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    ori1106bmb

    @ori1106bmb
    バディミ/モクチェズ

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    ori1106bmb

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    ワンライ(演奏)「三味線、ですか」
     東洋の伝統的な弦楽器。音楽に明るい私も、実際に目にするのは初めてだった。
    「そう。古い練習用のやつが実家にあってね、ちょいと借りてきたんだ」
    「あなた、楽器が弾けたんですか?」
    「昔習ったから、一応ね。正直すっかり忘れとったけども」
     彼曰く、幼い頃に弾き方を教わって、それきりだったそうだ。口では音楽はからきしだと言っていたくせに、何だか意外だった。
    「どなたから教わったんですか?」
    「兄貴だよ」
    「どんな経緯で?」
    「弾いてるとこをじっと見てたらさ、お前もやってみるかって言われてね」
     聞けば、まるで自分が母からピアノを教わった時のようだった。生い立ちが全く違うふたりの、幼い日の共通点。俄然興味が沸いてきた。
    「お前さん、暇でしょ。こういうのも退屈しのぎになるかな~って思ってね」
    「それはそれは……お心遣い痛み入ります。けれど、そもそも私をいつまでもこの部屋に縛り付けているのは、一体どこのどなたでしょうねェ?」
    「いや~……えへへ」
     故郷のヴィンウェイで負った深手を癒すため、療養という名目でモクマさんの家族が住むという南国に滞在して、早一週間。相棒の『濁り』を、私は身を以て体感していた。
     仕事をするからという理由でタブレットも取り上げられたまま、今日も今日とて一日の大半を寝室のベッドの上で過ごしている。まだ痛みも傷も残っているものの、とうに歩き回れる体だというのに、相棒は私をなかなか寝室から解放しようとしなかった。
     それを詫びるかのように、彼はこうして毎日のように、物珍しい何かを私の元へ持参してくる。南国に咲く美しい花、特産のコーヒー、カラフルな食器……などなど。こちらは頼んでもいないのに。ある種の過保護さと甲斐甲斐しさを感じる、なんとも滑稽な行いだった。
     とはいえ、一方的に約束を破って勝手に姿を消した手前、この奇妙な束縛に甘んじ、身を委ねている。
    「まあ、素人芸だけども聞いてみてちょ。あっ、もし聞くに堪えなかったら左手挙げてくださいね~」
     何故そこで歯科医のような台詞が飛び出すのか。照れるくらいなら始めからしなければいいものを、彼はいそいそとフローリングの床に座し、三味線を構えた。
     室内の空気を震わせる、濁った音色。たった一挺の楽器だというのに、彼が撥で弦を弾くたび、その楽器は激しく啼いた。
     肩慣らしにいくつかの和音を鳴らした後。すう、と息を吸い、演奏が始まった。
     巫女の歌のような、ミカグラらしい音階。その美しいメロディーに酔わされたいのに、どうやら未熟な弾き手は、間違えずに音を奏でるのが精一杯のようだった。時折音を外すたどたどしい運指は、お世辞にも巧いとは言いがたい。演奏会としてはあまりにもお粗末だ。けれど曲がりなりにもプロのショーマンらしく、間違えても堂々とした態度と、姿勢だけは様になっている。親愛なるボスのダンスを見ている時のような、慕わしい気持ちがふつふつと沸いてくる。
     曲が二周目に入った時。三味線の音に、歌が乗った。
     彼の喉が奏でる、朗々とした低音。
     この曲の調べの意味を、私はその歌詞によって初めて知った。
    「……お粗末様でした」
     曲が終わり一礼する奏者へ、唯一の観客として拍手を送った。
     どうだった?どうだった?と、琥珀色の瞳が落ち着きなく問うている。
    「演奏自体は児戯のようでしたが、なかなかどうして悪くありませんでしたよ」
