重複してもいいじゃない「二周年祝いにまさかの主から菓子をもらってしまったわけだが……」
「あの面倒くさがり主がよくやってくれたよね」
「こら清麿!」
事実じゃない、と笑いながら、歪な形のチョコチップクッキーを齧る親友に水心子は返す言葉がない。彼のいう通りであったからだ。自分達の主は、料理は外食、テイクアウトが基本。菓子は買うもの、というスタンスであり、本丸で刀剣男士たちが作るご飯に常に涙しながら食べるような人間である。
曲がった線の三角形のクッキーを一枚手に、水心子は恐る恐る口をつけた。ざく、と砕けパラパラと粉が落ちるのにあーーと遠い目をする。あとでコロコロをかけなければ。あれはいい、スイッチもなく、電池もいらず、一目で使い方がわかる。
チョコレート生地は甘く、そのなかに練り込まれたチョコチップとはまた違う味で、焦げてもいないので、シンプルに美味しい。形こそ歪んでいるが、味は満足のいくそれだ。
「……美味しい」
「ね。大きさもばらばらだから、ちょうど偶数あるとはいえ、分け方は工夫しないとだけど」
とても大きな四角形、小さな丸、楕円形、さまざまな形のクッキーはレースペーパーに油の染みができてて、油分も多いだろうなぁ、主は、一枚食べてちょうどいいと言うやつだなぁと見比べる。
そのなかに一つだけ、贔屓目なしに綺麗に成形されたクッキーがあった。
「ハート形……わ、我が主はどういうつもりでこんなものを」
「深い意味はないと思うけど……水心子食べたい?」
「えっ、いやその……」
主から大切に扱われるのは嬉しいが、それはそれ。これはこれだ。好いた相手が目の前にいるのに、他のものの心を噛みしめ飲み込むのは浮気、といわれるそれではないだろうか。
戸惑っている水心子を見て、ふっと清麿が目を優しく細めた。ハート形のクッキーを手にとり、ひらひらとふってみせる。
「なんてね。これ、僕たちの紋に見立てたクッキーの間に置くために作ったんだってさ」
「……へ?」
「主が写真くれたんだよ」
ほら、と清麿が操作して見せてくれた端末に表示された写真には、先ほど水心子も食べた三角形のクッキーが映っている。二枚の逆三角形のクッキーの間にちょこんと置かれたハート形のクッキー。
「どっちも三角形なだけで、模様はないけど」
「はー……暇なのか我が主は」
「推し活には忙しいと言っていたね」
だから、別に変な意味は込められてないはずだよ、という清麿になるほどと納得する。だが、それでもなんとなく、ハート形かぁ、とまごまごしていたら、清麿がすっと手に取った。
「じゃあ、半分こして食べようか」
「えっ、でもなんか割るのも気が引けるというか」
「それなら、こうしたらどう?」
ハートの端っこを咥えて、ん、と微笑む清麿の提案に頬が熱くなる。少し前に遊んだポッキーゲームのときと似ているそれ。だが、ポッキーはかなり猶予がある長さだったのに対し、クッキーはすぐ、一口か二口でなくなってしまう。
「ふいしんし」
もごもごと喋る清麿の口からも落ちてしまいそうな小さなハート。もうちょっとで口同士が触れ合ってしまいそうな小さなハート。
そろ、と近づく水心子を急かすことなく、清麿はじっと動かない。おそるおそる反対側を咥えれば、顔と顔の距離は近くて思わず目を瞑ってしまった。
カリ、とクッキーを噛む振動が伝わってくる。一口、二口、三口。ちゅ、と触れてきた唇の感触にびくりとクッキーを噛みきってしまった。ぱきん、と齧り取られて残ったのはほんの一欠片だ。
「はんぶんどころじゃない……」
「水心子が食べないんだもん」
モグモグと食べてごくんと飲み込むのをみると、少しだけ惜しかったかなぁと思う。主が心を込めたクッキーは、形はともかく美味しかった。たとえ小さなクッキーでも、多く食べれるものなら食べたい。
「一度に食べきると夕飯が入らなくなりそうだね」
「残りはまた明日にしよう」
名残惜しいが、楽しみが明日もあると思えば気分も違う。
「何か主にお礼がしたいな……」
「そうだね、僕たちも何かお菓子作ってみる?」
「菓子か……」
わ、私にも作れる菓子はあるだろうかと水心子が難しい顔をするのに清麿は考えた。どちらかといえば食べる専門の自分達にも作れそうなお菓子とは。
「……菓子より、小物の方がいいかも」
「なるほど……」
「僕たち、料理よりはもの作りの方が得意だしさ」
押し花の栞や、端末につけるストラップ、髪を結ぶ紐。なんでもいい。それか、ものでないなら、主のためにできることを。
「あ、そういえば僕たちが祝言あげるのをみたいとも言ってた」
「へえ、祝言…………祝言!?」
「盛大に祝うしご祝儀は任せてって」
「いやちょっと待ってくれ我が主は私たちが、その……こ、恋仲だと知っているのか!?」
「言ってないんだけどねえ。さすがは主ってとこなのかな」
口をぱくぱくとさせ、目を見開く水心子の顔は真っ赤だ。この本丸は別に恋愛禁止を掲げているわけではなく、皆に宣言しているものもいれば、ひそやかに愛を育んでいるものもいる。そんななか、清麿と水心子はなんとなく公表することはないまま、きていたのだけど。まさか気づかれていたとは。
「私は我が主を少し侮っていたのかもしれないな……」
「こんなに大所帯になっても、僕たち一振一振を気にかけてくれている、ってことだものね」
なんとなく気恥ずかしさは残るが、そう考えれば嬉しいかもしれない。水心子の肩の力が抜けたのをみて、清麿はほっとした。自身の不用意な発言で水心子を悪戯に悩ませてしまうなど本意ではない。
「しかし祝言か。主は和風と洋風どちらを想定しているのだろう」
「さあ……って、水心子、意外と前向き……?」
「別に隠したいわけでなし、むしろ清麿が私の唯一だと皆が知るのは悪くない」
「僕も水心子が唯一だと知ってもらいたいな……うん。じゃあ、今日からさっそく貯金しようか」
「貯金?」
「そうだよ」
和風にせよ洋風にせよ、全額主に出してもらうなんて格好つかないでしょ?
微笑みながらそう言えば、水心子はぽかんとしてから数秒遅れて再びその顔を真っ赤に染め上げる。清麿が居ずまいを正し、水心子の手を取り口を開いて。
顕現記念日に、もう一つの記念日が重なった瞬間、二振りの部屋は桜の優しい香りで満たされたのだった。