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    はるち

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    はるち

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    リー先生から佩玉を受け取ったと聞いてわやわやする炎国勢のお話です。
    フォロワーさまとの会話の産物となります。

    #鯉博
    leiBo

    大安吉日は晴れているか ドクターがリーから佩玉を受け取った――という情報は瞬く間にロドスに在籍する炎国出身オペレーターたちの間を駆け巡った。
     例えば髪飾りや首飾りといった他の装飾品ならいざ知らず、佩玉は彼らにとって特別な意味を持つ。
     すなわち、求愛だ。
     それをドクターが受け入れたということは――つまり。
    「どどどどどどうしましょう?!」
     炎国オペレーターたちの溜まり場となっている休憩室――タイミングが良いとジェイが魚団子を振る舞ってくれる――に飛び込んだスノーズントは、イベリアにあるサルヴィエントの洞窟もかくやという勢いで立ち込める湿気と暗闇に短い悲鳴を上げた。
     湿度と瘴気の出所は、炎国式円卓を囲んでいるチェン、スワイヤー、ホシグマ、リンだった。テーブルに肘をついて両手の指を絡め、顎を手に預けるチェンの眼光は鋭く、今まさにあの巨大ロボに乗って敵を撃墜せよと命じかねない雰囲気があった。反射的に回れ右をしてその場から立ち去りたくなったが、スノーズントは逃げちゃダメだと震える膝に言い聞かせた。
    「どうするもこうするもないわよ。私たちがすべきなのは引出物のバウムクーヘンを美味しく食べる準備だけよ……まさか茶までセットでついてくるんじゃないんでしょうね」
    「それはいささか早計が過ぎるというものだろう。――ドクターが佩玉の意味を正しく知っているとは限らない」
     円卓に付いてにいた全員の眼が光った。確かにドクターはテラの大地の全てに通じているかのような博覧強記でありケルシーと並ぶロドスの碩学である。しかし記憶喪失の故なのか、インスタント麺を未加熱のまま食べようとする、マーマイトも悪くなかったと宣うなど、時折驚くほど社会常識に疎いところを見せる。
     ならば今回も、そうと知らないドクターの行動を、外野が早合点しているだけなのか。
    「――小官が行きましょう」
     ゆらり、と立ち上がったのはホシグマだった。
    「ホシグマ、いいのか」
     確かにホシグマであれば適任かもしれない。万一ドクターがその場から逃げようとしても、ブロック3の壁を突破することは容易ではないだろう。壁に立てかけていた般若を手に取り、出口へと向かう。その背には、なんとしてでもドクターの真意を確かめるという決意が満ちていた。

