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    はるち

    好きなものを好きなように

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    はるち

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    ノアの休日#3用の展示となります

    #鯉博
    leiBo

    砂糖の甘さを証明せよ「どうして好きか?それは難しい質問だね。好き、という感情は明確でも、それについての理由となると、私たちの脳は混乱しやすいんだ。例えば、君、チョコレートは好き?こう聞くと、よく甘いから好き、という答えが返ってくるんだけどね。私達の体はカロリーの高いものを積極的に選択するように進化していて、甘いものはカロリーが高い傾向にある。だから私達は甘いものを好んで摂取する傾向にあるんだけど、ならば単純に甘いからチョコレートが好きだと言っていいものかな?それは本能の見せる誤謬に過ぎないのでは?」
     口に胡麻団子を突っ込むと、ドクターは無言でそれを咀嚼した。香ばしい胡麻の香りと、濃厚な餡の甘さをよく回る舌の上で転がすように味わってから、ドクターはおいしいと呟いた。人が食べ物を選ぶ理由が甘さなのな熱量なのかはわからないが、胡麻団子にはどちらもたっぷり含まれている。ドクターも好んでくれるだろう。二人は今、ドクターの私室にあるソファに並んで座り、茶を飲みながら菓子を摘んでいた。二人で過ごす午後の中で、一二を争うくらい好きな時間の過ごし方だ。
    「おいしいですか?」
    「勿論。君の作ったものは何でもおいしいよ。それで、話の続きだけど———」
     さらに胡麻団子を一つ押し込むと、先程とは打って変わって抗議するような視線が向けられた。体よく黙らされていることに気づいたらしい。しかし、どうしておれが好きなんですか、と冗談半分で尋ねただけでこんな答えを聞かされるこちらの身にもなってほしい。食べ物の好き嫌いについての理論的な説明をしてほしい訳ではないのだ。
    「もう一ついかがですか?」
    「それよりお茶がほしい」
     目の前に茶杯を置いてやると、ドクターは礼を言ってそれを受け取った。一口飲んで、喉と舌を湿らせてから、ドクターは言う。
    「だからどうして好きか、と聞かれるのは少し困るんだ。私にもよくわかっていないから」
    「それだけのことを言うのに、随分と長い前置きが必要になるんですね」
    「照れているんだよ」
     平然と言い放ち、平皿からまた一つ胡麻団子を摘もうとする。今日は食事のペースが早い。あるいは照れ隠しかもしれない。ドクターが手を伸ばしたそれを先に取ると、目の前で獲物を掠め取られた猫と同じ表情になる。それがおかしくて、笑いながら胡麻団子を拗ねて尖った唇に押し付ける。一拍置いて口が開かれた後、何か温かくて湿ったものが指先を舐った。
    「……美味しくないと思いますよ?」
    「どうだろう。甘い匂いもしたし、カロリーも高そうだった。まあ突き詰めて言ってしまえば食べ物の好き嫌いというのは味との直接の関連はないしね」
    「はあ。つまりドクターはおれの料理がマーマイトに代わっても構わないと?」
    「それは本当に困る」
     ドクターは真剣に言い切る。素直なのは良いことだ。初めからそう言ってくれれば良いのに。このまま口腔内に指を入れてぐちゃぐちゃに掻き回して、本音を引き摺り出してやりたい。今は食事中なので、さすがにそんなことはしないが。
    「リー、今何かろくでもないことを考えているだろう」
    「そんなことはありませんよ。胡麻団子、いかがです?」
    「……、さすがにやめておくよ。夕食に響きそうだし」
     そう言ったもののドクターの視線は未練がましく皿の上を彷徨っていた。こうして誘惑に揺れるドクターを、自分の手でどちらかへと導くことには悪魔的な喜びがある。
    「もう一つくらいいいでしょう」
    「君のその手にはもう乗らないから」
    「せっかくあなたのために作ったのに。随分とつれないんですね」
     皿の上に残ったそれに手を伸ばし、自分でも一つ頬張る。なかなかの出来ではないだろうか。少なくともこの辺りの飲食店で提供されるものに引けは取らないつもりだ。
     ドクターは誘惑から毅然と顔を逸らした。だからこそ隙だらけだ。頬に顔を寄せ、がぶりと噛み付くと、色気も情緒もない声が上がる。
    「わ、私は食べ物じゃない!」
    「どうでしょう。甘い匂いもしますし、カロリーもまあ、それなりにはありそうです」
     なし崩し的に抱き寄せる。ドクターは胸元を叩いたり肩を押したりと抵抗していたが、どうにも流れる空気が甘ったるいせいでいまひとつ身に入らないようだった。その証拠に、柔らかく耳朶を食むと、立ち所に大人しくなる。ドクターは両手で頬を包むと、お返しだというように噛み付くような口づけをした。
    「……でも、どうして急にそんなことを?」
     そんなこと、とは。ドクターは焦れたように「私がどうして君が好きか、なんて急に尋ねるの?」と重ねて問う。
    「……。もし、私が君を不安にさせているのなら、教えてほしい」
     そっと、肩口に顔を埋めながら囁くドクターに、腹の底から空腹感に似たものが迫り上がる。
    「少し気になっただけですよ。大した理由はありません」
     そう、理由はない。というより、説明がつかない。どうして好きか。どこが好きか。人の感情や行動に、それらしい説明をつけることは出来るけれど、言葉で記述されたそれが全てなのかと問われたら、残念ながらまるで足りない。
     普段よりもキスをせがむドクターは、甘えたな猫のようだった。キスが好きなんですか、と尋ねれば、幸せそうに緩んだ頬でドクターは言う。好きなものを口いっぱいに含んだようだった。
    「砂糖よりも甘いからね」
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