ひとは見た目が 非公式非公開非営利の自治組織に所属している構成員のひとりであっても、表の顔はただの中学生であるからには、冬休みの宿題というヤツは等しく容赦なく待ち構えているわけで。
新学期初日を明日に控えて、わたし瞳島眉美は数学の課題を終わらせていなかったことに気がついた。
決して忘れていたわけではないし、それだけが理由と言い切るつもりもないけれど、冬合宿に参加していたことも多少なりとも影響していると思う(意訳・責任を取ってほしい)。
そうリーダーに泣きついたら、
「ふむ。生憎僕には学がないのでね。美学をフル動員させても、中学二年生の数学を眉美くんに教えることはできないが――」
適任者を寄越すから今すぐ美少年探偵団事務所へ向かうといい、と、わたしに告げて、電話が切れた。
言われた通り、そそくさと制服に着替えて学校へ向かい、美少年探偵団事務所(美術室)の扉を開けると、そこにはリーダーが寄越した適任者――『美食のミチル』こと不良くんがわたしを待っていた。団長に指名されたからわざわざ来てやったんだぜと言いたげな仏頂面を浮かべて開口一番、
「課題、どれだけ残ってんだよ?」
「ええっと、ひとりでも解けそうなところは先にやっていたから、残っているのは二、三ページよ。苦手な問題だけ後でやろうと思って忘れていたの」
拡げて見せた真っ白なワークノートをのぞき込んで、不良くんがため息をつく。
「図形の証明問題か。解き方のコツを叩き込んでやるから、脱落するんじゃねえぞ」
シャープペンシルを握り、わたしは不良くんにアドバイスされるまま、ふたつ重なった三角形のいい感じのところへ補助線を引いた――そこまでは覚えている。
頭がかくんと揺れて、わたしは目を覚ました。ふわり、紅茶の香りがする。不良くんの声が聞こえる。
「勉強を教えてもらってる途中でうたた寝するなんて、いい度胸だな」
「ふりょう、くん?」
わたしは目をこする――ん? どうしてわたし、目をこすることができるの? 眼鏡を掛けているのに?
人並外れた視力の持ち主であっても、寝起きすぐだと人並に焦点がぼやけてしまうものだ。
まばたきを重ねてピントを合わせたのと、自分が眼鏡をかけていないことに気づいたのと、隣に座る不良くんの様子がさっきまでと違うことに気づいたのは、ほぼ同時だった。
「不良くん……、眼鏡してたっけ?」
「ああ、これか。おまえのを借りた」
ってか、マジで度が入っていないんだな、と、不良くんが外した眼鏡をわたしに掛ける……というか返す。息を吸って、わたしは眼鏡の位置を直した。
「――びっくりした。不良くんが三割増しで賢そうに見えたわ。これが巷でウワサの眼鏡効果というヤツ?」
「そんなウワサ初めて聞いたぞ。ひとを見た目で判断するな。眼鏡なんか掛けなくたって少なくともおまえよりは成績いいぜ」
「成績なんて数字でも、ひとを判断しないでほしいわ」
「そんな台詞は答えをノートに書くそばから俺が教えた解き方のコツを忘れないようになってから言え。おまえの記憶力は加熱前の大根かよ。少しは乾燥わかめや高野豆腐の吸水率を見習え」
ほらあと十五問、とっとと終わらせるぞ、と、不良くんが指の先でワークノートをとんとん叩く。
「五問終わるごとに茶菓子を出してやる」
「二問がいいなぁ」
「甘ったれるな。……何だよ、ひとの顔じろじろ見て」
不良くんが訝しむように眉根を寄せる。涎ついてるぞ、と、伸びてきた指がわたしの口の端を拭う。
さっき、眼鏡を掛けた不良くんを見て思わず息が止まってしまったように感じたのは、きっとうたた寝しちゃったせいでタイムリミットが迫っていることに気づいて、無意識に危機感を覚えたからだろう。きっとそう。そうに違いない。そう結論づけると、わたしは首を横に振り、シャープペンシルを握り直した。
「何でもないわ。それより、三問で手を打たない?」