    「へへ。いつ演奏ストップかけられちまうかってヒヤヒヤしちまった」
    「完走ご苦労様でした。……桜について歌った曲だったのですね」
    「ああ、そうだよ。ブロッサムの街で一緒に見たよね」
     DISCARD事件が終結し、春を迎えたミカグラ島で、桃色の花を咲かせる木々を見た。
     咲き乱れ、果敢なく散り、また翌年鮮やかに咲き乱れる。私たちの再生を彩っているかのような、強く美しい花だった。この寝室の大きな窓から見渡せる庭にも、色とりどりの花が咲いている。けれど桜ほどに美しく潔い花を咲かせる植物は、ここにはなかった。
    「……一年中紅葉してるマイカで過ごしてたせいか、この曲のことも、三味線を習ったことも、すっかり忘れちまってた。家族と会って久々に思い出したよ」
    「おや、感傷ですか? どうです、お酒でも持っていらしては」
    「やなこった。俺のこと酔っ払わせてどうするつもりだい?」
    「それはまァ……ご想像にお任せしますが」
     きっと彼は、私がここから逃げると思っているのだろう。誓ってそんなことは企んでいなかったのだが、まあ、疑うなら疑っておけばいい。濁りを拗らせる姿も悪くない。
    「……あ、そうだ。せっかくだし、お前さんも弾いてみるかい? 三味線」
    「私が、ですか?」
    「ほらほら、あの、即興ニンジャジャンショーやった時もさ、ノリノリで『べべんっ』とか言っとったし、三味線に興味なくはないんだろ」
     あれはあなたが勝手に悪趣味なネーミングをなさるから。
     否定も肯定もしないでいると、彼はほらほら、と三味線を押しつけるように手渡してくる。呆れたようにひとつ息を吐いて、それを受け取った。
     楽器に触れるのに手袋は不要だ。白い手袋をサイドボードに置き、ベッドの上で、先程の彼の見様見真似で楽器を構える。
    「おっ、さすが。サマになってるね~」
     彼が「ちょいと失礼」と言いながら、人のベッドに勝手に乗り上がってくる。そして私の背後に回ると、抱きすくめるように手前に腕を回してきた。
    「えーとね、まず指はこう……ここを押さえて……」
     棹を握る剥き出しの手を、大きな手のひらが包み込む。人差し指、中指、薬指。それぞれの指で、私のそれぞれの指を導いて、弦を押さえさせた。
    「よーし。そのままバチでべべんっと弾いてみてよ」
     言われるまま、弦をバチで弾く。べべんっ。美しく濁った音が鳴った。
    「いい音出たね~。お前さん、もしかしてピアノ以外もいけたりするの?」
    「昔、ヴァイオリンを少々。同じ弦楽器ではありますが、基本的に弦を擦って音を鳴らすヴァイオリンとは違って、三味線は弦を叩いて音を出すような感覚ですね」
    「ああ、そうかも。結構気持ちいいよね」
     そのまま何度かべべんっと音を鳴らしていると、また彼の指が絡んでくる。
    「次の音はこう」
     一音、一音。弦を押さえる指の形を、不躾で無遠慮な指が教えていく。
     この弦をこの指で押さえれば良いのだと、ただ口で教えれば良いものを。
    「……フフ」
    「えっ、何?」
    「いいえ。続けて」
     かつて母にピアノを習っていた時や、本邸でヴァイオリンを教わった頃とは違う。彼らは小さな手を取り、体に触れてくるようなことはしなかった。
    「お兄様から教わったと仰っていましたが」
    「うん?」
    「お兄様も、こうして手取り足取り教えてくださったのですか?」
    「いや、足は取っとらんけども……うーん、どうだったっけな」
     きっと同じではなかったに違いない。肉親にふれる手つきが、こんなにもいかがわしいもののはずがないのだから。
    「フフッ……フフフ……」
    「えっ、昂っとる……? ど、どったの?」
    「いえ……本当に性質が悪いな、とね」
     指先から滲み出るこの欲を、彼が私にぶつけるのはいつの日か。
     それはそう遠くない日のようにも思えた。
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