Cool spy on a hot car「密偵が御入用なんですかい?」
リーが手にしているのは、最近ロドスに入職した二人の諜報員のものだった。一体何処から、と眉をひそめたくなるが、彼の前で必要以上に感情を顕にすることは余計な手掛を与えるばかりなので、ひとまずはポーカーフェイスを装う。彼のことだ、きっと人事部にも伝手があるのだろう。
「そういうことだよ。政治に干渉するのはロドスの方針には反するんだけど」
中立を保つためには、それなりの努力が必要なのだ。龍門で長らく生きてきた彼なら、その困難さを理解してくれるだろう。しかし今回彼の表情が浮かないのは、それが原因ではないようだった。
「探偵ではなくて?」
追跡、偽装、交渉――探偵に必要とされる技能の大抵は、密偵においても必須とされる。確かに彼であれば、どんな環境にも溶け込んで、必要な情報を集めることができるだろう。
「君にはできないよ」
何故です、と言いかけた彼を制して、私は言葉を続ける。
「君は裏切ることに向いてないから」
かつて、尚蜀でそうだったように。敵対していた相手ですらも、絆すことができるだろう。自らを乗っ取ろうとしていた上位種に、一抹の情を抱かせることだって。彼であればきっと、どんな相手の懐に入ることができる。
けれど。
「彼らは、裏切りを前提として人間関係を構築しなければならないからね」
どれほど仲良くなっても。親しくなっても。最後には自らの手でその関係を精算しなければならない。そうして燃やし尽くした灰で、彼らは報告書を記載するのだから。
「君は自分から積極的に、誰かを裏切ることなんて出来ないよ」
「……随分と信頼してくれているんですねえ、おれのことを」
「勿論。私を裏切りたくなったら教えてくれ」
「そのときは事前に書類を提出しますよ。その信頼に免じてね」
彼が二人分の履歴書を手放す。空いた手は、紙の代わりに私の髪を弄ぶことに決めたようだった。
彼には彼の、彼らには彼らの役割がある。何事も適材適所ということだよ、と言う私を、彼はじい、と見つめる。
「それじゃ、今日のところはどこにいればいいですかねえ」
「そうだねえ――」
デスクの上を見やる。今日の分の仕事は片付いた。明日の作戦をシミュレートするのはもう少し後でも良いだろう。急ぎの案件もない。
ならば。
「私の隣にいてくれ」