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    はるち

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    はるち

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    ロドスの薬が横流しされていると聞いたリーとドクターがカジミエーシュに向かうお話。
    そこに信頼はありますか?

    #鯉博
    leiBo

    砂糖細工は食事にならない 殲滅作戦を終え、立ち寄ったカジミエーシュの辺境の街は美しかった。長閑な田園風景という言葉が似合う。グラニが以前任務のために訪れた村もこのような場所だったのだろうか、とドクターは窓の外を眺めた。
    「他のオペレーターはまだ来ませんか?」
    「もうしばらくかかるだろうね。それまではここで待機だ」
     リーとドクターが訪れたのは、その辺境の街にあるロドスの駐在所だ。突然の来訪に常駐しているオペレーターは酷く驚いたようだったが、しかしクランタの青年もザラックの少女も親切だった。こんなものしか用意出来ませんがと差し出されたパウンドケーキが二切れ、テーブルの上に置かれている。少女の手作りだそうだ。
    「食べないでくださいよ」
    「わかっているよ」
     リーは簡易キッチンの方を向いたままで、こちらを見ている様子はなかった。ケトルには先程水を入れたばかりだ。茶を淹れるために湯が湧くまではまだしばらくかかりそうだ。
     背中に眼でもついているのだろうか、と訝しみながら、ドクターはケーキへと伸ばしていた手を引っ込める。味見をしたかったわけではなくどちらかというと知的好奇心の類なのだが、それを説明してもそんなのは同じことだと返されるだけだろう。いつだって沈黙は金だ。大人しくドクターは、リーが茶を淹れるのを待つことにした。そんなことはオレ達がやりますとクランタのオペレーターは言ったのだが、いやいやこれぐらいやらせてくださいよと笑顔でリーは押し切った。舌先三寸口八丁のこの男を言いくるめることは、ドクターでさえコンディションが整っていなければ難しい。
    「……それで、ドクター。今日はどうしてこちらに?」
     ドクターの顔とリーの背中を交互に見つめ、クランタの青年は困惑した様子で問いかけた。ザラックの少女は見回りに出掛けており、ロドスの戦術指揮官と胡散臭いオペレーターの相手は、彼一人に押し付けられた格好になる。
    「ああ、何の連絡もなしに突然来てすまなかったね。ちょっとした視察だよ。せっかくカジミエーシュまで来たんだから、オペレーターの皆がどうしているか気になってね」
    「二アールさんのおかげで、最近はかなり働きやすくなりましたよ。血騎士の活躍もあって、カジミエーシュはそこまで感染者への差別も酷くありませんから。……まあ、ここみたいな田舎だと、そうも言ってられないことが――」
    「あとは、この街で鉱石病の治療薬が横流しされているって噂があったから」
     だから探偵も呼んでいる、とドクターはリーを指す。弾かれたようにクランタの青年はキッチンへと立つリーに視線を向けた。
    「殲滅作戦で人をこき使った後は探偵らしく働けっていうんですよ。全く、人使いの荒い上司だ」
    「よく言うよ。皆を応援して茶を飲んでたって言ったのは君だろう」
    「よ、横流しって……そんなことが?」
     軽口を叩き合う二人とは対象的に、青年の顔から血の気が引く。
    「あるんだなあ、これが」
     うんざりしたようにリーがため息をつく。その嘆きを無視して、ドクターは説明を続けた。
    「知っての通り、鉱石病は今でも根本的な治療法が見つかっていない。だからこそ患者は薬を飲み続けないといけないわけだが――そうすると何が起こるかわかるか?」
    「え、え?」
     フェイスマスク越しにドクターに見つめられた青年はたじろく。かすかにドクターが微笑む気配が伝わった。
    「この薬は本当に効いているのか、疑問に思うんだ。騙されているんじゃないか、って。さて、そんな不安を抱えている時に、例えばカジミエーシュの有名企業から声をかけられたらどうする?」
     ――その薬より、もっと効果のある薬をご紹介します。この薬と、そのロドスアイランドの薬品を交換しませんか、と。
     ぞくり、と。青年は、背筋が粟立つのを感じた。ドクターの声は、まるで、夜の奥底から手招くように響いた。
    「いかんせんロドスはまだ知名度の高い会社とは言えませんからねぇ。そんな誘いがあった時に、ころっといっちゃう気持ちはわかりますよ」
    「……そ、そんなことが、この街で起こっているんですか?」
    「カジミエーシュの企業にロドスの薬品が一部流れているのは間違いない。商品としての質を考えれば競争相手が出来るのは資本主義の在り方として間違いじゃないんだけどね。粗悪品を流されるのも、特許を取得されてロドスの薬品をカジミエーシュで販売できなくなるのも厄介だ」
    「でも、そんなに簡単に騙されるなんて……」
    「駄獣だってただの水より幻覚剤入の水を好みますよ。代わり映えのしない現実より、良い夢を見られる方が魅力的じゃあありませんか?」
     もし、もっといい薬があったら。
     もし、――鉱石病が治る、薬があるなら。
     弱っている人間ほど、迷っている人間ほど、追い詰められている人間ほど――天から降りる蜘蛛の糸には容易く飛びつく。それが地獄へと伸びる梯子だとしても、だ。
    「そう、ですか……」
     青年はそわそわと落ち着かない様子だった。残酷な話だよ、とドクターは首を横に振った。
