きみ、は……っ、だれ、なんだ……!」
    「嗚呼、可愛いあなた、可愛そうなあなた。おれはおれでしかありませんよ」
     うっそりと微笑む男の指が、今度こそドクターの服にかかる。先程の乱雑さが嘘のような丁寧さで一つ一つボタンを外していく。拒まなければ、とわかっているのに。どうして身体は動かないのか。
     その理由だって、本当はわかっている。この空間にあるものは、全て彼の所有物なのだから。所有者の許可なしに、人形が動くことはできない。
     服のボタンが全て外れる。シャツを捲りあげられ、肌が外気と男の視線に晒される。絶景ですねえ、と嘯く男の表情は、逆光のせいで正しく見えない。
    「……君は。何が、したいんだ」
    「強いて言うなら。あなたの全てを、この手の中に収めたいんですよ。どこにもやらず、何にも触れず。あなたを傷つけるのも癒やすのも、悲しませるのも喜ばせるのも。ぜぇんぶ、おれがやりたいんですよ」
     肌の上を男の指先がなぞる。嘘のように優しい手付きだった。木漏れ陽が優しく肌を暖めるような。思わず絆されてしまいたくなるような。
    「あなたの知っているおれも、腹の中では同じことを思っていますよ?」
    「……なら、彼の方が、君より上等だ」
     男の動きが止まる。纏う空気が性質を変え、静電気が満ちたように大気がひりつく。自分が今触れているのが、逆鱗であることは知っている。それでも、止めることはできなかった。
    「強欲な人間が、その欲望を表に出さないように生きているのだとしたら、それはとても尊いことだよ。無欲な人間が無欲に生きるより、強欲な人間が無欲に生きることの方が――ずっと美しい」
    「――なるほど、それがあなたの答えですか」
     すう、と男の目が細められる。美しいな、とそれを見上げてドクターは思った。それが自分を切り裂くものだと知ってはいても、彼と同じ金の瞳は美しい。
    男の顔が近づく。再び触れ合う唇から流れ込むのは、痛みと悦びのどちらだろうか。ドクターは、眼を閉じることもなくそれを受け入れ――

    「――だから、枕元はだめだって言ったでしょう」
     そこで意識は、現実へと浮上する。
    「……ゆ、め?」
    「はいはい。いつまで寝ぼけてるんですか。そんな体勢で寝てたら体を痛めますよ」
     瞬きは数度。眼前にあるのがティーカップとケーキではなく、支給品のステンレスマグと書類の山、そして仕事中いつでも目に入るようにとモニターに貼った彼の呪符であることを理解するのに数秒。デスクに突っ伏していたドクターは、ゆっくりと身体を起こした。
    「ここでずっと寝てたんですか?」
    「……そうみたい」
     腕を動かすと、関節と肩の筋肉がばきばきと音を立てた。どうやら長いこと、デスクで寝ていたようだ。そのせいだろう。夢見が悪かったのは。いつぞやに彼からもらった呪符は、確かに枕元には貼るなと言われていたが。デスクを枕代わりにしているのであればどうしようもない。
     ドクターは自分を揺すって起こしたリーを見上げ、普段と異なる服装に目を留めた。
    「……その、格好は?」
    「ああ、これですかい?」
     言われたリーは、未だ寝ぼけ眼のドクターにもよく見えるようにと服の襟を引っ張って見せる。洒落たシルクハットに孔雀の羽をあしらった燕尾服、ベストの下には炎国趣味のシャツ。
    「演劇の衣装ですよ。リハーサルは終わりましたが、あなたにはまだ見せていませんでしたからね」
     どうです?似合っていますか?という彼の声は、硝子を一枚隔てた向こうから響くようだった。
     今はいつで、ここはどこで、彼は誰なのか。
    「ドクター?」
    「……似合っているよ。とても」
     途端に彼の笑顔が明るくなる。まるで少年のようなその表情に、ドクターはようやく、ここが現実であることを実感した。
     では、あの夢は。
     あれは誰の夢で、誰の欲望だったのか。
    「顔色がよくありませんね」
     嗚呼、とドクターは理解する。自分はずっと飢えて、ずっと渇いていたのだと。口の中にはあのクリームの甘さが残っているようだった。その残像が、飢餓感を加速させる。
    「茶はいかがですか?それとも腹が減りましたか、何か甘いものでも?」
    「……いや、やめておくよ」
     無欲な人間が無欲に生きるより、強欲な人間が無欲に生きることの方がずっと美しい。彼が自身の欲を飼い慣らして自分のそばにいることにだって、もうとっくに気づいている。
     けれど。自分が同じ獣を内に飼っていることを、彼は知っているのだろうか?
     こんな風に醜い自分を、彼は許してくれるだろうか。答えを求めるように、ドクターはリーに口付けた。触れ合う唇からは、ただ歓びが流れ込む。
    「今はただ、君が欲しい」
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    ❤💖💖🙏😭💞💞😭🌋💘💖❤💖💖💖💖💖💖
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works

    はるち

    DOODLEロドスでダンスパーティーが開かれるのは公式というのが良いですね
    shall we dance「あなたには、ダンスはどのような行為に見えるかしら?手を相手の首元に添えて、視線を交わせば、無意識下の反応で、人の本心が現れるわ」

    踊ろうか、と差し出された手と、差し出した当人の顔を、リーは交互に見た。
    「ダンスパーティーの練習ですか?」
    「そんなところだよ」
    ロドスでは時折ダンスパーティーが開催されている。リーも参加したことがあり、あのアビサルハンター達も参加していることに少なからず驚かされた。聞けば彼女たちの隊長、グレイディーアは必ずあの催しに参加するのだという。ダンスが好きなんだよ、と耳打ちしてくれたのは通りがかりのオペレーターだ。ダンスパーティーでなくとも、例えばバーで独り、グラスを傾けているときであっても、彼女はダンスの誘いであれば断らずに受けるのだという。あれだけの高嶺の花、孤高の人を誘うのは、さぞかし勇気のいることだろう――と思っていたリーは、けれどもホールの中央で、緊張した様子のオペレーターの手を取ってリードするグレイディーアを見て考えを改めた。もし落花の情を解する流水があるのならば、奔流と潮汐に漂う花弁はあのように舞い踊るのだろう。グレイディーアからすれば、大抵の人間のダンスは彼女に及ばないはずだ。しかしそれを全く感じさせることのない、正しく完璧なエスコートだった。成程、そうであれば、高嶺の花を掴もうと断崖に身を乗り出す人間がいてもおかしくない。
    1754