     ***

    「ドクター、少々よろしいですか」
     と、執務室に顔を出したのはホシグマだった。何故か般若を手にしている。
    「ホシグマ?どうしたの、何かあった?」
     次の作戦に際して、何か気になるところでもあるのだろうか。
    「少々お伺いしたいことがありまして」
     ならば作戦資料を、とPRTSを起動させようとしたドクターを、ホシグマは片手で制した。
    「佩玉についてです」
    「ああ、これのこと?」
     腰から下げていた飾りが見えるように掲げると、ホシグマはわずかにたじろいだ。しかし動揺は一瞬。すぐに態勢を整えた彼女は、龍門の生半可なチンピラが見たら裸足で逃げ出しかねない眼光でこちらを見た。
    「ドクターは、その意味を知って――それを受け取ったのですか」
     ――嗚呼、と私は納得する。
    「勿論、わかっているよ」
     但思善悪、無問吉凶と――この佩玉に刻まれている、その意味を。
    「そうだね。文化が違うから少し戸惑ったし、渡されたときは意味もよく理解できなかったけど……」
     炎国で使われている文字は、例えばヴィクトリアで使用されるアルファベットのような表音文字とは異なる。これは表意文字だ。一文字が複数の文字を内包し、文字の組み合わせによって幾千にも意味が変化する。たった八文字の言葉。それでも、彼から贈られた言葉が意味するものを理解するには、それ相応の時間が必要だった。
    「ちゃんと調べて――自分で答えを出したからね」
     例えばこの地に生まれて幸運だったとか、感染したことは不幸だったとか。幸不幸で、私たちは人生を語る。しかし、考えるべきはその幸不幸を生んでいるもの――、すなわち、国ごとの感染者に対する対応の違いや、感染を広める社会的背景といった善悪である。
     彼は、佩玉を通して、私にそう伝えたかったのではないだろうか。
    「また改めてリーに確かめるつもりではあるけど……ホシグマ。どうしたの、ホシグマ?」
    「……い、いえ――なん、なんでも、ありません」
     私の言葉を聞いたホシグマはのけぞった後、般若を支えにしてようやく立っていた。ロンディニウムでマンフレッドにコブラツイストを決めながら都市防衛副砲を平然と何発も受けていた彼女が。
    「小官は――侮っておりました。ドクターの覚悟を」
     よろめきながらこちらへと近づいたホシグマが、私の両手を掴む。率直に言って痛い。ここ数日の重岳による朝練がなければ、私の手など卵のごとくに砕け散っていたことだろう。
     よくわからないが、私がこの佩玉に刻まれた文字の真意を理解したことに、彼女はいたく感激しているらしい。調べたときははっきりしなかったが、炎国では有名な金言なのだろうか?
    「ドクター……どうか、幸せになってください」
    「……ありがとう」
     でも、と私は言い添える。
     私たちの前途が、善悪の先にあるのならば。
    「そのときは、皆も一緒だよ」

     ***

     何故かダウンしたホシグマの看病はチェンたちに託した。
    「――最近、変わったことは」
    「……特には」
     一応、近衛局からの臨時赴任という形で借り受けているホシグマの現状について、ウェイ長官に伝えるべきか少し迷ったが――言わないほうがいいだろう。彼女からダウンをとれるのは恐魚かサルカズ術師くらいのものだろうと思っていたが、しかしホシグマとて人の子である。体調が優れない時もあるだろう。責任感が強い彼女は、働きすぎの気もある。この機会にゆっくり療養してもらおう。
    「そう、か……。ならいいんだが」
     ロドスと近衛局の協力関係は今も継続している。なのでこうして時折情報交換をしに近衛局を訪れていた。大抵のやり取りは書簡やオペレーターを介せば事足りるが――お互いの立場を考えると、書面では残さず、口頭でのやり取りだけにした方が良いものもある。
     今日の報告は既に終えた。ウェイは多忙な人だ。通常であれば速やかに締め出されるのだが――
    「――何か、まだ、聞きたいことが?」
     向かいのソファに腰を下ろしたウェイは、落ち着きなく両手の指を組んでは解いていた。何か言いだしづらいことでもあるのだろうか。こちらから水を向けた方がいいだろうか、と思ったときに、彼は重苦しく、口を開いた。
    「……その、なんだ。佩玉は――リーから、贈られたものか?」
    「……?ああ、そうだね」
     そう、か――と。かつてなく深刻な表情で頷いたウェイは。
    「式は……いつにするんだ?」
    「――式?」
     何の話だ。チェンの昇進式はとっくに終わっている――彼女より先に来たスワイヤーやホシグマについては言うまでもない。それに今更出席するような間柄でもないだろう。ロドスと近衛局の友好的な今後を祝って式典を開くというのはお互いに願い下げだろう。
     ――となると。
    「それは――身内だけでやることにしたんだ」
     ロドスで近衛局との渉外を担当するオペレーターと、近衛局職員との結婚の話か。
     確かに彼であれば、ウェイが気にかけるのも頷ける。私やチェンたちのように元から近衛局にいた者を除けば、ロドスの中で最も近衛局との接触が多かった人物だ。
     初めこそ感染者に対する近衛局の態度を見て酷く憤慨していたが――しかし、共にレユニオンが引き起こした一連の騒動に立ち向かう中で、彼も大きく変わった。結果としてそのときに知り合った近衛局職員――あの時に孤児となった子どもたちの支援をする役職についているのだと聞く――と結婚するに至ったのだから、人生とはわからないものだ。
     或いは、人の縁というものは。
    「……そ、そうなのか」
    「長官が来てくれるのは嬉しいけど、恐縮するだろう」
     何せ職場の上司、龍門のトップだ。結婚式には様々なしきたりやマナー、誰を読んで誰を呼ばないかという人間関係のいざこざが纏わりつくが、それを解決する呪文がある。
     式は身内だけでささやかにやろうと思います。職場の人は呼びませんが、お気遣いなく。
     だからドクターも式にはお呼びしません――と彼が申し訳なさそうに、けれども喜びに頬を上気させながら、そう報告してくれたことを思い出す。
    「子どもたちが祝ってくれたらそれで十分だろう」
    「も、もう家族ぐるみの関係になっているのか?!」
    「いや、まあ……家族になるわけだし」
     その境遇故か、孤児たちは彼女のことを本当の親のように慕っているのだと言う。親代わりでもあるのだろう。だから彼の存在に、一番反発したのは彼らだったのかもしれない。しかし、今では彼らも――ひとつの家族だ。
    「だからお祝いの言葉だけで十分だよ。ありがとう、きちんと伝えておく」
    「……そうか。ドクター……」
     幸せになってくれ。
     万感の思いを込めて贈られた言葉を――私は確かに受け取った。
     ロドスに戻ったら、彼に伝えなければ。
     ウェイ長官が、君たちの結婚を祝福していたよ――と。