    「その企業が提供する薬がどんな成分かはわからないけれど、まず間違いなくロドスのものよりは劣るだろうからね。仮に今から治療を再開したとしても、病状が進行していることは確実だろう」
    「感染者の不安に付け込んだ手口です。許せませんねえ」
    「そ、それじゃあお二人は」
     おそるおそる、と言った様子で青年は口を開く。その疑問を口にすることで、それが現実になることを恐れているようだった。
    「その調査のために、ここへ?」
    「ううん、調査というより――」
     断罪かな、というドクターの声は、窓の外から響く爆発音に掻き消された。
    「な――っ?!」
     愕然とした表情で、青年は窓ガラスに張り付く。街の一角から黒い煙が立ち上っているのが見えた。断続的に響くのは銃声だ。
    「あー。派手にやっちゃって、まあ。イグゼキュターさんの地雷ですかねえ?」
    「THRM-EXかもしれない。となると、こっちもそろそろか……」
     ドクターは立ち上がり、一つ伸びをした。長い休憩を終えたように。
     見計らったようなタイミングで、事務所の扉が開いた。ドクター、と香水をふりかけたように甘い声がする。
    「こっちは捕まえたわ」
     そこに立っているのはグラベルだった。片手には愛用の武器を持ち、もう片方の手で――見回りだと言って先程出ていった、ザラックの少女を、引きずっている。全身傷だらけで、ロドスの制服は血と泥で汚れていた。
    「ありがとう、グラベル」
     グラベルと呼ばれたオペレーターに対して微笑みかけるドクターに、青年はようやく理解した。
     ドクターがどうして、今日ここを訪れたのかを。
    「うん。まあつまり、そういうことなんだ。――知っていたよ、カジミエーシュのさる大企業がロドスの薬を掠め取っていたことも、君たちがそれに見て見ぬふりをしていたことも」
    「あ、あ、あ――」
    「口止め料として、いくらかもらっていたのかな。まあ、詳しい話は本艦に戻ってから聞かせてもらおうか」
     グラベル、とドクターが彼女を呼ぶ。青年は、もうどこにも逃げる場所がないと知っているのに、それでも背中を窓に押し付けながら震えていた。足音を響かせなら、一歩ずつこちらに近づいてくるそのザラックの瞳は、煌々と輝いていた。
    「ゆ、許し――、許して、ください」
     歯の根をかちかちと震わせながら、青年は乞う。
     何を、と。夜のような静謐さを以て、ドクターは問う。
    「あなたの、信頼を……裏切ったことを、謝ります、なんでもします、だから」
    「大丈夫だよ、■■■」
     ドクターは初めて、そのオペレーターをコードネームではなく本名で呼び、
    「君のことは信じていないから、裏切ったことへの謝罪はしなくていい」
     ただ、優しく微笑んだ。
    「……あ、あぁ。あ」
    「裏切りというものは信頼のある関係性でしか発生し得ない。だからそれについての謝罪は不要だ。――グラベル」
     もう行っていいよ、という命令を、その騎士は忠実に実行した。叫び声を上げる青年と、声一つ上げない少女を連れて、グラベルは部屋を出ていく。いつの間にか湯が湧いていたらしい。ケトルがそれを知らせるけたたましい音をたてる。それは旅立ちを告げるトランペットのファンファーレよりもずっと、悲鳴に似ていた。
    「お疲れ様、リー。君が護衛として着いてきてくれて助かったよ」
    「そりゃどーも」
     リーは用意していたティーポッドに湯を注いだ。茶葉が広がり、アッサムの香りが立ち上った。ここに常駐していたオペレーターの茶の趣味は、そこまで悪くはないようだった。
    「やっぱりあのパウンドケーキ、毒入りだと思う?」
    「でしょうねえ。おれたちが来て真っ先に逃げを打ったのがあの嬢ちゃんだ。その菓子にも仕込みがあるんでしょうよ」
    「ふうん」
    「なんです、腹でも空いたんですか?」
    「流石にね。殲滅作戦後に飛んできたわけだし。イグゼキュターが戻ってきたら、皆で食事に行こうか」
    「この街で? イグゼキュターさんがあんなに景気よく爆発と薬莢をばらまいたっていうのに?」
    「……リーの手料理でもいいよ」
     調子がいい人だ、とリーが苦笑する。それを聞いて嬉しそうに笑うドクターに、もう先程の静謐さはなかった。
     君のことは信じていない、とあのオペレーターに言った時の。
    「……、ああ」
     何かに気づいたように、ドクターは声を上げた。人の心を読むことは、自分だって苦手ではない。一番は、勿論探偵に譲るけれども。
    「リー、君のことは信じているよ」
    「でしょうねえ。じゃなきゃ護衛なんて――」
    「君はいつでも、私を裏切ることが出来る」
     私は君を信じている、とドクターは繰り返す。殲滅作戦後に護衛として動かせるのは一人だけ、という状況で迷わず自分を選び、自分の用意した茶も料理も、躊躇わずに口に入れるこの人は。
    「だから、私のことを――裏切らないでくれ」
     信頼のないところに背信はない。
     信用のないところに不義はない。
    「……はあ」
     リーは天を仰いだ。そこには無機質な天上が広がるばかりで何も見えない。
     ややあって、リーはドクターに視線を戻した。そこには変わらず笑顔を浮かべたドクターがいる。あのクランタにも、ザラックにも、グラベルにも向けていた笑顔と、同質の。
     リーは慇懃に一礼した。彼の雇い主であり、対等な信頼関係を結んだ相手に向かって。
    「ご依頼、承りました」
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    はるち

