青の葬送「先生は、僕にとって光なんです。」
「……憂太ってさ、たまに真顔ですごいこと言うよね。」
臆面もなく告げられたその言葉は、本来なら胸の内に仕舞って然るべきなんじゃないかと思う。けれど憂太は、一切の躊躇もなく言ってのける。ある意味凄いことではあるけれど、言われた側は少々面食らってしまう。
「すみません。けど、言わずに後悔したくないから。」
「いや、責めてる訳じゃないよ。」
自分の考えを察したのか。申し訳なそうな表情を浮かべたけれど、続く言葉がそこにはあって。
「………………」
憂う顔の意味を、痛いほど知っている。
大切な人が、ある日突然自分の前からいなくなってしまう。
残酷すぎる結末が、呪いのようにずっと自分を蝕んで。底の見えない深海に沈み続けて。苦しくて、苦しくて──…
あの時。もっと話を聞いていれば、何かが変わったのかな。
今更考えたって、もう仕方のないことなのに。それでも思わずにはいられないんだ。もっと土足で踏み込めばよかったって。
「……憂太が思う程いいもんじゃないよ、僕は。」
親友の苦しみにすら気づいてやれない。
照らすことも、一緒に堕ちてやることも。何一つできなかった。光にも闇にもなれない自分は、さながら眩しい闇か。
「性格も悪いし。ホント教師なんて柄じゃない。」
こんなこと、生徒に言うことじゃないのに。
例え恋人だからって、全てを曝け出す訳じゃない。お互い不可侵の領域があって当たり前だし、それを無理やり暴くことも、押しつけることも自分はしたくないから。教師と生徒というその一線は、ちゃんと引いておきたい。そう思っているはずなのに。
「…………」
蓋を開けてみればこの様だ。
どんなに理屈を並べたところで、ただ弱い自分を見せたくないだけなんだ。カッコ悪いところを見せたくない。
いつだって、君の憧れの先生でいたいんだよ、僕は。けど憂太は
「貴方がどう思おうと、僕は貴方に救われた。その事実は変わらないから。」
こうやって、いともたやすく自分の中に入ってくる。
「それに。貴方がもし最低最悪の犯罪者だったとしても、悪者だったとしても、僕はいいんです。そんなの、僕には関係ないから。どんな貴方でもよかった。」
──ああ。光は君の方だよ、憂太。僕を包み込む、優しい光。
『君にならできるだろ、悟』
僕も君のようになれていたら、あの結末を変えることができたのかな。
「………………」
「先生?」
「……いや。憂太ってさ、重いよね。」
「え。重い、ですか…?」
「うん。」
あまり自覚はなかったらしく。少しショックを受ける憂太の姿に笑みが零れる。
「そのくらいでいいよ。僕にはちょうどいい。」
その言葉にぱっと明るい顔を見せる憂太にまた笑って。
「ありがとう。いつも僕の傍にいてくれて。」
俺は一人になってしまったけど。僕は一人じゃなかったよ。
「そんな。僕の方こそ、ありがとうございます。貴方に出会わなければ、僕という存在は今ここになかった。本当に、感謝してもしきれません。」
「やっぱ重たいね。」
「酷いですよ、先生。」
くすくすとからかうように笑えば、むぅと少し膨れる反応がかわいくて。
「僕は、憂太のそういうところが好きなんだよ。」
深い愛をくれる君に、僕がどれだけ救われてきたか。やっぱりカッコ悪いから口には出さないけど。本当にそう思ってるよ。
「僕も好きですよ。先生。」
君に出会えて、本当によかった。
『教師なんて柄じゃない』
そう貴方は言ったけど。
僕にとっては、誰よりも最高の先生だった。
貴方と出会えて、本当によかった。
さよならは言わない。
また会えるって、信じてるから。
だから笑って見送る。
「大好きだよ、先生。」
『先生』
そう僕を呼ぶ君の眼差しは、いつも慈愛に満ちていて。大切な宝物みたいに呼ぶんだ。
僕はそれが、とてもうれしかった。
正直な話。教師なんてなりたくはなかった。どう考えても向いてないと思ったから。
それでもその道を選び、何人もの生徒を育てた。
やってる時は正直面倒臭いって思うこともあったし、嫌になる時もあったけど。
それでも、教師になってよかったと心からそう思う。
『五条先生。』
皆が先生と呼んでくれるから、こうして続けてこれた。
僕を先生にしてくれて、ありがとう。
青へと還る
──楽しかった。
一つだけ心残りがあるとすれば、背中を叩いた中にお前がいなかったこと。
けど、それももういいのかもしれない。
もう一度お前に会えた。
それだけで、十分。
『領域展開』
「………………」
「心配かい?」
「大丈夫さ。憂太なら大丈夫。だって僕の教え子だもん。」
誰よりも特別な、僕の愛弟子。
『もう独りで怪物になろうとしないでください。』
応えられなかった僕の弱さを、君は許してくれるだろうか。
「君は本当に拗らせてるよね。」
「……それ、お前が言うか?誰かさんのお陰で、俺は怪物になったってのに。」
「私のせいかな。」
「そうだよ。全部お前が悪い。俺はただ、お前に隣にいて欲しかっただけなのに。それなのに、お前が俺を置いていくから…っ」
ああ。言うつもりなんてなかったのに。カッコ悪すぎるだろ、俺。
「泣くなよ、悟。」
「……泣いてねぇよ。」
零れた涙を拭おうとするその手を払いのける。それでもその手は自分に伸びて、あたたかなそのぬくもりが頬に触れた。
「……もう、俺の前からいなくなるな。」
「ここにいるよ。」
「っ……」
優しいその微笑みに、ずっと蓋をしていた感情が溢れ出し、また涙が溢れた。
ホント、僕の妄想じゃないことを祈るよ。
いつか見た夢の続きを
「傑は高専卒業したらどうすんの。」
「教師、かな。」
「教師〜?」
「駄目かな?」
「いや、駄目じゃねぇけど。……俺もなろっかな。教師。」
「…………」
「なんだよ。」
「君、教師って柄じゃないだろ。」
「あ゙?」
「ほら。そういうとこだよ。ガラが悪くて誰も寄りつかない。」
「…………」
あ。拗ねた。
機嫌を損ねぶすっと膨れてしまった悟にどうしたものかと考えていると、少しして目の前でびしっと指を差されて
「絶対お前と教師やってやるからな。見てろよ、傑!」
「期待してるよ。けど、人を指で差す奴は教師に向かないんじゃないかな。」
「ぐぬ」
「ははっ」
「おはようございます。五条先生。」
「おはよー憂太。」
「…………」
「どうかした。」
「いえ。今日は一緒じゃないのかなと思って。」
「誰と?」
「誰って。一人しかいないじゃないですか。」
「……憂太さ。もしかして勘違いしてない?」
「何をですか?」
「僕とあいつは、別に恋人同士とかじゃないからね。」
「違うんですか?」
「違うに決まって」
「やあ。二人共おはよう。」
「…………」
「おはようございます。夏油先生。」
「悟。どうかした?」
「……お前のせいで、憂太に変な勘違いされたじゃねえか!」
「私が何かしたなら謝るけど。ちゃんと理由を説明してくれないか。」
「っ……傑のバーカ!」
「……外で話そうか。悟。」
「やなこった」
今日も仲いいなぁ。
けど何でだろう。何かもやもやする。不整脈かな。
微笑ましく思う反面、どこか複雑な感情が芽生える憂太だった。