     ***

    「おや、ドクター。随分と面白いものを持っているね?」
     ロドスへと帰還した私を出迎えてくれたのは、既に宴もたけなわで酔いが回りすっかり出来上がっているリィンと、苦笑しながらそれを支えている重岳だった。
     帰り際に何故かウェイがやたらと土産を持たせてくれたので――式には参加できない代わりだろう。彼らに渡さなくては――その中にある酒のことだろうか。ふわふわと、夜風と戯れ舞い踊るような足取りで近づいてきたリィンがまさぐったのはしかし、紙袋ではなかった。私の腰回りである。
    「こら。人の両手が塞がっているからってやめてくれ。痴女って呼ぶぞ」
    「ふふ、ドクター。いつのまにこんな――」
     と、その滑らかな指先が佩玉を救い上げたのも束の間。こら、と重岳はリィンの腰にその尻尾を巻き付け、私から引き剥がした。
    「すまないな、ドクター」
    「ああいや、それはいいんだけど――」
     今度は自分の意志で、私はそれを彼らに掲げる。
    「……これって、そんなに特別なものなのかな」
     この佩玉を受け取った時から、炎国出身のオペレーターたちがざわめいていることには何となく気が付いていたが――しかしその理由には、とんと見当がつかない。
     彼の出自を鑑みるに、これがとんでもなく高価なものだという可能性はあるが――
    「――特別、か」
     目元を和ませた重岳は、不意に自分の胸元へと手を突っ込んだ。するすると、首から下がる紐を手繰り寄せた先に付いているのは――
    「……お守り?」
    「ああ。この袋はロドスに来てから用意したものだが……。中には以前シーが描いた、私の似顔絵が入っている」
     え、と私は改めて彼を見た。似顔絵。兄弟の。
    「シーは書き損じだと言っていたが――私には大切なものだ」
     彼は再びお守り袋を服の中へとしまった。
    「勿論、半分は事実なのだろう。シーが本気で描いた水墨画に、これは遠く及ばない」
     それでも私にとっては価値のある宝物だ――と彼は言う。
     他の誰かにとっては意味のないものでも。
     彼と、彼女の間だからこそ意味がある。
    「……これも、そうだと?」
    「然り。しかし、貴君が自ら辿り着かなければ――意味がない」
     俯いていたリィンが顔を上げる。ふ、と頬にかかる吐息には酒精が満ちているようで、呼吸をするだけで酔ってしまいそうになる。
     つまりヒントはこれで終わり――続きは自分で考えろ、ということらしい。
     ではまた、とリィンは繰り返し振り返ってはこちらに手を振り、重岳はそれをリードよろしく尻尾で牽引しながら去っていく。
     この土産の山を運ぶのを手伝ってくれと、言いそびれたことに気が付いたのは、彼らを見送った後だった。