    DOODLEロドスでダンスパーティーが開かれるのは公式というのが良いですね
    shall we dance「あなたには、ダンスはどのような行為に見えるかしら?手を相手の首元に添えて、視線を交わせば、無意識下の反応で、人の本心が現れるわ」

    踊ろうか、と差し出された手と、差し出した当人の顔を、リーは交互に見た。
    「ダンスパーティーの練習ですか?」
    「そんなところだよ」
    ロドスでは時折ダンスパーティーが開催されている。リーも参加したことがあり、あのアビサルハンター達も参加していることに少なからず驚かされた。聞けば彼女たちの隊長、グレイディーアは必ずあの催しに参加するのだという。ダンスが好きなんだよ、と耳打ちしてくれたのは通りがかりのオペレーターだ。ダンスパーティーでなくとも、例えばバーで独り、グラスを傾けているときであっても、彼女はダンスの誘いであれば断らずに受けるのだという。あれだけの高嶺の花、孤高の人を誘うのは、さぞかし勇気のいることだろう――と思っていたリーは、けれどもホールの中央で、緊張した様子のオペレーターの手を取ってリードするグレイディーアを見て考えを改めた。もし落花の情を解する流水があるのならば、奔流と潮汐に漂う花弁はあのように舞い踊るのだろう。グレイディーアからすれば、大抵の人間のダンスは彼女に及ばないはずだ。しかしそれを全く感じさせることのない、正しく完璧なエスコートだった。成程、そうであれば、高嶺の花を掴もうと断崖に身を乗り出す人間がいてもおかしくない。
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