あとはお好きなように:
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今日はそういう日らしい。
突発的な依頼も難解な案件もなくわりかし平和な昼下がり、時刻はお八つ時。
一息つこうとパソコンの画面から顔を上げた敦の手元に、細い棒状のチョコレート菓子……○ッキーの袋が渡された。
「ナオミと春野さんが、ポ○キーの日だからって」
こういうイベント好きなんだ、ナオミは。そう笑いながら谷崎は徳用大袋から個包装された一袋を取り出して、敦の手許に、そして隣の太宰の机に置いた。
太宰は朝から都内の依頼先に出向いているので不在だ。いつ帰るのか敦も聞いていない。異能特務課が絡んでる様なのでどの位かかるのか解らないのだ。
殆どの社員が比較的のんびりと事務作業を執務室で行っている中で、一番のんびりと寛ぎたがる太宰だけが忙しいという珍現象に、誰もが日頃の行い、という言葉を脳裏に浮かべていた。
勿論敦も例外ではない。
「太宰さんの分、今日こっちに帰ってこないようだったら、敦君、食べちゃっていいよ」
「え、でも……」
「賞味期限もあるし、チョコだから溶けちゃうからね」
「谷崎!まだあるんでしょ!もう一個食べたいっ!」
そして乱歩から二つ目の催促を受けた谷崎は残りを確かめながら敦のそばを離れた。
さてどうしようかと敦は太宰の机をもう一度眺めた。
「お帰りなさい」
「ただいま鏡花ちゃん……あれ?」
就業時間になっても太宰は探偵社の方には戻らなかった。帰り間際になって掛かってきた依頼の電話を受けた敦は先に帰る鏡花に夕食の準備などを頼み、国木田と依頼の日程と内容の確認をして、何時もより1時間ほど遅れて帰宅した。
すると、鏡花と共に太宰が敦を出迎えた。
「お帰り敦君、お邪魔してるよ」
ちょうど鏡花が夕食の買い出しに店によろうとしたところで、出先から直帰となった太宰とばったり会ったらしい。どうせ夕餉は湯豆腐だから一人増えた所で手間は変わらない、と言うことで。
「太宰さん、帰って来れたんですね」
そして3人で炬燵で夕餉を囲んで腹を満たし、鏡花は風呂に行き敦はゆっくりと寛ぎながらお茶を啜っていた。
「何とかね、逃げてきたの。でも」
太宰は炬燵に入りながらも胡座をかいた膝の上にノートパソコンを開いていた。
「珍しいですね、仕事持ち帰ってくるなんて」
「うん、ホントなら蟹缶片手に熱燗でキュッとやりながらのんびりしたい所なんだけど。安吾がどうしても明日までにやれっていうもんだから、渋々、ね」
はぁ、と、大袈裟な溜め息をつきながら、太宰は自室から用意してきた熱燗セットの御猪口を手に取る。キュッと一杯は、はずせないらしい。
「蟹缶は無いけど」
敦は昼間谷崎からもらったポッ○ーのことを思い出し、鞄から取り出した。太宰の机の上に置かれていた物を持って帰ってきたのだ。
「結構頭使ったから、糖分補給にいいね」
敦が袋を開けると、香ばしさと甘さがふわりと漂う。
「太宰さん、どうぞ」
「うん、いただきます」
敦は開けた袋を太宰の方に向ける。けれど、太宰の左手はキーボードの上にあり右手は御猪口を持ったままだった。そしてそのまま敦の方に顔を向けて口を開けた。
その様子を見て、敦は一本取り出すと太宰の口元へと運ぶ。太宰はそれを口で受け取ると手を使わず、器用に咀嚼していった。キーボードを叩きながら右手では徳利の中身を御猪口に注ぎ、口へと運ぶ。
「まだ、ありますよ」
「うん、もう一本」
そんな遣り取りを何度繰り返しただろうか。
「……」
風呂から上がってきた鏡花がそんな二人の様子をじっと眺めていた。
敦が鏡花の視線に気がついたときには手元の○ッキーは残り1本。
いったいいつから鏡花は見ていたのだろうか……自分がやっていたことを思い返して敦は一気に顔を真っ赤にして、風呂へ行くと言って部屋を飛び出してしまった。
「……今更なのに」
「そうなんだけどねぇ」
ぽつりとつぶやきながら寝室に向かう鏡花に太宰は肩を竦める。
「まあそういうところが敦らしい」
「そうだね」
「私は先に寝るから、後はお構いなく、お好きなように」
「鏡花ちゃん、お気遣いありがとう」
静かに閉じられた襖を眺めながら、太宰は作業を終えたパソコンの電源を落とした。
さて、最後に残った一本をどうやって食べようかと、思案しながら。