     ***

    「――ということがあったんだけどさあ」
    「はあ、それはそれは」
     今日はリーが秘書、リーにここ最近合ったことを伝えた。何故かダウンするホシグマ、やけに涙腺の脆いウェイ長官、そして意味深な歳兄妹。
     いずれも――彼からこの、佩玉を受け取ってから起きたことだ。
     ならば。
    「もしかしてこれって特別な謂れがあるものだったりする?」
    「どうでしょうねえ」
     煙に巻くような言い方は相変わらずだ――この佩玉を手渡されたときと変わらない。こちらを試すような、その視線も。だからこそ私は、この佩玉を手放せないのかもしれない。
     彼の真意まで手放してしまいそうで。
     あるのは謂れではなく、とてつもない価値のあるものなのかもしれないとも思ったが、重岳の反応を見るにそれは違うのだろう。
     私だから――彼だから。
     意味があり、価値を持つもの。
     それは――
    「――手放したくなりましたか?」
     ふう、と彼が紫煙を吐く。まさか、と私は煙を払う。金の瞳を見失わないように。
    「あんまりにも価値があるものだったら、昇進メダルじゃ釣り合わないと思ってね。でも君は商人だから――そのあたりはもう計算ずくだろう」
     それとも、と私はおどける。
    「騙されているのは私のほうなのかな?」
     昇進メダルとは釣り合わない、安物を掴まされているのか。
     まさか、と彼は嫣然と微笑んだ。あの日と同じ、私に信頼を問うて、佩玉を託したときと同じ――謎めいて、見せつけて、惹きつけるその笑みで。
     だから私は、彼から目が離せない。
     夜の闇が恐ろしく、そして蠱惑的なのは、その中に神秘を潜ませているからだろう。手を伸ばしたところで夜の底へは届かないのだとしても。触れられるほどの密度を持った闇ならば、その輪郭をなぞることならばできよう。
     見て、触れて、そばにいれば。いつかは、解き明かせるのではないだろうか。
     この佩玉に込められた意味も――彼自身も。
    「おれは、あなたに対しては誠実でいるつもりですよ――いつだって、ね」
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    はるち

    DOODLEロドスでダンスパーティーが開かれるのは公式というのが良いですね
    shall we dance「あなたには、ダンスはどのような行為に見えるかしら?手を相手の首元に添えて、視線を交わせば、無意識下の反応で、人の本心が現れるわ」

    踊ろうか、と差し出された手と、差し出した当人の顔を、リーは交互に見た。
    「ダンスパーティーの練習ですか?」
    「そんなところだよ」
    ロドスでは時折ダンスパーティーが開催されている。リーも参加したことがあり、あのアビサルハンター達も参加していることに少なからず驚かされた。聞けば彼女たちの隊長、グレイディーアは必ずあの催しに参加するのだという。ダンスが好きなんだよ、と耳打ちしてくれたのは通りがかりのオペレーターだ。ダンスパーティーでなくとも、例えばバーで独り、グラスを傾けているときであっても、彼女はダンスの誘いであれば断らずに受けるのだという。あれだけの高嶺の花、孤高の人を誘うのは、さぞかし勇気のいることだろう――と思っていたリーは、けれどもホールの中央で、緊張した様子のオペレーターの手を取ってリードするグレイディーアを見て考えを改めた。もし落花の情を解する流水があるのならば、奔流と潮汐に漂う花弁はあのように舞い踊るのだろう。グレイディーアからすれば、大抵の人間のダンスは彼女に及ばないはずだ。しかしそれを全く感じさせることのない、正しく完璧なエスコートだった。成程、そうであれば、高嶺の花を掴もうと断崖に身を乗り出す人間がいてもおかしくない。
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