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    はるち

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    はるち

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    夏だ!海だ!ドッソレスだ!

    #鯉博
    leiBo

    「君がイェラグでの任務が終わったら暖かいところに行きたいって言ったんだろ」
    「そりゃあ言いましたけどね」
     暖かな日差しが恋しい、とリーが寒さに凍えていたのはほんの数日前のことだ。イェラグの雪山は外部からの侵入者を拒むように容赦なく、氷雪をはらんだ風によって彼らを出迎え――案内を買って出たイェラが何故が申し訳なさそうな顔をしていた――、リー達はひっきりなしに訪れるチェゲッタを相手取っていた。これが終わったら休暇を取らせてもらいますからね、とリーは任務中に湿度の高い視線をドクターに向けていたが、それを受けるドクターは実に涼しい顔だった。わかった、この任務が終わったらバカンスに行こう、と。それだけを胸に現地住民さえも凍りつく氷雪を耐え忍び、そうして連れてこられたのがこのドッソレスだ。
     しかし。
    「おれは休暇を楽しみたいんですよ」
     酔っ払ったドゥリン達をひっ捕まえては大人しくさせるために、わざわざこんな砂浜まで来たわけではない。ドクターはフェイスシールド越しに笑い声を響かせた。悪戯の成功した子どものような、実に楽しげな声は、この浜辺には良く似合う。
    「行き先を聞いて志願するオペレーターは多かったんだけどね。真夏のビーチ、水着美女付きの任務」
    「ちなみにその美女は今何処にいるんですか?」
    「向こうで戦斧を振るっているよ。君にも見えるだろう?」
     リーの視線の先では、ガヴィルが今まさにその武器で数人のドゥリンをまとめて空中へと跳ね上げているところだった。なるほど、確かに美女である。トミミのお墨付きもある。しかし自分と同じくこの危機契約に駆り出されたキアーベが騙されたと騒ぐのもむべなるかな。それを大声で叫んだばかりに任務開始前からガヴィルの鉄槌を食らうことになった同胞に、リーは心の中で手を合わせた。そんな心中を読んだかのように、ドクターはパゼオンカは留守番だよと言い添えた。
    「残念だった? 君の言うところの上品な嗜みができなくて」
    「別にそういうわけじゃありませんけどねえ」
     リーの尻尾は未練がましく、冷ややかな水をかき回している。
    「飛び込んだら?」
    「勘弁してくださいよ」
     水中に落ちた水兵たちがどうなるか、ドクターだって知らないわけではなかろうに。筋骨隆々のインストラクター達が泡を吐きながら沈んでいくのを見るのは、例え敵であってもあまり気分のいい光景とは言えなかった。自分たちの体は水中で呼吸をするために設計されていない。勿論沈んだ彼らを回収して治療するところまでがこちらの仕事ではあるのだが。真夏の陽気に浮かれている者たちの頭に水を浴びせかけ、現実を思い出させるというのが今回の任務であり、自分たちに課された危機契約だ。
    「君は泳ぎが得意だって聞いたから、見たかったんだけどなあ」
     桟橋に腰掛けているリーとは対象的に、ドクターは立ったまま遠くを見据えている。はあ、とリーはドクターを見上げた。逆光に、太陽を反射するフェイスシールドのせいで、その表情は伺えない。
    「まあ、今回の任務は比較的すぐ片付きそうだからね。終わったら好きにしていいよ。ビーチで泳いで来てもいいし――」
     ドクターが息を詰めたのは、水の冷ややかさを持つ何かが足に絡みついたからだった。それは水に浸っていたリーの尾だった。
    「この任務が終わったら、ドクター。あなたも時間があるんですよね?」
    「……まあ、そうだね」
    「だったら一緒に海を楽しみましょうや」
    「どうやって? 二人で日光浴でもする?」
     ドクターがシールドもフードも外して、素肌を陽光のもとに晒している姿を想像し、リーは苦笑した。熱中症になってガヴィルの世話になるのがオチだろう。
    「今君何かすごく失礼なことを考えただろう」
    「考えてませんよ。ドクター、おれたちは大人なんです。もっと別の楽しみ方があってもいいでしょう?」
    「……例えば?」
    「例えば、ホテルで波の音を聞きながら冷えたシャンパンを開けるのも悪くありませんね」
    「他には?」
    「それを一緒に楽しむ誰かがいれば、言うことなしなんですがねぇ」
    「後は?」
    「そうです、ね――。朝まで、海の上に浮かぶ月を眺めるのはどうです?」
     ドクター、どうですか、と。
     視線を向ける。ドクターはフェイスシールドを外した。吹き付ける潮風は白銀の髪を散々に弄んでかき乱し、ドクターは夏の眩しさに目を細めた。
    「そうだねえ――」
     日差しを手のひらで遮るドクターの口元には苦笑が浮かんでいる。仕方ない、というように。けれども太陽を溶かし込んだ瞳に宿っているのは自分と同じ期待と熱量だ。行き着く先はドッソレスに就いたときから決まっているが、その行き先をその口から直接聞きたかった。戦場で冷淡に指揮を下すその声が、ただ自分を選んで名を呼んでくれることを。
    「どうします? ドクター」
     乾いたこの胸は、あなたの言葉に浸されたがっている。
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    はるち

    DOODLEロドスでダンスパーティーが開かれるのは公式というのが良いですね
    shall we dance「あなたには、ダンスはどのような行為に見えるかしら?手を相手の首元に添えて、視線を交わせば、無意識下の反応で、人の本心が現れるわ」

    踊ろうか、と差し出された手と、差し出した当人の顔を、リーは交互に見た。
    「ダンスパーティーの練習ですか?」
    「そんなところだよ」
    ロドスでは時折ダンスパーティーが開催されている。リーも参加したことがあり、あのアビサルハンター達も参加していることに少なからず驚かされた。聞けば彼女たちの隊長、グレイディーアは必ずあの催しに参加するのだという。ダンスが好きなんだよ、と耳打ちしてくれたのは通りがかりのオペレーターだ。ダンスパーティーでなくとも、例えばバーで独り、グラスを傾けているときであっても、彼女はダンスの誘いであれば断らずに受けるのだという。あれだけの高嶺の花、孤高の人を誘うのは、さぞかし勇気のいることだろう――と思っていたリーは、けれどもホールの中央で、緊張した様子のオペレーターの手を取ってリードするグレイディーアを見て考えを改めた。もし落花の情を解する流水があるのならば、奔流と潮汐に漂う花弁はあのように舞い踊るのだろう。グレイディーアからすれば、大抵の人間のダンスは彼女に及ばないはずだ。しかしそれを全く感じさせることのない、正しく完璧なエスコートだった。成程、そうであれば、高嶺の花を掴もうと断崖に身を乗り出す人間がいてもおかしくない。
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