光の中で自殺主義者が自殺を止める日
「やァ、織田作。今日が何の日か覚えてる?」
「……何か特別な日だったか?」
「全く。君は予想を裏切らないね。仕方ないからまた教えてあげる。なんと今日は、私の誕生日だよ。」
「ああ、そうだった。済まない。生憎そういう事を覚えられない質でな。今更かもしれないが、何か欲しいものは在るか?」
「何も要らないよ。ただ織田作が隣にいてくれれば、それで善い。」
「そうか。なら、ずっとお前の傍にいるよ。太宰。」
「聞いてくれ、織田作。昨日また死にそびれた。矢張り自殺というものは斯くも難しいものだね。」
墓前の前で自殺を語るなんて、誰かが聞いていたらなんて不謹慎なと思われるだろう。
だが、太宰はそんなことは気にしない。
「何処かにないものかね。理想の自殺法は。」
痛みもなく、安らかに死んでいきたい。君の腕に抱きしめられていた時みたいに。
「……皮肉だね。織田作の腕の中で死にたかったのに、私の腕の中で織田作が死んでしまったよ。」
私に死んでほしくないと云ったその口で、君はその命を容易く散らせてしまった。
「酷い男だよ、君は」
こつんと指で墓石を軽く叩く。冷たい無機質なそれは、腕の中で冷たくなっていく織田作の身体を連想させた。
『人を救う側になれ。どちらも同じなら、佳い人間になれ。』
私が光の世界の住人になどなれるはずもなく、相変わらず黒に沈んでいて、これはもう一生変わる事はないだろうと思う。けれど、それでも私がこうしてあの頃と違う道を歩んでいるのは、凡て
『そのほうが、幾分かは素敵だ』
陽の当たる場所は少々むず痒さもある。けれど、それも悪くないと思えた。ただ一つのことを除けば。
「君に隣にいて欲しかった。それだけで、善かったのに…っ」
どこまでも黒い自分を照らしていたもの。それは──
君が私の光だったんだ、織田作……